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栄倉亜美のジャムらない話  作者: 明良 啓介
第四章 エネミー・オブ・ライン
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男はソレを我慢できない

 一方その頃――。

 ガジェット達は足並みを揃えて大木に隠れた迷彩服姿の人影に近付いていた。

 ガジェットが目線を送ると、フランが拳銃を構えて一人だけ先行する。残りの兵士達も同じく銃を構えた。フランが大木へとにじり寄り、素早く回り込んで人影に拳銃を向けた。


「………………」


 フランが首を振って無言で拳銃を下ろすと、ガジェットも大木に駆け寄った。人影の正体は丸太に迷彩服がかけられているものだった。


『子供騙しですね』


 フランが面白くもなさそうに言った。ガジェットは顎に手を当てて何やら考え込んでいる。



「あ、あれ誰が仕掛けたんですか?」


 ガジェット達の様子を遠くの斜面の上から見ていたカノンが小声で言った。カノンは頭から茶色の毛布をかぶってエアガンのスコープを覗いていた。茶色の毛布は落ち葉で覆われていて周囲と同化している。カノンは耳にイヤホンマイクを付けていて、そのコードは上着のポケットの携帯電話へと繋がっていた。


『いいアイディアだろ。俺がその場で思いついて仕掛けたんだ』


 電話越しに田沼の脂ぎった声がカノンの耳に聞こえてきた。カノンはイヤホンのせいで、田沼に耳元で囁かれているような感覚に陥り顔をしかめた。


「か、勝手にやったんですか?」


『足止めにはなっただろ』


 悪気も無く自信満々に言い放つ田沼。


「一応なってはいますが……あっ」


 スコープを覗き込んでいたカノンが声を上げた。



『最初から我々と戦う気はなかったのか……?』


 ガジェットが顎から手を離して言った。兵士達がざわめいた。


『どういうことですか?』


 フランが相も変わらず無表情で尋ねる。


『フランの言った通り、これは子供騙しということだ』


 ガジェットが言ってから、地面に目を向ける。地面には足跡が残っていた。それを辿るようにガジェットは視線を動かしていく。


『初めから軍の人間は捕らえた二人と栄倉亜美だけで、残りのメンツは罠の周囲の足跡も隠さんような素人共ということだ』


 ガジェットが周囲を威圧するように見回した。


「遊びは終わりだ! これ以上邪魔するようなら、容赦無く撃つ!」


 そう叫んだガジェットは腰から拳銃を抜いて、当たりをつけた四方向に発砲した。


『お前達、戻るぞ。おそらく奴らの狙いは捕らえた二人の救出だ』


 ガジェットが拳銃のシリンダーから薬莢を取り出し、弾丸を装填する。兵士達が顔を見合わせてハッとなった。



 カノンは再び小屋の方へ後退していくガジェット達を怯えた表情で見つめていた。カノンの前にあった斜面には弾丸によって開けられた穴があり、そこから煙が出ていた。

 同様にそれぞれ隠れていた部員達の遮蔽物にもガジェットの放った銃弾によって弾痕がつけられていた。

 弾痕がつけられた大木の後ろで、へたり込んでいた半田が携帯電話を取り出した。遠くの大木の方を見ると、田沼が肩を震わせてうずくまっていた。


「どうやらここまでのようだね。後は上本君達に任せよう」


 半田が額に汗を浮かべながらそう呟いて携帯電話を操作した。



 勇人が携帯電話のディスプレイを見て、目を見開いた。ガジェット達が引き返したことを報せるメールだった。


「亜美、連中が戻ってくる。早く逃げよう……って何してんだ?」


 勇人達はモフセンを小屋に残して、ガジェット達がキャンプを張っていた場所で鞄を見つけ、ミリーとニコールの拳銃を取り返していたところだった。

