こんな夢を観た「うっかり環状線に入り込む」
桑田の運転で都内を走っている。目的地のない、のんびりとしたドライブだ。
「北本通りは相変わらず混んでるな」桑田がつぶやく。
「この先は赤羽だよね。環七に入る?」わたしは提案した。「板橋方面に行ってさ、大山のアーケードで喫茶店にでも入ろうよ」
「そうだな。ちょっくら、休憩するか」
高架橋の下で左折し、クルマは環状線へと入った。桑田もわたしも、てっきり環七だと思っていたが、どうも様子がおかしい。
「ねえ、桑田。前を走ってるのって、ひょっとしてサメじゃない?」わたしは自分の目を信じられず、運転席の桑田に聞いてみた。
「おれも、気になってたんだ。やっぱ、サメだよな」
幅1メートルほどのサメが、宙を泳いでいる。その大きさからすると、ホホジロザメではないかと推測される。
周囲を見渡してみると、イタチザメやアオザメなど、たくさんの種類が併走していた。というより、ほとんどクルマが見当たらない。
「ここって、もしかしてサメの通り道だったんじゃないの? ほら、たまに見かけるクルマ。あれ、たぶん間違えて入り込んだんだと思う」
「ああ、そうかもしれん。おれ達と同じようにな」桑田はふうっとため息をついた。「やっかいなことになった。早いとこ、出口を見つけて道をそれなくちゃ。見ろよ、後ろ。シュモクザメだぜ。追突なんかされたら、それこそベッコリとやられちまうよ」
助手席から後ろを仰ぐと、独特の姿をした恐ろしげなサメがこちらを睨んでいる。十分に車間はあるが、あまりいい気分はしない。
この環状線には、信号機がまるで見当たらなかった。さっきから、時速60キロをほぼ正確に保ちながら、停まることなく走り続けている。
「このまま脇道が見つからなかったら、いつまでもぐるぐる回るハメになるね」わたしは憂うつになった。
「あんま、考えたくねえな。けど、サメってのは泳いでないと死んじまうって言うしな。案外、あり得るかもしれないぞ」
ガソリンが切れたらどうなるんだろう。想像しただけで恐ろしい。
案内標識が見えてきた。出口かと思ったが、通行区分を示すものだった。
「『この先大型専用道路あり。右に寄れ』だって」わたしは標識を読んだ。
前を泳ぐサメ達が、車線変更していく。桑田も流れに乗って、右車線へと入る。左車線の路面には、「大型専用」と白ペンキで書かれていた。
そこへ泳いできたのは、ジンベエザメだった。巨体を優雅にくねらせながら、左車線から追い越していく。
「でっけえなー。10メートル……いや、15メートルはあるぞ、ありゃ」ちらちらと左側を見ながら、桑田が感嘆の声を漏らした。
「大人しいサメだって言うじゃない。あれで人喰いザメとかだったら、戦艦でもない限り、太刀打ちできないね」ゆっくりと行きすぎていく様子を、わたしも呆然と眺める。
大きな口を開け、飛んでいる夏の虫を次々と吸い込んでいく。まるで、掃除機のお化けだ。
それにしても困った。左側を走れないとなると、脇道があったとしても、そちらへ曲がれない。大型専用区分は、まだまだ続きそうだし、実際、ジンベエザメやウバザメが、次々と流れてくる。
道の先の方に、今度は緑色の案内が現れる。
「おっ、首都高の入り口が見えてきたぞ。あそこに入っちまうか」ホッとしたように桑田が言った。
「ああ、よかった。首都高って苦手だけど、右側に入り口があって助かった」わたしも安心して、シートにもたれ掛かる。
迷い込んだ他のクルマ達に並んで、ランプを登っていく。上から眺める環状線は、まるで流れるプールにそっくりだ。休むことなく、絶えずサメが泳ぎ回っている。
料金所が近づいてきたので、わたしは財布を取り出す。
「いくらだったっけ?」
「このクルマ、ETC付いてねえから、900円」と桑田。
「前は700円じゃなかった?」わたしは聞いた。
「ああ、値上げしたんだ。ぼったくりだよな、まったく」
環状サメ号線へ誘い込んで、そこから首都高へ接続させる。もしかしたら、東京都の陰謀なんじゃないか、とわたしは勘ぐらずにはいられなかった。