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巫女の住まう都市  作者: 花ゆき
序章:始まった今日という日
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巫女に守られた社会

 時は3500年代。地球温暖化が進み、海面が上がる。日本は堤防によって成り立つ国となった。他の国も同じく堤防によって成り立つ国が増えている。


 そして温暖化による異常気象で新たな生物“危険種”が生まれた。その生物の凶暴性に世界中の人々は恐れた。銃で心臓と思わしき所を狙えども、死ぬことはなかった。


 人々が恐怖に怯える中、日本で立ち上がる者がいた。異質である力を持ったがために裏舞台にて隠れし者、名を“始まりの巫女”。彼女は見事に“危険種”を倒してみせた。


 人ではありえない自然の力をいとも簡単に操る彼女は異端にして、救い。その彼女の活躍によって、“始まりの巫女”と同じ能力を持つ者も生きるために立ち上がる。その功績により、巫女と同じ能力をもつ者は表舞台で暮らせるようになった。


 今日も巫女たちは戦っている。




 3505年

 “始まりの巫女”が立ち上がった。その日を巫女への敬意を示し、始まりの日と名づけられる。それから、35年後の3540年のことである。



 やはりこの時代にも学校はあった。そして定番のように、朝早くから騒がしい家がある。


「待ち合わせに間に合わないーー!!」


 髪を振り乱して、準備をしている少女がいた。その様子を暖かく見守る者はいない。家にはこの少女以外、誰も人の気配がなかった。


「行ってきます。お父さん、お母さん」


 彼女は玄関にある家族全員の写真立てに向かって明るい笑顔を見せ、鍵を閉めた。少女が背を向けた時、肩までの真っ直ぐな髪が揺れる。




 道路の曲がり角にあたる部分。その端で二人の少女がいた。


「また水翡すいひちゃん遅いね~」


 150cmほどのちまっとした少女が退屈そうに石ころを蹴飛ばしている。髪は人の目を惹きつける赤茶、ではなかった。光の具合によってそう見えていただけで、実際は黒だった。同じく瞳も黒である。ショートカットの髪と、短めのスカートが朝の風になびく。


「また寝坊でしょうか?」


 身長160cmのほどの落ち着いた雰囲気の少女がそれに答えた。長めのスカートだから落ち着いたように見えるのだろうか。少女は深緑の髪をさらに濃くしたような黒緑色の髪の持ち主だった。遠くで見ると黒そのものである。彼女の髪は緩やかなウェーブを纏い、彼女の腰あたりで揺れ遊んでいる。目の色は緑。日本でも一般的になった色だ。


 先程まで石蹴りをしていた少女は、まるで人間アンテナのごとく何かに反応した。その目は遥か先の少女を見ている。


「もう、水翡ちゃん遅いよ!」


 水翡が来たのを察知したようだ。おーいと大きく手を振っている。


「ごっめ~ん、葉咲はざき陽花ようか……」


 水翡は肩までのストレートの髪をもつれさせ、肩で息をしていた。相当急いできたのが分かる。


「仕方ないなぁ」


 陽花と呼ばれた小さい少女は笑ってみせ、葉咲と呼ばれた長い髪の少女は櫛くしで水翡の髪をといてあげていた。


「そうですね。今日は何もなさそうだからいいですよ。行きましょうか」





 少女らは角を曲がり、大通りに出た。ちらほらと同じ制服の生徒が登校している。日直や部活で朝練がある人々が通う時間のため人数は少ない。彼女らは早く家を出ているにもかかわらず、なぜ遅刻だといったのだろう?


