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巫女の住まう都市  作者: 花ゆき
三章:巫女の権威
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本当の魅了  苦しい

「あなたが“風本 葉咲”さん?」


 図書館で本を読んでいた時、そう声をかけられた。

 浅い黄緑の髪から風の巫女だと分かる。


「はい、そうですね」


 警戒しながらも、とりあえず頷いておく。


「名家なら名家らしく応えなさいよ。

『いかにも、わたくしが風本 葉咲です』とか!」


「それで何の用です?」


「人の話を流さないでよね」


 おほん、と咳をして背筋をのばす。




「わたくし、風流 緑。巫女の位をかけた勝負を挑みに参りました」


 風本家の分家の人間だ。

 葉咲の目がすっと細くなる。


「それなら本家の方にお願いしたらどうでしょうか?」


「あんたが、本家の直系なんじゃない!」

「私以外にもいますから」

「へぇーー、風聞きを拒んだだけあって弱虫」

「そういうことにしておいて下さい」


 一呼吸おく。


「人にも人権があると思うんですね。

 私は拒否権を発動します」


 温厚なようで鋭く、冷静である葉咲。


「どうして!?

 あなた強いんでしょ?あの人の娘だから」


「私は母ほど好戦的ではありませんし、ついでに言うなら体力が持ちません。陽花ちゃんのような戦いだと私は負ける自信があります」





「そこで止めにしておくんだ」


 目など笑っていない笑顔が二人を止めた。


「君は藤のようになりたいのかい?

 僕の前ではあの人の話は禁止だと言っただろう?」


「で、ですが、先ほどまでいませんでしたよね!?」


 慌てふためく緑。

 彼女に直人は笑みを向ける。


「僕の耳に入った時点で駄目だよ」


 そんな無茶なと思うが、この無茶がナイトだから通る。


「申し訳、ありません」


 悲しみと悔しさを隠すように頭を下げる。


「待った。あんたは悪くないさ」


 緑の肩を抱く者がいた。


「君は口出ししないでくれるかな?

 いくらあの時のことがあっても、本来は君は僕のずっと下だ」


 目が険しくなる珪。火花が交差する。


「そうだろうな。俺から緑を引き抜いた直人センパイ。

 俺は言ったはずだ。緑を大切に扱うことが手放す条件だと。

 俺の始めての巫女だからこそ、大切にしてほしいんだ」


 緑の肩を強く握る。

 緑は震えた眼差しで珪を見る。





 どうしてだろう。

 胸がムカムカする。

 私も珪くんの巫女なら、あんな風に扱ってくれるだろうか?


 消し去るように頭を振る。


 違う。

 前にかけられた魅了が残ってるから、こんなに胸が痛いだけ。

 決して恋なんかじゃない。絶対違う。

 私は恋ができないんだから……。





「まったく、そうやって人気を上げてる訳だ。

 若いね。そして甘い」


 クスクスと笑い出す直人。


「何がおかしい!?」

「巫女に本当の気持ちを抱くべきじゃない。先輩からの忠告だよ」

「とにかく、条件を破ったんだから緑はもらう。行くぞ」


 肩を引いても動かない緑。


「緑?」

「私は直人様が好きなの。

 どんなに辛くあたられても、どんなに見てくれなくても。

 何もいらないから、私は直人様の巫女でいたい」


 珪の何かが切れた。


「あんたはいつもそうだ!!

 ナイトを窮地に追い込み、巫女を手放さなければならない状況に追い込む。一方、巫女の心を自分に引き寄せ自主的にナイトを自分に変えさせる。だから嫌いだ!!」




「君は若すぎる。感情を制しなさい。巫女が怯えてる」


 初めて珪は葉咲を見る。

 気まずそうな顔をして、悪いと謝った。


「なぁ、あんた変わったよな。昔のあんたは尊敬してたのに。

 あんたにとってあの人は

「もう何とも思ってないさ」


 被せるように打ち消した直人。

 葉咲を見た。


「君は戦う?巫女の位をかけた勝負を挑まれたんだろう」


「戦いません」

「似てなくて安心したよ。でも決めた。

 明日、6時にドーム。君が来ないと不戦勝になるよ」

「嫌です」

「陽花ちゃんに魅了をかけるよ?」


 押し黙る葉咲。

 満足そうに見、緑をつれて去っていく。





 珪は何も言わずに図書館を出た。

 問いかけたくなる。

 どうやったらそこまで人を好きになれるのかと。


「私、学校でもててました」


 珪が肩越しに葉咲を見る。


「告白されて、付き合って。相手を好きになるんです。

 でもそこまで。いつも同じ言葉で振られちゃうんですよ。

 “俺よりも想ってくれないから”って。

 どうしたら本当に好きになれるのか、いつも悩んでました」


 珪が葉咲に歩み寄る。

 顔を覗きこみ、目を会わせる。


「巫女って隠して生きてたんだろ?仕方ねぇよ。

 いつか全力で人を愛して、ぼろぼろになって、それでも好きなヤツが出来るさ」


 ナイトらしく巫女を大切にする。

 けれども、その裏には何もない。

 純粋な言葉。


「珪くんはナイトだけどナイトらしくない」


「よく言われる」


 珪はにっと笑った。


「そこが本当の魅了ですね。ありがとうございます。

 いつか本当を見つけてみせます」


 彼の言葉が葉咲をにっこりと自然に笑わせることが出来た。


「応援してるぞ」


 珪くんは年下のようで年下ではなかった。

 同い年のような気安さと、包みこむ暖かさ。

 彼らしさがそこにある。


「それではまた」




「逆に慰められたな」


 軽く笑う珪がいた。




「はぃ~~~!?」


 朝からとんでもない絶叫が上がる。


「水翡ちゃん、落ち着いて」

 葉咲が思わず立ち上がった水翡を座らせる。


「えぇ!?だって戦うことになったのよ!?

