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フルーツケーキとにがい話

今日は火室さんと寿々ちゃんは逃走中だ。

というか一通りオーブン仕事が終わったら今日は閉店まで帰ってこないほうがいいと告げてある。

寿々ちゃんにも同様のことを告げて二人にはたんまりとランチボックスにはサンドウィッチにスコーンにパウンドケーキを一本もたせた。

ランチ後のオーブン稼働を見込まないためにもいつもより早くオーブンを使い始める私に

火室さんも文句を言わず身の安全のためにせっせと働いてくれた。


なぜかというと…

一週間前に「火室さんの一番苦手とする人物」である私の兄が襲来を予告したからだ。


私の家はおばあちゃんこそ喫茶店をやっているけれど

実は由緒正しい神社の家だ。

そりゃ九十九神様なんぞに驚きはしないし妖の類も「悪質な」モノ以外とは比較的子供の頃から仲良くしている。

猫娘だのに耐性があるのはそれが主原因。


でも、火室さんはむやみやたらに人に見られることを嫌う。

私がひふみを引き継ぐにあたり「火室さん」が姿を見せてくれるかが一番のネックだったとは在りし日のおばあちゃん談。

焼き菓子とパンの技量と珈琲の淹れ方の合格をおばあちゃんから貰えて初めて引き合わせてもらえたのだ。

曰く、人と人外はある程度一線を引くべきであるらしい。

加護相手以外に己を不用意に晒すのは言語道断だし、加護相手から「引き剥がす」人間は「不遜ゆえ大嫌い」なのだ。

今日来る「火室さんの一番苦手とする人物」は火室さんに然るべき祀られ方をして欲しいと口煩くてならない。

然るべき祀られ方をして欲しい=妹にベタベタすんな馬鹿野郎

なのが兄の残念たる所以なのだが

生来のシスコン故に私はとうに諦めてる。


カランコロンとドアベルが響くと兄がやってきた。

「15時〜17時はお休みをいただきます」

の札は兄が来るときだけかけている。

今日は2人でゆっくりお茶をするための時間だ。


兄の好きなのはブランデー多めのフルーツパウンドケーキだ。

柏原さん宅にお邪魔してる火室さんにも同じものをもたせている。

ブランデーシロップをたっぷりと打って一晩寝かせた予約が入らないと作らない力作。

兄が頻回にこちらに通いたい、できればアポなしで突撃し火室さんを引き剥がしたいという過保護行為を諦めてくれてるのは

この「手間のかかるパウンドケーキを焼くためには一週間前の連絡が必須」だからだ。

しかも原価率的には正直趣味で作らないとやってられないレベル

お店で出すには一本売りで2000円は取る代物だ。

街場の喫茶向きではない。


このパウンドケーキと酸味が強めの珈琲が兄の好み。

コリコリと自分で豆を挽いてもらうのは「お金を落とす客ではない」人間だから兄にしてもらってる。

ふわっと珈琲を淹れる匂いがするともう兄が待ちきれないタイミング。

厚めに3切れケーキを渡しお茶の時間だ。

いつも通り、しっとりとしたケーキにフォークを差し込み一口大にカットし口に入れる。

うん、美味しい。やはり店売り2000円なら売れるはず。

と予約販売ならできるかしらーと考えを巡らせると兄が口を開いた。


メインテーマは気が重いことに私の縁談だった。

「この街の神社の一人娘」は比較的好物件らしく30を超えてしまった私にもそこそこ縁談じみたものは来るが今は店が恋人だ。

と断りを入れるとでは誰がひふみを維持していくのか、と兄は言う。

後継者は必要、できれば見えてもいい人で私がお産の時にも火室さんと仲良くできる人じゃないと無理と答えると頭を抱える。

私は「ひふみ」が好きで仕方なかった。

私たち兄妹は「祖父と祖母」が大好きだった。

おばあちゃんの暖かさが大好きだった。

神主の祖父が夕飯時に話してくれる話をおばあちゃんと聞きながらご飯を食べて育ったのはこの店だ。

だから兄は神主の道を私は「ひふみ」のオーナーの道を選んだ。

両親のように会社員を選べなかった。

兄には神主過程のある大学に通ってた頃にいい人ができて結婚をした。

でも、このままだと私が「火室さん」と生きることを選びそうで怖いと兄は告げる。

「人は、人であり続けることに価値があるんだよ」

そう、兄はとても心配するのだ。


いいご縁があればするけどピンとこない

と失礼のない程度にサッとお見合い写真をみて告げるとそれもそうか、と告げられる。

兄の本命はこの写真の中にはいないようだ。

「来月も来るけれどその時は火室さんともう一人の同居人にも居てもらえ。火室さんは特にだ。彼らが気に入らないとお前は縁談すら受けないのだろうから。見えて料理のうまいやつ連れてくるから待ってろ。」

と言い兄は日が暮れはじめた街へ帰っていく。

夜の営業が終わると火室さんと寿々ちゃんが帰ってきた。

寿々ちゃんのお習字スモックには今日も墨がついている。

火室さんも久々に書を嗜んだのだろう。

少々汚してな、と苦笑いをしている。

2人をついでなので風呂に促し夕飯の支度をする。


ああ、やっぱり私は「この店で過ごす時間」が好きだ。

自然と笑顔が溢れた。

縁談は…お兄ちゃんごめん。


〜今日のひふみの「お持たせ」〜

BLTサンドウィッチ

ポパイオムレツサンドウィッチ

テリヤキチキンサンドウィッチ

プレーンスコーン

パウンドケーキ


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