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栄倉亜美のジャムらない話  作者: 明良 啓介
第一章 迷彩服と帰還中
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サバゲー部に入ろう

 勇人と亜美は梶に連れられて、サークル棟の外れにあるサバゲー部の所有するプレハブ小屋へと来ていた。

 元々、サークル棟を建てる際に建設会社が事務所として使っていたものだ。そのため、小屋の半分はガレージになっていた。建設作業中はおそらく重機用のガレージとして使われていたのだろう。ガレージの奥に射撃用の的が吊るされているのが、サークルの活動内容を明らかにしていた。

 そして、その脇にあるサバゲー部の部室からは歓声が上がっていた。


「まさか、AK‐47を知っている女性に会えるとは!」


 サバゲー部部長である唐草明彦が声を荒げて喜びを表現した。サバゲー部の部員たちも亜美を囲んで大いに盛り上がっていた。

 亜美はその勢いに圧倒されながらも手にはAK‐47(別名カラシニコフ)のエアガンを持っている。勇人は弾かれるように部屋の隅っこで、複雑な顔をしてその光景を眺めていた。

 勇人の不安は的中した。

 部室に入る前、勇人はあらかじめ亜美に軍人だったことを秘密にするよう注意しておいた――亜美もそれに頷いて、いざ部室へと足を踏み入れた。しかし、室内の壁には様々な銃火器のエアガンが飾ってあり、それを見た亜美が思わず「むっ、カラシニコフか」と反射的に呟いてしまったのだ。それを聞いた唐草たちが騒ぎ出し、亜美にエアガンを持たせ、現在に至るというわけだ。


「なんで、亜美ちゃんは銃の名前なんか知ってたんだ?」


 勇人の横で梶が亜美の方を見ながら聞いてきた。


「それは……」


 勇人が一瞬、言葉に詰まるが、


「海外にいたからだよ。海外には射撃場とかあるだろ」

「にしても、なんか持ち方が手慣れてるというか……ほら、トリガーガードに指をかけてるし……どう見ても素人じゃないだろ」


 勇人の言葉に梶はあまり納得していない表情だった。

 確かに亜美の銃の持ち方は様になっていた。銃口を上に向けて、誤ってトリガーを引かぬように人差し指をトリガーガードにかけていた。

 部員達は亜美に対して「自動小銃は撃ったことあるの?」とか「好みのカスタムは?」とか「どんなレーションが好き?」と質問攻めをしている。亜美は部員達の勢いに困惑している。

(やばいな……これは)

 一応、口止めはしといたものの亜美がボロを出すのは時間の問題だった。


「あ、あの部長! まずは自己紹介とかしませんか? 俺も初日に来た以来ですし、彼女のことも紹介したいんで――っ!」


 勇人が室内の全員に聞こえるように声を出した。そこでようやく室内が静まり、


「そうだな、そうしよう。よしっ、とりあえずお前ら座れ」


 唐草が頷き部員達を亜美から引き剥がすように離れさせた。さすが無駄に筋肉隆々なだけはある。

 真ん中の机を囲むように部員達が座る。上座に唐草が座り、両脇に部員が二人ずつ座る。そして唐草の対面に、右から亜美、勇人、梶の順で座った。


「俺がサバゲー部、部長の唐草だ。好きな銃はM‐16だ。厳密に言えばM‐16A2だ」


 まず部長が自己紹介をして、そこから時計回りに部員達は自己紹介をした。


「僕は副部長の半田です。好きな銃はイングラムM11です」


(好きな銃は絶対に言うのか……)

 そういえば初日に来た時も部員達はそんなことを言っていたのを勇人は思い出した。その時よりは部員数がだいぶ減っているようだが。


「二年の田沼です。好きな銃はコルトパイソン」


(太ってるな……)


「同じく二年のピノ……好きな銃はショットガン全般……」


(適当な名前だな……)


「し、篠塚カナンです。一年生です。す、好きな銃は……PSG‐1です」


(女だったのか……)


