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巫女の住まう都市  作者: 花ゆき
四章:ナイトの秘密
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答え 激情

 


 試験管から、コポコポと水の音がする。

 並ぶヒト達。


「あぁ、新しい命が生まれた」


 総裁は一番奥の試験管に駆けよる。

 赤ん坊がその中にいた。


「この子は巫女になるのか」


 新たな巫女の誕生。


「巫女は巫女から生まれる。

 女のみ、巫女になれる。

 さて、風本 葉咲さん。

 男が生まれた場合は?」


 男装している葉咲を見破る。

 ごくりと息をのみ、思考する。


「ただの男性なのでは?」


 総裁はにやりと笑った。


「“ナイトなのに”どうして自然の力が使えるか。

 それはナイトは巫女だからじゃよ」





 頭が真っ白になる。





「ナイトは巫女から生まれた。

 巫女の持つ力は女であるから受け継げるもの。

 しかし、男ではその力を全て引き継げなかった」


 そしてそれがナイトとなる。

 自然を操る力は巫女より劣り、巫女の持つ“存在の魅了”は一つに絞られた。

 目や声、香りなどに。


「じゃあ、巫女とナイトは同じなのね?」


 水翡が総裁に問いかける。


「違う。ナイトは巫女と違って光の下を歩かない。

 常に補助する者として巫女を支える。

 巫女に劣る力ゆえに。存在を愛おしいと思ってしまうがために」


 ナイトと巫女は似ていながら歩く道は違ったのだ。


「生まれた巫女は巫女に育てられ、生まれたナイトはナイトに育てられる。

 巫女とナイトによって生まれた子達だよ」


 試験管全てを指す。

 そして、水翡らも。


「知ってるわよ、そんなことくらい。

 父と母はここで出会った」


 水翡が肯定する。


「うん。知ってるよ」


 陽花も肯定する。


「どうして今更そんなことを?」


 問う葉咲。





「愛されたんじゃのう。

 この子らは知らぬ、親の愛を。

 優秀なるナイトと優秀なる巫女の無差別な人工的“かけあわせ”。

 生まれた後に親は知るのじゃよ。

 それでも親であろうとしない。

 変わらない……」


「どうしてそんなことを!?

 愛され、巫女やナイトとして長く生きるのでしょう?

 愛されることを知らないで、どうするのですか!?」


 葉咲が珍しく取り乱している。

 巫女とナイトが長生きするのは当たり前のことなのに?


「多くの巫女とナイトが必要じゃからの。

 危険種に対抗するためには」


「ねぇ!祐樹がナイトに苗字を聞いてはいけないって言ってたのはそのこと?」


「あの子は外のナイトじゃ。

 外で生まれたナイト。

 ある時ひっそりとここに来た。

 本当に、不思議な子じゃった」


 総裁は続ける。


「確かにどのナイトにも苗字は聞いてはならん。

 親の愛を知らぬからな。

 しかし、どうして祐樹も駄目なのじゃろうか?

 分からぬよ、私にあの子は分からぬ」


「祐樹は何者?」


「これだけは言える。

 あの子は確かにナイトじゃよ」





「水翡!!」


 突然、私を抱きしめる腕があった。

 この黒き秘密の部屋――始まりの部屋、で。





「やっと見つけた」


 祐樹は強く抱きしめる。

 水翡がここにいるのを確かめるように。

 あの時のようにならないように。


「ど、どうして祐樹がここに?」


 水翡が背にいる祐樹を見上げて言う。

 それに返すのは沈黙。


「とにかく、神殿に帰ってもらうぞ。

 陽花、葉咲もだ」


 三人、はっとした顔をする。

 12時の鐘は終わりを告げた。

 あっけないほど簡単に。


「総裁、明日ここを退学させる。

 いいだろうか?」


「それは問題ないが、祐樹、お主がここまでやるとはのう。

 変わったな。私はそれを嬉しく思うよ」


 祐樹は沈黙を返す。

 ああ、本当にこれで終わりなんだ。

 なんだか寂しいな……。





「今日でお前達が退学だって?」


 翌朝、水翡らは秀司達に伝えた。

 今日限りでここを出て、もう戻ってこないことを。


「そっか、これからも一緒だと思ってた。

 残念だけど仕方ないよね」


 戒が悲しげな笑みをみせる。

 秀司は黙っていたが、意を決したように顔を上げる。


「話があるんだ」





 連れてこられたのは空の教室。

 随分使われていないらしい。

 ホコリをかぶった机と椅子が並んでいる。

 秀司と戒の他に見知らぬナイトがいた。


「どうしてここに呼んだんだ?

