ケークサレとクリームパン
今日は瀬戸さんが店にくる日だ。
祭りの日に約束をした「お店を見たい」という言葉通りにひふみに遊びに来てくれることになった。
もちろん、兄が来る時と同じく休憩の札をかけるが、今日は火室さんにも寿々ちゃんにも店にいて貰う。
従業員として雇い入れるのか、兄の計略通りに家族になるのかは置いておいても私の家族であるこの2人と仲良くできないと意味がない。
甘いものは「採用試験代わりです」と手土産として自身で作って持参しますと瀬戸さんから連絡を貰っている。
ならば、と使うものはパウンド型だけれど味わいは全く別物のアレを作ろうと粉を振るい始めた。
ベーコンとズッキーニにパプリカに南瓜はダイスにカットをして思い出したように枝豆も鞘から取り出して混ぜ込む。
ケークサレ、塩味のケーキはこれだけでブランチから小腹満たしのおやつまで兼ねてくれる優れものだ。
パウンド型から取り出し切り分けているところにカラン、ドアベルが鳴る。
目線を上げると瀬戸さんがいらしていた。
「お出迎えもせずすみません」と告げると時間休を作ってまでお会いしてもらってるのでとはにかむような笑顔をこちらに向けてくれる。
至極、良い人で善い人なのだろうとおもう。
だからこその、「視える目」なのだろうけど。
私達、のお客様なので今日は火室さんや寿々ちゃんにも同席してもらうし手伝いもしてもらう。
「ある意味恐れ多いですよね」と苦笑しつつカウンターに掛けてくれる瀬戸さんはある意味大物だとは思う。
手土産と採用試験の課題代わり、と持参してくれた品はオレンジピールの入ったブリオッシュとカスタードのたくさん入ったクリームパンだ。
それに私の作ったケークサレを添えて私達は遅めのランチ、とする。
適度に捏ねられた生地を口に含むときちんと小麦の甘みを感じる。
ちゃんとした仕事、を誠実にできる人なのは察してはいたけれどもここまでとは思っていなかった。
家庭用オーブンで焼いたのでとは付け加えられているが全く気にならない程度に誠実に仕事をされている味わいにうちの人外達も喜んでいる。
この2人が安心して食べられないとウチの店で仕事をしてもらうことはできないのだ。
最低ボーダーラインはやすやす突破、と寿々ちゃんの顔を見るとその評価を改める。
いや、もうほぼ満点だろうと。
比較的高位の妖とはいえ精神は幼い上に妖とは元来とても素直なのだ。
偽りを吐く妖もいるがそれも己を満たすためという至極まっすぐな理由で偽るのが彼らの本性。
その寿々ちゃんがウマウマと頬にカスタードをつけながらクリームパンを頬張る姿を見ると合格、としか言えない。
一通りテーブルの上が片付き、寿々ちゃんが挽いてくれた豆でコーヒを飲む。
もちろん寿々ちゃんのはカフェラテで。
「凄いですね」
と思わず瀬戸さんに私はこぼしてしまう。
私がおばあちゃんに認められるパンが焼けるようになったのはこの店を継ぐと決めてから三年経ってからだった。
製菓学校に通い、小さいけれど比較的有名なパン店で修行をしてそれから帰ってきたのに、だ。
兄より年上、ということは職人歴は長い方なのだろう。
でも、羨ましい。
私は初見でこの店のあとを継ぐと決めていたのに火室さんに食べてもらうに能うパンは焼けなかったのにこの人は出来た。
その事実がとてつもなく羨ましかった。
そんな私の顔を見て珍しく私以外に人がいる席で火室さんが口を開く。
「皐月よ、少し思い違いをしておるぞ?継ぐ事と勤めることは似たようでいて大きく異なるのだからの。」
その言葉に微笑みながら瀬戸さんが続ける。
「気にいる、事と毎日頂くに能う、は全く別物なのだと思います。皐月さんの作るものは相手の毎日に根付くためのもの。今日僕が来てわかりました。僕は手伝えるけど継げないです。継ぐのは貴女、手伝うのは僕というのは悪くない関係だとは思いませんか?」
ああ、そうかと得心した。
作るだけじゃないからこそおばあちゃんは厳しかった。
私のこねる生地に加護を与える価値があるかを見ていたのだと。
その価値があって初めて薪オーブンを使うことができるのだと。
それを気づかせてくれる人となら存外うまくいくかもしれない。
「とりあえず、お友達から」
そう、笑いながら瀬戸さんに私は返したのだった。
〜今日のひふみのお供え〜
夏野菜のケークサレ