目隠し 秘密の部屋
実践の授業。
「ふふっ、まいったな」
秀司が苦笑した。
それは嬉しそうに。
「どうしたんだ?秀司姫」
戒がおどけて秀司に問う。
彼は呆れたように戒を見た。
「お前、いい加減“姫”ってのやめないかい?」
「やだね。俺の楽しみなんだから。
俺の楽しみ奪わないでよ」
べーっと舌を出す姿は幼児そのもの。
だれがこのクラス一の秀才と思えようか。
いや思うまい。
「で、何が参ったんだ?」
戒がまじめな顔で尋ねてくる。
優等生モードだ。
ずっとこれだったらいいのに、と秀司は思う。
髪である銀糸は何の迷いもなく重力に沿って下へ流れる。
淡い水色の瞳は南海の浅瀬のようで、包み込もうとする何かがある。
まるで人が生まれた母なる海のように。
そして知性を秘めた目で見守るのだ。
その女性らしい優しさを移した顔立ちと共に。
同じナイトですら、戸惑う美しさを彼は持っていた。
「秀司?」
「あぁ、考え事してたよ。
俺が参ったのはね、竜貴姫かな」
他のナイトと試合をしている陽花(竜貴)を見る。
相手がナイトの力たる魅了を使うまでに引き寄せ、華麗なまでに一本背負いを決めていた。
「これはこれは、将来有望じゃないか。
危険種のうごめく戦場に安心して送り出せる」
多くのナイトを見てきた戒が太鼓判を押す。
反して、ため息をつく秀司。
「まったくあんたは……。
まあいい。竜貴と手合わせすると分かるだろうからね」
「何の話だ?」
水翡(常盤)が話に加わる。
「竜貴姫は強いねって話さ」
「そうそう、すっごく強いね~。ほれぼれしちゃったよ」
水翡は誇らし気に笑う。
「竜貴の武術は全ておじさんから伝授されてるからな。
俺も習ったんだが、竜貴までは行かなかったよ」
「ふぅん?竜貴の父君は相当強いんだね。
武術の竜貴―……、聞いた事がある。
一体、何処で?」
「常盤、用があってここに来たんだろ?
何の用だ?」
「お前は次竜貴と試合なんだ。
秀司は次俺と試合な。
それを伝えに来たんだ」
二人は頷き、隣り合わせの陣地に入る。
ナイトだって戦うのが定めなのだから。
キィン!
剣が合わさる。
秀司の剣と水翡(常盤)の剣が。
両者一歩も引かず。
何度も剣を合わせる。
だが、ある時ふっと水翡の姿が消え、首に剣が突きつけられていた。
背中から刺さる水翡の眼光。
秀司の剣が落ちる。
言葉なき、敗北。
「お疲れ様」
水翡が秀司の剣を拾って言う。
ありがたく受け取る秀司。
「常盤はナイトの剣を知ってるのかい?
ナイトになったばかりなのに」
あの、瞬時にして移動する技はナイトのものだ。
何度も経験を重ね、極めた時習得する技。
門外不出の技を、何故?
「ナイトになったときと剣を握ったときは必ずしも一緒ではない。
あんたなら分かるだろ?じゃぁな」
秀司は言葉なく見送った。
あの眼光。あれが凶器だ。
見るものを凍らせる。
圧倒され、身動きできない。
まるで、“眼光”の魅了。
ありえないはずなのに。
魅了は重ならない。
魅了を持つ者が消えれば、同じ魅了を持つ者も生まれるだろうが祐樹は生きているのだから。
では、“存在”の魅了?
まさか。巫女しか持ち得ないという仮定がなされているものを!?
違うね、あいつはナイトなのだから。
ナイトという証拠はいつ見たのだろうか?
あっという間だった。
竜貴と試合をしていたはずなのに、気が付いたら床に転がっていた。
いつもの温和な瞳ではなく、戦う者の瞳が戒を見下ろしている。
「俺の負け」
その言葉で普段の温和な目に戻る。
こんな二面性も持ち合わせていたのか、竜貴くんは。
陽花(竜貴)は床に寝転がる戒に手を差し伸べる。
普段はこうなのに、どうして戦いになると違うのかな~。
戦う目が俺を魅了し、隙を作った。
普段ならしない失敗だ。
『参ったね』
秀司のあの言葉は、まさか!?
