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逃走中のサンドウィッチ

またあの小うるさい神主が来るらしい。

我のような矮小なりとも「神」と呼ばれる存在にとっては

人のひと月など一呼吸の感覚なのだが致し方あるまい。

ひふみ、のオーナーは人間であるし

持ち主である皐月を困らせる気は我には毛頭ない。

我はひふみのオーブンの神であると同時にひふみの「オーナー」を守る神であろうと決めているのだから。


皐月の兄である神主が訪ねてくる時の取り決め事項として

「兄が退出するまで店にいない」を決めている。

あの兄、我が皐月の守りをしてるのが気に入らぬらしい。

いつまで経ったも妹が己の庇護下にあるとなど思わぬことだと呆れるしかないのだが

人の世では「ブラコン」と呼ばれる性質は変えるのが難しいらしく呆れるが諦めるしかないようだ。


神としては情けない限りだが三十六計逃げるに如かずと言うことで朝から多めにパンやクッキーを焼いておく。

皐月には祖母に当たる文の頃より変わらない匂いを絶やさないよう

これを食べた客たちが心安らぐよう念を送りながら仕事を終える。

そして、大きめのバスケットに皐月は我と寿々に我には友である柏原の女史の昼餉とお八つを詰めていく。


「柏原さんにいつもすみませんってお伝えしておいてくださいな」


そう、基本的にこういう時は柏原女史の家でゆっくり茶をすするのが常なのだ。

神の寄り合いや知己の人外と会う用事があれば別だが

寿々にとって初めての「1日避難」と考えれば猫娘となって浅い寿々の為にも今日は寿々の子守に徹するしかあるまい。

柏原女史の許諾もあるので甘えさせてもらうことにしている。


「すまぬの、これは皐月からの昼餉とお八つじゃ」

柏原女史に挨拶すると、まあまあ!と喜びながらバスケットを厨へと運ぶ。

まずは朝稽古らしい。

久々に柏原女史と墨をする。

寿々はまずは文字の書き取りが優先ゆえ液体墨汁を使うようだ。

まだ汚すことが多いらしく割烹着のようなものを着せられておるのが愛らしい。

確かに女の童にしか見えないのだから常の労務には向かぬのだ。

すり終えた墨で文字の写しを始める。

この作業は札を自ら書くときの修練にもなるゆえこのような機会に定期的に行うようにしている。

我の不在時にもひふみのオーブンが満足に仕事をするのは札を用意しているからだ。

我とてごく稀に店を空けざるを得ない。

その日に開店しなければならない場合、加護が薄いパンで顧客を失うようになればひふみの名折れである。

不在時には薪を起こす際にこの札と焼べる用にと皐月にもきちりと言い聞かせてある。

まあ普段はそんな時は休むようにしているらしいのだが。


さて、文字の修練を終えると昼餉となる。

今日はサンドウィッチを詰めてくれている。

BLTサンドウィッチ

ポパイオムレツサンドウィッチ

テリヤキチキンサンドウィッチ

今日も大盤振る舞いじゃのうと頬張る。

「皐月姉さんのごはん、おいしい。」

口元を汚しながらかぶりつく寿々の介添えをしながら食事を進める。

「火室殿がそのように可愛がるのは初めてのことですね」

と我には紅茶を、寿々にはミルクを供する女史は揶揄う。

「我の連れてきた言わば拾い子のようなもの。無責任にする訳にはならぬしな。出来れば人と友好的な妖として生きてもらいたいのだがの。」

と返すと確かにそれがよろしいですわねと返事をしてくれる。


午後はこの家に住まう九十九神と雑談となる。

書家である柏原女史の硯は我よりかなり年長の九十九神なのだ。

蒼龍というこの九十九神は硯の神だけあって黒々としたしかし日の光を浴びると青光りする髪が特徴の神だ。

縁台で皐月の作ったスコーンとパウンドケーキを食べながら語らう。

幾年も世にあると世に在ることに飽きてしまうのだがこうやって仲間が居ると

世の儚さを愛でながらも在ることを楽しめる。

寿々にもこういう相手ができて欲しいと心から思うのだ。


さて、気がつけば日が落ちた。

柏原女史の夕餉はひふみにきめたらしい。

我らを送り届けると言うので甘えることにする。

閉店前の時刻に表から帰る。

「戻ったぞ、すまぬ少し汚してしもうた」

そう、久々の書を嗜んだゆえ大きくは汚さなかったがやや跳ねさせてしまったことを報告するとやれやれ、と笑っている。

ここを住処にしてよかった、と思う時間であった。

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