ここにいたもの 動 秘密
「「うぅ~ん」」
一際日当たりのよい、和やかな中庭から二つのうなり声が聞こえてくる。
「ナイトねぇ……」
水翡は書きまとめたメモを見てみる。
ナイト、巫女を守るもの。
一応剣とか武術を学んでいるらしい。
魅了がやっかい。
魅了にて巫女を虜にする。
何故か精霊に力を借りれる。
基本的に巫女に優しい。
「ナイトってナイトなんじゃないの~?」
椅子にもたれながら背伸びする。
「でもそれじゃあ答えにならないよー」
陽花が机にうつ伏せてメモを見る。
「うぅーん、ナイトとはー、ナイトとはー、何だろう」
「教えてあげようか?」
背後から天の声もしくは悪魔の囁きが聞こえてきた。
にっこりと現れたのは直人だ。
「直人さん!」
「げっ」
二人とも分かりやすい反応をする。
陽花は嬉々として、水翡は顔をしかめて直人を見る。
「やぁ、陽花ちゃん」
「私はスルーかよ!?」
「いたんだ?」
しれっと答える直人に、ガクッと肩を落とす水翡。
確かこいつは陽花しか見ていなかったっけ。
今更のことに苦笑いする。
「ねえねえ直人さん、ナイトって何なの?」
「ナイトとは幼少から巫女に仕えるために学園で学ぶんだ。
ナイトを知るためにはそこに潜入したほうがいいと思うよ」
「潜入?」
きょとんとする二人。
「そう、潜入。
僕が学園に忍び込むのを手引きしてもいい。
ただし条件がある」
「学園に忍び込む条件が、陽花ちゃんを連れて行かないことだとは思いもしませんでした」
葉咲がガクランに着替える。
「そうよねぇ。まったく直人らしいというか」
水翡もガクランに着替える。
「呆れますね」「呆れるわ」
部屋の片隅で体育座りで黙りきっている陽花を見る。
完璧拗ねている。
コンコンと部屋をノックする音がする。
「準備出来た?」
「もちろん」
その声を聞き、ドアを開けた直人。
「案内するよ。ナイトの巣へ」
森の広場を通り抜けると、ぽつんとコンクリート立ての校舎があった。
「あれがナイトの学園だよ。
このまま真っ直ぐ行くんだ。
教職員には見込みのあるナイトだって説明してるから。
上手くやるんだよ」
ナイトの仕事が忙しいのか、小走りで帰っていく。
見送った後進もうと足を踏み出したところ、後ろの木ががさがさ揺れる。
降り立つ人影。
「やっと直人さん帰ったよー」
「陽花!?」「陽花ちゃん?」
ガクランを着こなした陽花だった。
袖を腕まくりしてやんちゃっぽいが、ただ単に身長が足りなかっただけであろう。
「どうしてここに?」
「いつでも三人一緒だよ」
それが彼女の答えなのだろう。
水翡らは一緒に行く事を決意した。
「貴方達が直人さんから聞いた新入生ですね。
えっと、二人だと聞いてましたが」
困ったように笑う案内人。
「直人さんの手違いなんだって。
本人がすまないねって言ってたよ?」
「そうでしたか。では案内しましょう」
陽花のフォローで三人揃って忍び込む事となる。
男装で。
なぜならナイトの学園はナイトだけの学園。
つまり男子校なのだ。
「今日から“俺”は“常盤”な」
さらしを巻き、胸を平らにした水翡が言う。
「では私は“一之介”で」
同じくさらしを巻き、女性的なラインが隠れてしまっている葉咲が続いた。
「じゃあ~、“僕”は“竜貴たつき”」
一応さらしは巻いているが、普段と何ら変わらない陽花が不敵に笑う。
さて、ナイトの秘密を暴こうじゃないか。
ここにいたであろう父の名を使って。
新しく編入するナイトの姿に教室内はざわめいた。
現れたナイトが相当美しかったからだ。
「桁外れに強いってことか」
「是非、お近づきになりたいね」
中性的な、いや、女性らしいナイトに惑わされる。
「常盤だ」
「一之介です」
「竜貴だよ」
それぞれ名を名乗る。
苗字を聞かないのはタブーだからだ。
そう聞いた時を思い出す。
とある日、常々疑問に思っていたことを祐樹に尋ねた。
「どうしてナイトには苗字がないのかしら?」
「なくても支障はない」
「そうじゃなくて…、苗字って大切なものでしょう?