 カナンは迷彩のキャップを深く被っている上に前髪で目元が隠れていたので勇人は声を聞くまで男だと思っていた。以上で部長を含めた五人の自己紹介が終わった。


「それでは君たちの番だ」


 そう言って唐草が勇人の方を見た。


「はい。えーと、一年の上本勇人です。好きな銃はサイコガンです」

「ぶっ!」


 思わず唐草が吹き出した。


「それ実在しないだろ!」

「すいません。他にはショックガンとかアタールガンぐらいしか知りません」

「それも実在しとらんわ!」


 唐草が声を荒げて突っ込む。そして、一呼吸置いてからニヤリと笑みを浮かべた。


「面白い奴だ。それで、実際のところ好きな銃は?」

「…………」


 勇人が申し訳なさそうな顔で黙り込む。笑顔だった唐草も徐々に真顔になっていった。


「――そうか」


 勇人はミリタリーに関する知識が全くなかった。

 そして、サバゲー部一同は亜美に期待の目を向けた。亜美が視線を受けて帽子を脱いだ。


「栄倉亜美。好きな銃はカラシニコフだ」


 そう言って、亜美はさっきから持ったままだったエアガンを掲げた。右側に座っていた半田が、銀縁眼鏡を指でクイッと押し上げて話に入ってきた。


「確かにAK‐47はコストパフォーマンスも含めて素晴らしい自動小銃だ。でも栄倉君、その理由を聞かせてもらえるかな」

「これしか無かったからだ」


 勇人以外の全員が「?」という顔になった。


「ああぁあああぁあああ! 海外の射撃場の話だよな!」


 勇人が慌てて声を上げる。そして右目を瞑って亜美に合図を送る。そんな勇人を見て亜美が気付いたように、


「あっ――ああ、そうだ。射撃場での話だっ」


 話しを合わせてぶんぶん頷いた。


「カラシニコフしか置いてない射撃場なんてあるのか」


 唐草が怪訝な顔で亜美と勇人を見比べる。


「まあ、他の銃は使用されていて、選択肢が無いなんてこともありえるだろうね」


 半田のフォローするような言葉で、なんとかその場は収まった。

 唐草がコホン、と気を取り直して亜美の顔を見た。


「どうだろう、栄倉君。我がサークルに入る気はないか?」

「部長、俺の自己紹介がまだなんすけど」


 梶が主張するが、唐草はそれを無視した。


「射撃経験のある栄倉君なら、ぜひ歓迎したいのだが」

「――あの、部長。実は亜美はこの大学の生徒ではないんです」


 唐草が勧誘を始めだしたので、勇人は亜美がここにいる経緯を説明した。亜美は海外から日本に帰ってきたばかりで、日本の大学が見たいということで連れてきた、と。


「なるほどな。事情はわかったが、それでもたまにサークルに来てもらうことは出来ないだろうか。なに、土日のチーム戦をやる時だけでもいいんだ」

「いや、それまずくないですか?」


 勇人が反対意見を出そうとするが、


「それいいっすね、加入してもらうの賛成。あっ、梶大輝です」


 梶がここぞとばかりに調子のいいことを言って、ついでに自己紹介もした。


「梶、お前!」

「……わ、私も賛成です。女性が増えると嬉しいですし」


 カナンがおずおずと手を挙げる。他の部員もそれに頷いて同意する。


「私は別にいいぞ。どうせ暇だしな」


 亜美がドンと胸を張った。

(そんなことを誇らしげに言われても)

 どうやら状況は七対一で圧倒的に劣勢のようだ。


「栄倉君もこう言っていることだし――たまに参加するぐらいならいいじゃないか。頼むよ。もし見つかった場合は俺が責任を取るから」


 唐草が反対する勇人に優しく語りかける。効果は抜群だった。勇人は『頼む』という言葉に弱かったのだ。頼まれるとついついなんでも引き受けてしまう。頼まれれば、逆立ちして鼻からうどんをすすりながら町内一周ですらやりかねない。


「部長にそこまで言われたら……」


 勇人が引きつった笑みを浮かべて頷いた。


「おおっ、それじゃあ決まりだ! 栄倉君、今後ともよろしく頼むよ」

「ああ、こちらこそ」


 こうして亜美がサバゲー部に加わることが決定した。

(もしかして俺はとんでもないことをしてしまったんじゃないか……?)

 勇人は場の空気が明るくなってよかったと思う反面、えもしれぬ後悔と自責の念に駆られていた。

 そんな勇人とは対照的に唐草は心の中でガッツポーズしていた。実をいうと、今年サバゲー部に入った新入部員のうち大多数が仮入部期間中に別のサークルへと移ってしまい、残ったのはカナン一人だけとなっていた。そのため、チーム戦を行えるような人数が集まらず、満足な活動が行えずにいた。しかし、亜美が加入したことにより、サバゲー部の部員数は八人になり、四対四のチーム戦が行えるようになったのだ。


「よし、それでは早速入隊の儀式を行うぞ」


 唐草が意気揚々と立ち上がる。

 勇人が聞きなれない言葉に反応して首をかしげる。


「入隊の儀式? そんなのあるんですか?」

「そうか。上本君はまだやってなかったんだな。ちょうどいい、場所を変えて説明しよう」


 唐草に先導されてサバゲー部一同はプレハブ小屋から隣のガレージへと移った。

 勇人たちが案内されたガレージ内は思いのほか広く、脇に工具箱や大きなタイヤが置かれていて、車の整備工場のような印象を受ける。奥行きは十五メートルほどあり、壁際には人型の標的が吊るされていた。

 その標的に「パスッパスッ」と小気味いい音と共に穴が開く。モーター音が唸りを上げ、入り口付近まで標的が移動する。


「ここが我々の射撃場だ」


 唐草が自慢げに言い放ち、入り口脇に置かれた机にガスガンを置いた。

 カナンが標的の紙を入れ換え、半田が天井からぶら下がるスイッチに手をかけると、標的は再びガレージの奥に移動した。


「弾は十発。何発標的に当てれるか、二人の実力を測らせてもらう」


 唐草は手に持った弾倉マガジンを勇人と亜美に見せるとそれをグロッグ17のエアガンに装填した。ちなみに一般的に『エアガン』と呼ばれている縁日や玩具屋などでよく見かけるものは一発一発スライド部分を引かなければ次弾を発射することができないが、唐草の用意したエアガンはブローバックの反動により次弾を装填するタイプのものでガスが使用されているため『ブローバックガスガン』と呼ばれている。