 あまり時間は取れないぞ」


 沈黙が続くようなので水翡(常盤)は言った。

 すると秀司は歪んだ笑みをみせた。


「ははっ。巫女様にはこんなナイト候補生と話している暇はないってことかい?」


 知っている!?

 水翡らは固まる。

 それでも悟らせないため、顔を平静に保つ。


「どうしてそう思うのですか?」


 葉咲がこの場を切り抜けるべく、尋ねた。

 これで答えが核心のないものなら上手く抜け出せる!


「へぇ、自信があるようだね。

 だけど残念。こっちにも確信がある。

 お前らが巫女だと教えてくれたのは―― 一之介、あんたさ」


 葉咲を挑戦的な目で見つめる。

 葉咲も負けじと睨み返す。


「一之介、あんたはナイトの実技で力を使ったな?

 俺と同じ風の力。髪の色が緑の俺は風の力を強く有しているけど、あそこまではない。

 つまり、ナイトの俺より上の力を操れるのは、巫女というとこになるね。

 すると分かったんだ。今まで見えてなかったものが。

 丸みを帯びた体。見せない魅了。

 もっと加減するべきだったな?」


 秀司は驚愕に満ちた顔をする一之介を見て、クッと笑う。


「風の巫女、風本 葉咲」


 もはや言い逃れできない。

 葉咲は己の体を抱きしめる。


 私のせいでこんなことにっ!




「じゃあ、私の名前も知っているのよね」


 陽花を守るように後ろに押しやり、葉咲の隣に立った。

 水翡の瞳は葉咲を責めていなかった。

 むしろ優しいもので、涙が出そうになる。


「常盤、あんたは水の巫女、青月 水翡。

 後ろの竜貴は火の巫女、火田 陽花」


 水翡は正解と言わんばかりにカツラを取る。

 さらっと流れる流水に、秀司たちは見惚れそうになる。

 葉咲もそれに習う。

 新緑のウェーブをもつ髪が、木々の生命を思わせた。


 ただ、陽花はカツラを取らなかった。

 体が少し震えている。カツラを取らないのは彼女の精一杯の防衛だったのだ。


 水翡らもあえて言わなかった。


「で、何がお望みかしら」


「へぇ、その話し方が本当なんだ?

 なかなかいいね」


「話を反らさないで!!」


 空気が振動する。


「そう、だね。本題に入ろうか」


 秀司は歩を進めた。水翡の元へ。

 しかし水翡を通り過ぎた。

 つまり陽花のところに!?


「駄目!!」


 水翡は秀司の腕を掴んで止める。

 それも男であるナイトにはねじ伏せる事が容易い力で。


 水翡は押し飛ばされた。

 後ろで受け止めてくれたのは


「やぁ、常盤くん……じゃなくて水翡ちゃん」


 戒だった。


 受け止めた戒は水翡を離そうとしない。

 受け止めたのではなく、捕らえられたのだ。

 同じく葉咲も捕らえられている。


「陽花に何かしたらただじゃおかないから!!」


 水翡は精一杯の力で秀司を睨む。


「ふーん。橘、水翡が動いたら葉咲を殺していいよ」


 葉咲を捕らえている男は葉咲の首元にナイフを突きつける。

 動けなくなった。

 葉咲は悔しそうに口を噛みしめ、水翡は秀司を睨み続けた。




 陽花の前に秀司が立ったとき、陽花の瞳は揺れていた。


「帰らないでくれないかい」


 か細い声に陽花は秀司と目を会わせる。

 秀司は力なく笑っていた。


「このどす黒い学園で、おまえだけ光に見えた。

 その光のそばなら安心して笑えるんだ。

 だからお願いだよ、俺のそばにいてくれないかい?」


 陽花は首を横に振った。


「どうして!?お前は外で捕らえられた巫女なんだろ?

 巫女になりたくてなった訳じゃない。

 なのにどうして!?」


 陽花は静かに言葉を紡ぐ。


「確かに私は巫女になりたくなかった。

 私が巫女になることで悲しむ人がいるから。

 私の両親ね、よく言うんだ。

 “お前だけは巫女になるな”って」


 手に力を込めて握る。


「でも、いつからか神殿は第二の家になってた。

 振り返ればいつも祐樹さんが見守ってくれてて、隣には水翡ちゃんと葉咲ちゃんがいて、笑顔が絶えなくて。

 とても楽しくて、幸せを感じたんだ。

 だからごめんね」




 ばん!!




 陽花を壁に押し付ける。


「俺には親なんていない!