家族のつながり、家系を示すものだから。
私は青月という名で両親と繋がっているって思うもの」
無言で考え込む祐樹。
サングラスの下の目は迷いに泳いでいるのか、苦悩で伏せられているのか。
「ナイトには、家族がいない。
血の繋がりはあっても、家族と認めない。
育てられた覚えがないからな。
だから苗字は必要ない」
とても寂しいことを平然と祐樹は言ってのけた。
そうか、私はナイトの触れてはいけないところに触れちゃったんだ。
彼らにとって苗字はタブーなのだ。
「姫決定だな」
「やっと姫じゃなくなる」
「姫?」
三人揃って聞き返す。
「姫ってのはクラスの中で美しい者を指すんだ。
丁度お前達のような、ね」
若緑の髪がさらりとなびく。
ついでに流し目で見られる。
思わず水翡こと常盤は鳥肌を立て、
葉咲こと一之介は笑って流し、
陽花こと竜貴は
「君の方が美人だと思うよ~」
本人にその気はないのだろうが、口説いていた。
若緑の髪を持つナイトはきょとんとしたのち、笑い出した。
「決めた!姫はあんたがやりなよ。竜貴」
「えぇ!?」
「俺の権限を使って決定。
皆もこれでいいかい?」
満場一致のようだ。
水翡達でさえも。
「酷いよー」
「そういえばあんたの権限って何なんだ?」
水翡は陽花の話をスルーした。
陽花は恨めしそうに見ている。
葉咲もスルーしている。
「あーっと、それは……」
今まで流暢に話していた少年が口ごもる。
すると黙って見ていた銀髪のナイトが、少年の肩を叩いて口を開く。
にゃりとした笑みと共に。
「こいつは前姫。
な、秀司しゅうじ姫」
「煩いよあんた」
「どうやらわたくしは秀司姫のご機嫌を損ねてしまったようだ。
嗚呼、どうすればよいのだろう」
「今すぐその口調止めろ!戒!!」
「ちぇっ。分かったよ秀司姫」
白銀の髪を持つナイトは、肩をすくめて竜貴達を見る。
背後の睨みなど知らないように。
「俺はクラス長の戒。こいつは前・姫の秀司だ。
分からないことはこの二人のどちらかに聞いてくれ」
銀髪の男は戒というらしい。
「現・クラス長補佐の秀司だ。
困ったときは俺に言いな。必ずお前達の助けになってやるから」
新緑の髪を持つ秀司は華やかに笑った。
自分の受け持つ巫女へ、決闘キャンセルの知らせが入る。
勝手知ったる家のごとく、祐樹はノックせずに部屋に入る。
「水翡、明日の決闘だが――!?
水翡!?」
水翡の部屋は無人だった。
葉咲の部屋も、陽花の部屋も。
あの日がよぎる。
「あなたは私の事本当に好きなの?」
もちろんと答えた。
「私は本当にあなたのこと好きなの?」
それには答えられなかった。
「ウソツキ」
ちがう、どうして声が出なかった?
どうして引きとめられなかった!?
次の日、彼女は消えていた。
「水翡は逃がさない。
俺の巫女だ!!」
いつの間にか陽花と葉咲のことは消えていた。
ただ、水翡だけは駄目だった。
彼女だから同じ轍は踏みたくないのだ。
駆けだす。水翡を探すため。
「水翡!」
知らない間に惹かれてた。
忌むべき空色は俺を魅せる。
勝気な瞳が俺を貫く瞬間が好きだった。
手遅れにならなければいい。
「どうぞ、姫君」
若緑の髪をさらりとなびかせ、秀司が色気を含んだ笑顔で振り返った。
どうすればいいのかなぁ?
ことの起こりは教室移動。
次は実技だと聞き、移動しようかと呼びかけた。
すると秀司はすたすたとドアに向かい開ける。
ここで冒頭に戻るのだ。
どうしよう、これって女だってばれてるのかな。
ってことはこれって通っちゃ駄目だよね!?