 どうしてそんなに落ち着いてるの!!」


「私は戦い慣れしていますし、陽花ちゃん程甘くありません。

 徹底的に潰します。二度とこちらに牙を向けないように」


 直人はとんでもない人を怒らせたようだ。


「私が何~?」


 陽花があくびをしながら聞く。


「おはようございます。

 陽花ちゃんの戦い方の話をしていました」


 笑顔で陽花に挨拶する葉咲。


「あぁ、あれかぁ。私でも甘かったと思ってるよ。

 敵になりうる者はどんな者でも完璧に潰さなきゃいけない。

 でも、この火で人を傷つけたくないんだ。決めたから。

 それが私だよ」


「あんたらしいわ」

「陽花ちゃんはそれでいいんです。

 私が降りかかる火の粉を振り払ってみせます」


 静かなる闘志





 6時、ドーム。

 二人の巫女が向かい合って立っていた。


 鋭く睨む緑。冷静に見つめる葉咲。


『両者が集まったところで試合を始めたいわけですが、ルール大丈夫ですか?』


 葉咲が司会者を見る。


「ほとんど前回と同じ。違うのは囲っている円が緑色ですね。

 そこから出たらアウトですよね?」


『そうです。問題はないようなので、スタート!!」





 駆ける風。




 白い煙が湧き立ち、晴れた時には緑は場外だった。


「反則よ!!あんなの早すぎるわ!

 どうせ試合前から詠唱していたんでしょう!?」


 緑が納得いかないと立ち上がる。


「どうですか?司会者さん。

 審判も兼ねているのでしょう?」


『まったく鋭い人ですね~。

 では説明します。葉咲さんは反則行為をしてません。

 彼女は緑さんの呼吸のリズムに合わせて詠唱したんです。

 そう、細かく言うと緑さんが息を吸い込んだ時。

 その隙に風で攻撃したんです』


「馬鹿な……。

 そんなことが


「出来るんだよ。あの人の才能を受け継いだのなら」


 直人がスタンドから出てきた。


「直人様!まだ出てきてはいけません!!」

 緑が声を上げる。


「いいんだよ。君の負けと決まったから」


 葉咲を振り返る。


「どんなに幻であればいいと願ったか。

 君はやっぱり似ているよ。圧倒的な力。相手の隙を見る力」


 直人は懐かしむように葉咲を見る。

 眉を寄せる葉咲。


「私は“風本 葉咲”意外の何者でもありません。

 母は今も元気に生きています。会うならご勝手に」


 直人は軽く笑って返すだけ。

 スタンドに戻っていく。





「私も“灰黒”になっちゃいました」

 新しい制服を着て、ターンする葉咲。


「じゃあ明日から私だけなのぉ~!?」


 あぁ、ガキクラスよ永遠に。



 コンコンとノックの音がする。


「また祐樹!?顔も合わせたくないわ」


「でも開けないと失礼ですし。

 あら?陽花ちゃんは?」


「陽花いつの間にかいないのよね。

 とりあえず開けるわ」


 腹をくくり、勢いよくドアを開ける水翡。


「どもー」


 手を軽く上げて立っている少年がいた。


「あんた誰」


 思わず水翡の肩の力が抜けた。


「俺は珪って言うんだけどー、あっ、逃げんな葉咲!!」


 ひっそりと窓に足をかける葉咲。

 声をかけられた時には飛び降りていた。


「ちょっ、葉咲!?どうしたの??」


「あ、俺が連れ戻してくるんで。

 原因は間違いなく俺だし」


 珪も同じく窓に足をかける。


「風の守護を受けてるのは自分だけと思うなよ」


 薄暗い夜に溶け込んだ。


「今の何なの~?」

 戸惑う水翡が残る。





「どうしてついてくるんですか!?」


 後ろを走る珪を見て葉咲は問う。


「お前に言うことがあるからだ!!」

「どうせ緑さんを傷つけたから文句を言いに来たんでしょ!!」

「そうじゃない!!」

「嘘ばっかり!!」

「嘘じゃねぇ!!」

「知りませんーーー!!」


 風の力を借りて更に加速する葉咲。

 息を切らして立ち止まる珪。


「くそっ!!人の話聞けっての。

 しょうがない」


 ズボンのポケットから小さな袋を取り出す。

 今回のは、香りの魅了の力を取り戻すための粉。

 それを袋ごとぶちまける。


「風よ、運べ!

 葉咲ーーー!!止まりやがれ!!」


 ぴたっと止まる葉咲。


「ひっ、ひどい!!魅了なんかかけて!!」

「酷いのはどっちだ。人が違うって言ってるのに」


 初めて珪の目を見る。


「俺は緑のことを気にするなって言いに来たんだ。

 負けたのはあいつの弱さだからな。

 だから、いいんだ」


 目元に溜まる雫を拭ってやる。



 すき



 心に浮かんだ言葉

 今にも零れそうな言葉を飲み込む

 苦しい


「早く。魅了を解いて。逃げないから」


 切羽詰った葉咲の声。


「どうしたんだ?」

「いいから早く!!」


 粉を振りまく。


「これでいいか?」


 伺うように見た先には、胸元を押さえて震える葉咲がいた。


「どうして、どうして解いてくれないんですか!?

 苦しくて、愛おしくて、自分じゃないみたいなのに!!」


「え」


「苦しいんです。珪くんが緑さんを見るのが。

 ずっと苦しいままなんです。助けてください……」


 泣き疲れ、崩れる葉咲。





 軽度の魅了。

 重度の恋。

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