とすると、竜貴くんの魅了は“存在”の――。
いや、それこそまさかだろう。
だって彼はナイトなのだから。
目隠しを取ろう。
先入観という目隠しを。
良く見てごらん。
見えるはずだから。
ナイトの姿をした巫女がいるよ。
実践の授業で一汗かいた後、教室をでる。
すると地下なんてない筈なのに階段を降りるナイト達がいた。
「あれって行き止まりだろ?」
水翡(常盤)が秀司と戒に尋ねた。
「ああ、もちろん。と言いたいところだけど、行き止まりじゃないんだ。
秘密の部屋があるんだよ」
「それじゃ分からないよ、秀司。
あのね、常盤くん。最高学年のみ許された部屋があるんだよ。
俺達は入れないけどね」
「へぇ……」
水翡は興味深そうに呟き、葉咲と陽花はじっと凝視していた。
「最高学年になるためには一年の総合の試験を受けなきゃいけないぜ?
来年の春にあるからさ」
「来年、先は遠いな」
水翡はため息をついた。
後ろで葉咲(一之介)が考え込んでいた。
ナイト時の自室に戻ると、水翡らは暑い~と呟きながらカツラをのける。
これが巫女と疑われない最大の理由。
短髪漆黒のカツラにより、巫女の象徴である美しい色合いの髪が隠れているのだ。
「まだ髪染めてたころのほうがましよ」
巫女であることを隠していた頃、黒であった自分の髪を眺める。
変わらぬ水色がそこにあった。
「私なんて髪を纏め上げているので面倒です」
髪をほどくと、新緑の長い髪がさらりと流れる。
普段と同じくウェーブがかっている。
「私はあんまり変わらないよ~」
カツラを取るだけで、いつも通りの赤髪が現れるのだ。
「そういえば皆さん、気が付きましたか?」
「何を~?」
きょとんとしている陽花をよそに、水翡が間を置いて答える。
「あの最上級生のみって部屋怪しいわ。
あれがナイトの秘密の部屋かしら?」
葉咲が頷いて肯定する。
「あの部屋何とかして忍び込めないでしょうか?」
「ええぇえ~!?」
陽花が大きい声を出したので、二人で慌てて口を押さえる。
それに気が付き、陽花がすまなそうにする。
「とにかく、忍び込むわよ!?
これは決定事項なんだから!」
「ですが、どう忍び込むかが問題ですね。
単に忍び込んだだけでは捕まるでしょうし」
「つまり深夜決行ね」
「うぅ、分かったよ~」
「陽花は変なところで真面目ね。
これは“ナイトとは何か”を知るために必要なことよ」
「そう、だね。私達は知らなきゃいけない」
『ナイトはどこで生まれ、育つ?
ナイトは何があってナイトとなる?
なぜ、俺達は魅了を持つ?』
『彼は全ての精霊に愛されておる』
『お嬢さん。<ナイトなのに>とはどうして言えるのかのぅ』
問いかけられた問いに答える時が来た。
早速今夜忍び込むことになったのだが
「暗いよ~。怖いよ~」
水翡が葉咲にしがみ付いている。
そのせいでなかなか進まなかったりする。
「もう、しっかりしてください。
今日は肝試しじゃないんですから。
陽花ちゃんなんて先頭を歩いていますよ?」
先頭を歩く陽花が振り返る。
「妹がこういうの苦手で慣れてるから」
「ああ、真ん中の妹でしたか?」
「そうそう。何だか懐かしいなぁ」
そうこうしているうちにあの階段の前に着いた。
先頭を行く陽花は、ごくりと息を飲みそれまで以上にゆっくりと歩く。
そして行き止まり。
「なっ!!」
陽花と水翡が驚きに固まる。
「少し待っていただけませんか?」
陽花の後ろから顔を出した葉咲は何もない空間へと手を伸ばした。
すると、キィィィィンと何かが共鳴する音がして空間が歪みだす。
現れたのは漆黒の部屋。
「うっわー、縁起でもない色ね」
「秘密の部屋だというのに『やあ、いらっしゃい。良く来たね』って色だとおかしいでしょう。
パステルカラーとか、蛍光色とか」
「あ、それで黒色なんだね!」
「確証はありませんが。では、用心して進みますよ?」
不気味なほどに黒い扉に手をかけた。
重々しく扉が開く。
真っ直ぐと細い子道を抜けると、真っ暗な部屋に出た。
何か水の音がする。
「電気のスイッチは何処かしら」
ペタペタと壁を這う。
「これでしょうか?」
葉咲が見つけ、電気をつける。
「うわぁあああああ!!」「「きゃあぁああああ!!」」
水の音とは試験管のことで、その中には何かの生物。
いや、ヒトなのだろう。
それが無数に並んでいる。
吐き気がする。
これは一体なんなのだろうか?
それぞれが口元を押さえて試験管を見る。
「気持ち、悪い……」
水翡は座りこみ、陽花も言葉なく座りこむ。
葉咲は震えながらヒトらしきものを見ていた。
「ようこそ、秘密の部屋へ。
いや、始まりの部屋と言ったほうが正しいかな?」
奥の部屋から総裁が出てきた。
「この部屋が、始まりですって!?」
吐き気しかしない、この部屋を?