わわわ、ど~しよ~。
「何男相手にやってんだよ。
気持ち悪い」
水翡(常盤)の助け舟が入る。
秀司はしばし考え、納得したように頷いた。
「ああ、常盤達は知らないのか。
姫ってのはクラス内の美人がなるだけじゃなくて、
女扱いされるんだよ」
「どうしてそんなことをしなきゃいけないの?」
「そうだね、分からないことを尋ねる姿勢は好きだよ」
ふふっ、と落ち着かない視線を向けられる。
その頭を小突く戒。
「授業に間に合わないって。
移動しながらにしないか?」
「いってぇな!
お前本気でやっただろ!!」
後頭部を押さえて怒鳴る。
「おや?そんなに力を入れてないつもりなんだが。
ああ、そうか。秀司は元姫だから、そんなにやわになったんだね。
可哀想に」
おもいっきり同情した目つきで秀司を見る。
自分を刺すような視線に構わず。
歩き出した戒を追うように、皆進む。
「姫ってのは巫女代理さ。
女の子の扱いを今から練習しておくためのもの。
僕らは巫女のために存在するのだから」
「はっ、欠片も思っていないくせに」
「秀司」
舌打ちをして先を進む。
少し後ろを歩く水翡達。
暗い空気を振り切るように明るい声を出す戒。
「って言ってもね~、結局はナイトのうさはらしかな。
何年間もここにいるとストレスが溜まるんだよ。
姫は丁度いいからかい役」
「そんなものに竜貴をしたのか!?」
今にも掴みかかりそうな水翡(常盤)に慌てる戒。
「違う違う!
本当に美しいものに敬意を込める場合もあるんだよ、ほんとに。
だから俺は君達なら誰でもよかったんだよ」
類は友をよぶ。
ナンパはナンパをよぶ。
固まる水翡(常盤)達。
「あんたたち急がなくていいのかい?
あと一分切ってるぜ」
まさしく救いの声だった。
「今日の授業は魅了についてだ。
各自、自分の魅了については知ってるな?」
それぞれが頷く中、水翡達は頷けなかった。
巫女に魅了なんてないーーーー!!
内心あせりつつも、平静を装う。
「姫君達の魅了は何だい?」
「え、えぇと、あ、あはははは」
笑うしかない陽花(竜貴)
硬直する水翡(常盤)
そして葉咲(一之介)は
「秘密です」
「へぇ、意味深だね」
試すような眼差しが葉咲(一之介)を見る。
葉咲(一之介)は正面から挑む。
「当ててみてください」
ふふっ、と見る者を惑わす笑みで言った。
それを見て、困ったように笑う秀司。
「そう言われちゃ、聞けないね。
まぁ当ててみせるけど」
「自信がおありのようで」
互いがにこにこしているのを傍観する水翡と陽花。
葉咲のお陰で魅了を聞かれなくて済んだのだ。
心からほっとする。
その後ナイトの魅了の使い方の説明となった。
限りなく巫女に優しく接し、魅了をかけるのだ、と。
信用させていたほうが魅了にかかりやすいからだそうで。
「ってことは、いちいち信用させなければならないのか?」
水翡(常盤)がめんどくさそうに言う。
実際はナイトの妙な優しさに納得していたのだが。
つまりナイトたちの優しさは信頼させるため。
本当に?
あの人だけはちゃんとぶつかってきてくれなかった?
「信用させなくても力があればいいんだ。
巫女の精神を抑え付けるほどの圧倒的な力が。
ただ、多すぎる力は」
戒が口を閉じる。
空気が重い。
再び開く口は、秀司と言葉を重ねた。
「「何かを失う」」
「一体、かの有名なナイト達は何を失ったんだろうね。
祐樹先輩、直人先輩、珪先輩…。
誰もが何かを失う」
何故かその姿が痛々しく感じられた。
「だから俺はナイトにはならない」
強い声に、決意した瞳に、何も言えなくなる。
過去の私達のようだった。
結局は捕らえられたけど。
「秀司!!」
いい加減にしろ、と言外に含まれた言葉を聞き取る秀司。
「……分かってるさ。
どんなに足掻いても無理だってコト。
俺らがやってるのも悪あがきだしな」
力ない笑みで水翡らを見る。
「あんた達みたいな巫女様なら歓迎なんだけどな」
普段通りに笑っていたが、悲しい笑みに見えた。