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栄倉亜美のジャムらない話  作者: 明良 啓介
第四章 エネミー・オブ・ライン
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アリガトウゴザイマス

 逆光により伸びていた三人の影が勇人の足元から離れる。


「ま、待ってくれ!」


 勇人が焦るように声をかけて引き止めた。そして振り返る三人に駆け寄った。


「……何よ。まさかこの期に及んで逃げろとか言うんじゃないでしょうね」


 ミリーが興を削がれたとばかりに悪態をついた。


「今さら止めねえよ。だけどどうしても確認しておきたいことがあって……」

「連中を殺すな、と言うのか」


 勇人の言葉を先回りして亜美が口にした。ミリーとニコールが唖然とした表情になった。


「あのね、勇人君。向こうは本気で殺しにくるのよ。その約束はできないわ」

「バカなのアンタは? 情けなんてかけたらこっちが殺されんのよ。それとも何? あいつらに捕まった時に情でも移ったの?」


 ミリーもニコールも勇人を非難するようなことを言った。勇人の甘い考えに心底呆れているようだ。


「いや正直、連中のことはどうでもいい。皆が無事だったら」

「だったら何だって言うのよ……」


 勇人はいつになく真剣な表情になり、口を開いた。


「逃げる時にチラッと見ただけだから確証はないんだけど……連中の中にゴツい銃を持った奴が二人いた」

「……えっ?」


 勇人の口から思いもよらぬ言葉が出てきて亜美たちは困惑する。


「え、ええ、確かにマシンガンで武装している兵士が二人いたわ」


 ニコールが呆気にとられた様子で自身の記憶をたどって答えた。それよりも彼らに捕らえられ、逃げる時に見たそんな一瞬のことを覚えている勇人に驚かされたわけだが。それは亜美とミリーも同様でお互いに顔を見合わせた。そんな三人の戸惑いをよそに勇人は話を続ける。


「数に加えて武装も向こうが上となるとまず初手が肝心だと思う。三人にこんなこと言うのは釈迦に説法だと思うけど、第一に潰すべきはそのマシンガンを持った二人だ。二人は無理でも一人確実に無力化する必要がある。奇襲による集中攻撃、からの戦力分断。それが最善の策だと思う。連中が戻って来る途中に一か所ひらけた場所があるから、そこなら木が邪魔にならずに確実に一人は仕留められると思うんだけど、どうだろう?」

「………………」


 淀みなくスラスラと戦術について語る勇人に三人は言葉を失ったかのようにただただ唖然としていた。が、やがて亜美がパンと手を打ち鳴らすと、


「アゼィーム! 勇人、完璧だ! その策で行こう」


 思わずアラビア語で賛辞を述べ、感嘆の声を上げた。その言葉でミリーとニコールもハッとなり我に返った。


「え、ええ、そうね。私もそれが最善の策だと思うわ」

「……ムカつくけど、異論なしよ。てかアンタ本当に素人なの?」

「別に大したことは言ってないよ。三人なら当然実行してたと思うし。ただ少しでも不安の芽は摘んでおきたくて確認したかったんだ」

「いや、さっきまで私たちは冷静ではなかった。危うく感情に任せて無策で飛び込むところだった。勇人の言葉で私たちは冷静になれたんだ。感謝する」

「そうか。それならよかった。じゃあ早速、仕掛けるポイントまで行こう。連中が戻ってくる前に」

「…………」


 そう言って勇人が歩き出そうとしたその時、三人は無言でお互いの顔を見合わせて頷くと、勇人の前に並び、そして同時に腹部目掛けてボディブローを放った。


「ゴバァ!」


 腹部に三人の拳が食い込み、それと同時に勇人は苦痛で顔を歪ませ、悲鳴とも嗚咽とも形容しがたい声を上げて、地面に膝を突いた。


「ゴホッ……ケホッ……な、なんで殴るんだよ!」


 勇人が腹を押さえて咳き込みながら見上げると、三人は憂いとも微笑みともつかない表情を浮かべていた。


「スマン勇人、ここから先は戦場になる。だから連れていけない」

「ゴメンなさいね。だってほら、危ないから」

「足手まといがいると私たちまで危険な目にあうってことよ」

「……なんだよ、それ……くっ……」


 勇人は腹部の痛みで涙目になりながら、納得がいかない様子で三人を睨み付けた。


「それでは行こう」


 亜美が踵を返すと、ミリーとニコールもそれに続いた。


「おい、ちょ……ちょっと待て……痛ててッ!」


 勇人が追いかけようとするが、腹に力が入らず立ち上がれないようだ。すると亜美が振り返り、


「……大丈夫だ、必ず戻る。だから勇人はそこで大人しくしていろ」


 そしてまた勇人に背を向けて歩き出した。


「まあ、あんな連中。私が本気を出すまでもないわ」


 ミリーが振り返って言う。


「私たちとしてはもうこれ以上勇人君を巻き込みたくないのよ」


 ニコールが振り返って言った。そして三人はその場を後にした。


「痛ってえぇ……」


 勇人は腹を押さえながら後ろに倒れ、青々と茂った木の葉の隙間から見える晴天を見つめながら言った。

 拳銃を持った時の亜美の顔は軍人になっていた。ミリーとニコールも同様だった。それを見た瞬間、勇人は亜美達がどこか遠い存在のように感じたのだ。まるで死地に向かうような。勇人は正直怖いと思った。この三人を失いたくない。そう思うとどうすれば生存率が上がるのか、様々な策が脳内から湧き上がってきて、それを言わずにはいられなかった。


「頼む……死なないでくれ……」


 勇人は呟きながら、腹部をさすった。そこはまだじんじんと熱を帯びて痛みが引く気配はない。よくボクサーがボディブローを受けて立ち上がれないなんてシーンを目にするが、腹部へのダメージは膝にくるため実際に立つことができなくなるのだと勇人は身をもって知った。理不尽にも放たれた拳ではあったが、三人の想いのこもったものだと思うとなぜだか嬉しさの方が勝った。

 ヴゥゥゥゥゥッ、ヴゥゥゥゥゥッ――。

 突然、勇人のズボンのポケットが震えだした。携帯電話のバイブが鳴っていた。

 勇人が携帯電話を取り出して通話ボタンを押した。


『勇人君、ハロハロ~』


 間延びした暢気な声が勇人の耳に飛び込んできた。


「紗雪か? どうしたんだ?」


 電話の相手は紗雪だった。


『どうした……って、勇人君が私を呼んだんでしょう?』

「ああ……そういえばそうだった」


 勇人は梶に紗雪を呼んでくるよう頼んでいたことをすっかり忘れていた。


『なんか、嬉しそうだねぇ。勇人君』


 紗雪に指摘されて勇人は自然と自分の顔がニヤけていることに気付いた。それが声にも出ていて紗雪に伝わったようだ。


「そうだな、メチャメチャ厳しい人たちが不意に見せた優しさのせいだったりする」

『はぁ? なにそれ?』

「いや、なんでもない。ところで梶から事情は聞いたか?」

『えっ、うん、なんか亜美ちゃんが大変なことになってるみたいなことは聞いたよ』


 状況とは裏腹に危機感のない言い方だった。


「ちなみに今はさらにヤバイことになってる。それで頼みがあるんだが――」


 勇人は紗雪がもしもの時の保険になるかもしれないと思った。

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