爺、決意する
明日に死を迎えるとしても、今日から幸福になって遅くはないのです。
【中村天風】
「VRMMOをやってみたい。と?」
白衣を着た男性が、少し驚いた調子で聞く。
「えぇ、少し興味がありまして」
答えるのは70~80歳くらいだろうか。もう老人と呼ばれることにも慣れた。そういったふぜいの男性だ。
「ただ儂も随分と歳ですので、健康上気をつけることなどあるのかなと思いまして」
うーんと白衣の男性が唸る。
「精神的な面ではVRゲームはとても良い影響を与えてくれるでしょう。歳をとると身体が自分の思うように動かせなくなる。これはとても大きなストレスを生みます。しかし、VR空間であれば肉体の制限を受けることなく行動できますから、精神的な面ではとても良い影響を与えてくれるでしょう」
ですが、と医師は続ける
「長時間ゲームを続けた場合、肉体的な疲労が重なり健康を害する可能性がありますのであまり長い時間遊ばないほうがいいでしょうね」
それはVRゲームで無くとも同じなのですが。と医師は苦笑していた。
初夏あたりの少し暑い日、老人は食事をとっていた。TVはついているだけ、見ているわけではない。
ただ静か過ぎると気が滅入るから、という理由でつけている。
『バタフライエフェクトオンラインはその圧倒的な自由度で貴方の夢を叶えます!』
食事の手が止まり、老人は目をTVに向ける。どうして興味を持ったのか、それは自分でも判らない。
煌びやかな効果、大袈裟な演出、歳をとってからは多少うるさく感じていたそれらに心奪われたことだけは事実であった。
「ふむ、バーチャルゲームか。悪くないかも知れんな」
思いつきの類だったのだろう、しかし日々退屈を飼いならすことに飽いた老人にとっては、それは絶妙の案のように思えた。
三島清十郎、齢は満で87。彼は人生最後の挑戦にVRMMOを選んだのであった。