 教室に入ると誰もいなかった。無人特有のひんやりとした空気が身を包む。


「いつもより早く着いちゃった」


 陽花は誰もいないに等しい教室の机に寝そべった。力を抜ききって、リラックスしている。


「今日は珍しく、になりますねぇ」


 葉咲は椅子に座って、手鏡を出して左右髪を結わえているリボンをチェックしていた。


「うっ、いつも遅刻してごめんなさい……」


 うなだれている水翡。反省しているのがよく分かる。そんな彼女を責めるものはいない。二人とも笑っていた。


「クスクス、怒ってませんよ?」

「たまにはのんびり出来ていいね!」

「二人ともありがと」


 そこでやっと水翡は笑った。葉咲と陽花の好きな笑みで。




 一時間目が終わり、教室はざわめいていた。話題はニュースであった巫女の活躍についてだ。“始まりの巫女”の活躍から、巫女の活躍は逐一放送されるようになった。


「なあなあ、今日のニュース見たか!? 『土の精 ティーナ』!!」

「すっげーよなぁ。あんなに美人なのに地割れを起こせるんだぜ!?」


 男子生徒はティーナの美しさについて熱く語っている。

 ティーナとは土属性の巫女のことである。金の髪をたゆませ、先を見据え、決して金色の目を反らさない。血をどれだけ流そうともその美しさは消えない。むしろ増すくらいだ。


「あぁ、私も巫女になりた~い! だって、巫女になったら格好いいナイト様が護ってくれるんだもん」

「素敵~」


 女子生徒は格好いいナイトに護られたいと夢を見ている。ティーナを守るナイトは髪・目・スーツ・サングラスまで、黒で統一されている男性だ。しかしティーナを確実に守り、導く。クールかつ無駄のない動き。いつしか巫女よりもナイトを見ている者も多いだろう。


 そんな女子生徒を男子生徒は嘲笑する。


「はは、おまえらなんか巫女になれないって。四つの属性(土・水・火・風)のうち一つが発現しねーと」

「夢ぐらい見てもいいじゃない」


 女生徒は唇を尖らせて、ツンとした表情を見せる。再び、熱に浮かされたような顔になる。


「俺もティーナみてぇな巫女を護まもりてぇ~」


 男子生徒も似たようなことを言っている。年頃の男女はアイドルに憧れてるように、巫女とナイトに憧れる。


 その巫女は先天的な能力によって発現する。つまり一般市民にとっては夢のまた夢で。ナイトについてはどうやってなるのかさえも分からない。巫女になることよりも、夢のまたまた夢になるのだ。そのため巫女の話題はいつも盛り上がる。なりたくてもなれないから。夢を見るだけ。


「巫女かぁ……」


 教室の中心。巫女の話題で盛り上がるクラスに反し、水翡が窓辺で遠くの景色を見て言った。水翡の焦点の合わない目に心配したのか、陽花が明るい声をかける。


「でも、巫女なんて私達には関係ないよね!」

「ええ、私達は一般人ですし」


 後ろからやってきた葉咲は水翡の肩に手を置く。言い聞かせるような言葉に水翡は苦笑して頷いた。そうだよね、と。


 三人には共通点があった。“巫女”という言葉を耳にすると、顔が強張るのだ。彼女らは実に上手く隠しているため、お互いのみ知っている。




 寄り道をした後の帰り道はすでに真っ暗だった。暗闇の中、蛍光灯の明かりがよく映える。


「しまったーー! 話し込んじゃった……」


 水翡は激しくうなだれる。時計を見るといつもの帰宅時間よりもニ時間ほど遅くなっていた。


「仕方ないよ、水翡ちゃんのお母さんに会ってたんだし」

「そうですよ。今日が命日ですし、やむを得ません。幸い、三人いるので大丈夫でしょう」


 葉咲の言葉に頷きあう。そこでなぜか陽花は周りに視線を巡らせる。ため息までついた。


「はぁー、朝は何もなかったけど、帰りは違ってたね~」

「残念です」


 おっとりした口調とは裏腹に、葉咲の目は険しいものへ変化する。


「どれぐらいいるのかしら? お母さんとの約束守りたいから沢山いたら嫌だな~」


 言葉に反して、水翡は不敵に笑う。


「聞いたところによりますと五体だそうです。これなら陽花ちゃんにお任せしましょうか」


 一体誰から聞いたのか。疑問のみが重なる。


「まっかせて! ぱぱーっと終わらせちゃうから♪」


 陽花は手のひらを上にして右手を差し出し、勢いよく下に押し付ける。とりゃ、という掛け声が元気いっぱいの陽花らしい。


 急にあたりが明るくなった。街灯が点いた訳ではなく、自然の光。そして熱。業火と呼べるものが異形を包んでいた。それは人類を脅かす“危険種”だった。なぜ巫女でない彼女らが“危険種”を倒せるのか。きっと、その場に人がいればそう思ったことであろう。



「巫……女?」


 その時三人は聞き覚えの無い声――第三者の声を耳にした。

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