 だから分からないよ、陽花」


 秀司の目は泣きそうに、歪んでいた。

 それでも笑おうとしている。


「本当の親に会いに行った事がある。

 その時のこと、教えてやるよ。

『誰、この子』だってさ!!

 親って暖かいものじゃなかったのか!?

 幼くもその心はズタズタにされた。

 苦しいんだ、陽花。行かないで……」


 この時、何故か直人さんとだぶって見えた。

 こんな人は抱きしめてあげないといけない。

 そっと腕を伸ばす。


「そうか、帰れなくすればいい」


 秀司は気づかないまま陽花の手をすり抜け、陽花に喰らいつくキスをした。


 苦しい、怖い、嫌だ――!!


 陽花の目の焦点が合わなくなってくる。


「駄目っ、陽花!!」


 陽花の首に花が咲く頃には、部屋に火が無数に踊っていた。





「陽花、陽花、陽花っ!!」


 水翡の呼びかけに全く答えない。


「これはどういうことだ?」


 へらへらしていた戒が真顔になる。


「陽花は男に襲われたことがあるのよ!!

 それは陽花の心の傷になってるわ。

 どうしてくれるのよ!?」


「それで陽花ちゃんがここに残ってくれるのなら構わない」


 カッとした水翡は戒の足を全体重をもって踏んづけた。

 余りの痛さに手を緩める。

 水翡は難なく脱出したのだ。


<水よ、ここに集え!流波りゅうは!!>


 水翡の水が消化に向かうが、焼け石に水だった。

 じゅぅうという音をたてて蒸発する。

 水翡は舌打ちし、葉咲を見る。

 葉咲は頷いた。


<ここにある古き風よ、我が友を助力せよ>

<水よ、ここに集え!流波!!>


 水翡の水を葉咲の風が包み、部屋全体に渡らせる。

 火は大方消えた。


「あれでも火は全部消えないのね」


 ちらほらと残る火と見て、眉を寄せた。

 陽花の火の強さを思い知る。


「無意識の火は制御もままならない。

 あの時は火の精霊王に止めてもらいましたが、今回は出てきませんね」


「私達のこと、信じてくれているのかしら」


 皮肉ったかのように笑う。

 あの精霊王は人を好いていない。

 ましてや、陽花に害をなす男なんて嫌っている。

 水翡はため息をつく。


「葉咲、もう一回補助頼むわ」

「分かりました」


<ここにある古き風よ、我が友を助力せよ>

<水よ、ここに集え!流波!!>

<水気よ、流れに沿え>


 全てが消火された。

 水翡は三番目に助力をしてくれた人物、戒を見る。

 戒は苦笑していた。


「秀司のためだと思っていたけれど、人を傷つけるんだ。

 違うよね」


 水翡は微笑む。


「ありがと」


 戒が驚いた顔をしていたが、背を向けた水翡は気が付かない。

 陽花に向き直り、近づく。

 先ほどまで歩みを拒んでいた火はない。


「いやーーーーー!!」


 陽花が叫びをあげた。

 そして教室の引き戸も開く。

 呆然と立つ直人がいた。


「どうしてあんたがここにいるの!?」


 水翡の問いも耳に入らない。

 震える肩は怒り。

 激情のまま秀司を殴りつける。

 吹き飛ぶ秀司を見下し、陽花に駆けよる。


 乱れた着衣が怒りを再発させる。

 それでも彼女が今の直人の最優先だった。


「よかった……。偶然通りかかって」


 涙をぽろぽろ流す陽花を抱きしめようとするが、後ずさりする。

 首を横に振りながら怯えた目で直人を見る。

 ここまで傷つけた奴が憎い。


「陽花ちゃん、直人だよ。

 分からない?」


「分かってるけど、分かるけど、怖いよ……。

 今直人さんに触られたら、燃やしちゃう!!」


 陽花の意に反し、再び火が暴れようとしている。


「きりがありませんね」


 葉咲は陽花に眠りの魔法をかけた。

 直人が倒れる陽花を支える。


「そのまま直人さんが運んでください。

 この方々よりも信頼できますので」


 水翡は深く同意する。

 ばつが悪そうに笑う戒と下を向いたままの秀司。

 直人は冷たい目で見ていた。

 そして教室を出るべく、背を向けたとき秀司が呼びとめた。


「すぐにナイトになる」


「へぇ、君が僕に敵うとでも?

 冗談も程ほどにしてくれないか。

 それ以上喋ると殺すよ」


 直人はドアの閉める音を大きくたてた。

 これが君達との差だと言わんばかりに。

 余りの悔しさに秀司は壁を殴りつける。


「くそっ」


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