「それではまず、上本君から」

「俺ですか? エアガンなんか撃ったことないんですけど」

「簡単だ。銃口を標的に向けて引き金を引けばいい」


 唐草がエアガンを勇人の手に持たせ、銃口を標的の方に向けさせる。


「初めにスライドを引くことを忘れるな」

「……なんか映画とかで見たことあるな」


 勇人はアクション映画の見よう見まねでエアガンのスライド部分を引いた。若干固かったが少し力を入れるとすんなり引けた。その際「ジャキッ!」という背筋がゾクゾクするような音がした。初めての感覚に思わず感嘆の息を漏らす勇人。


「憧れだよな。サバゲーは映画や漫画の影響で始める奴が大半だからな」


 うんうんと満足気に頷く唐草。その横で勇人はエアガンを両手で構え、前方に視線を集中した。

 標的には腰に右手を当てて立っている人影がプリントされている。

(なんでモデル立ちなんだ……?)


「気楽にいけ勇人。初めてなんだ、外れても誰も馬鹿にしねえよ」

「梶……お前……」


 友人の言葉に勇人はふっと肩の力が抜けたような気がした。


「みんな早く亜美ちゃんの射撃が見たいんだ。番組だったらお前はダイジェスト処理されてるところなんだから早くしろよ」

「梶っ……お前……っ!」


 抜けていた肩に再び力が入り、憎しみをこめて勇人は引き金を引いた。


「四発か。初めてにしては上出来だ」

「もうダイジェスト処理でいいよ……」


 結果はしょんぼりと肩を落とす勇人を唐草が慰める形となった。

 そしてついに亜美の射撃の番となった。

 実銃の射撃経験があるという亜美にサバゲー部一同の期待の目が集まる。

 勇人はそれを少し離れたところで不安気に見ていた。


「栄倉君、なんだったらもうちょっと前からでもいいぞ」

「いや、ここでいい」


 気を使う唐草を手で制し、亜美はエアガンを構えた。

 見守るカナンとピノの横で田沼が鼻を鳴らした。


「撃ったことがあるといってもしょせん素人だろ――」

「しーっ」

「……」


 しかし、カナンとピノに睨まれてすぐに口を噤んだ。

 瞬間――二発の乾いた音が銃口から発せられた。


「はやっ……!」


 梶が思わず声を上げる。後ろで見ていた勇人も目を見開いた。が、


「……ん? なんだ?」


 亜美の手が止まった。


「あー、これはジャムったようだね」


 半田が眉を潜めて『ジャムった』つまりエアガンが弾詰まりを起こしたことを告げた。その証拠に亜美の持つエアガンのスライドは後ろに下がったままになっている。亜美の引き金を引く力と速さにエアガンの性能がついていけなかったのだ。


「すまない。銃を壊してしまった」


 亜美が慣れた手つきで弾倉を抜き取り、エアガンを唐草に手渡した。唐草は魂が抜かれたように口をポカンと開けていたが、エアガンを受け取ると慌てて「いや、いいんだっ」と首を振った。


「それより銃を変えてもう一度――」

「その必要はない。すでに標的は死んだ」

「なにを言ってるんだ? ……んっ!? お、おいっ、標的をこっちに!」


 亜美の淡々とした口振りに唐草はなにか気付いたようで標的に目を向けながら指示を出した。すぐさま半田がボタンを押して標的が入り口付近へと移動する。


「おいおい……嘘だろ」


 真っ先に標的を目にした半田が驚きを通り越して呆けた声を漏らした。他の部員たちもそれを見て驚愕の表情を浮かべた。

 標的の胸の中心と眉間の部分に穴が開いていた。


「二発とも急所に当てたのかよっ!」


 梶が標的に顔を近づけて跳び上がった。


「いや、よく見てみろ。三発だ」


 唐草に言われて部員たちが目を凝らす。見ると、標的の胸の部分に開いた穴とは別にほぼ同じ箇所に重なるようにもうひとつ穴が開いていた。


「助骨に二発。眉間に一発。計三発だ」

「わ、私には銃声は二発にしか聞こえませんでしたよっ」


 カナンが息を弾ませた。興奮しているようだ。勇人も開いた口が塞がらなかった。

 今、目にした光景が現実のものとは思えない。撃つ速さもさることながら、狙いの正確さも完璧だ。人間の急所を熟知した上での凄まじい技量だった。


「上本君。彼女はいったい何者なんだ?」


 驚きを隠せずにいる唐草が勇人の隣にやってきて小声で言った。

 その問いに対して勇人は言葉が出てこず、部員たちに囲まれる亜美をしばらく眺めた後、


「……なんなんでしょうね」


 そう言って乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。

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