 勇人が見ると、亜美は鞄の中から拳銃を取り出していた。鞄にはガジェット達の予備の拳銃が数丁残っていたのだ。


「攻勢に打って出る」


 亜美が慣れた手付きで拳銃に弾倉を装填した。


「何言ってんだよ! 狙われてるのは亜美なんだぞ。連中が離れている今なら逃げられるんだ!」


 勇人が亜美の隣に近付いて説得しようとする。


「大丈夫、私達も協力するわ」


 ニコールが自分の拳銃を足のホルスターに入れてズボンの裾を下ろした。


「二人とも怪我してるじゃないか」


 勇人が沈痛な面持ちでミリーとニコールを交互に見る。


「ナメんじゃないわよっ。こんなの怪我の内に入んないわ!」


 ミリーがナイフを腰の鞘に入れて息巻いた。


「無茶だ。相手は五人もいるんだぞ」


 反対する勇人の前で着々と出撃の準備が進んでいた。亜美が拳銃をホルスターに入れて口を開いた。


「勇人。ここで逃げても、いずれ連中は居場所を突き止めて追ってくるぞ。だったら兵力が一人減っている今の内に決着をつけるべきだ」


 亜美が諭すように勇人の目を見つめた。その真っ直ぐな瞳に勇人は思わずたじろいだ。すでに亜美は戦う決意を固めているようだ。


「私達だってそのために来たのだから」


 ニコールがそう言って、予備の拳銃のスライドを引いた。ニコールの目が一瞬、獲物を狙うような鋭いものとなった。


「んっ……?」


 そこで勇人は疑問に思った。


「そもそも二人は連中をどうやって捕らえるつもりだったんですか?」


 相手は合計六人だ。二人で捕らえるとなると数が合わない。

 勇人の疑問にミリーが呆れたように口を開いた。


「そんなの隠れ家を突き止めて、連中が別行動をとったところを狙ってガジェットだけを捕まえれば、後は折鶴式よ」

「なんだよ、折鶴式って……芋づる式だろ」


 今度は勇人が逆に呆れた顔をした。とはいえ、一応の合点はいった。街中ならそれは可能かもしれない。勇人の見立てでも、ガジェットは意外と単独行動をとっていたように見えた。捕まった時に二人きりになったのもそうだが、追手が来た時もガジェットはいなかった。一人小屋で待機していた。

 勇人は知らないが、実際にガジェットは華十組の事務所に行く時は単独で行動していた。ミリーとニコールが暴力団関係者などを見張っていれば、接触の機会は生まれていたのだ。そういった情報を掴む前に、向こうに発見されてしまったためそれは実現しなかったが、二人だけでも十分に捕らえられる可能性はあった。


「――と、とにかくこんな状況になったんだから、やるしかないのよ!」


 ミリーが言い間違いの恥ずかしさを誤魔化すようにまくし立てた。

 もう、こうなってしまっては止められないのだ。武力で決着をつけるしかない。勇人の思惑とは正反対に物事が進んでいく。


「本気でやり合うつもりなのか……」


 三者三様に気合十分で武装した姿に勇人は言い知れぬ不安を感じていた。


「勇人、これを持っていろ」


 亜美がズボンの後ろから拳銃を抜いて勇人に渡そうとする。


「――いやいや、こんなの使えないって!」


 勇人が慌てたようにそれを拒むが、


「もしもの時のためだ」


 亜美は勇人の手を掴み、無理やり拳銃を握らせた。勇人は仕方が無く拳銃を持ったが、


「重っ!」


 想像以上の重さに腰が引けてしまう。


「それではダメだ。しっかりと握るんだ」


 亜美が言いながら勇人の手に自分の手を添えて隣に立った。


「右手でグリップを握り、その下に左手を添えて安定させるんだ」


 突然、亜美の体が密着して勇人の心臓が跳ね上がる。


「お、おう……」

「上部のスライドを引いて一発目を装填する」

「一発目……」


 全く聞いてなかった。勇人は亜美のたっぷりと実の詰まった胸が当たる右半身に全神経を持っていかれていた。しかも、ほのかに漂う亜美の汗の香りが勇人の鼻腔をくすぐり、思わずクラッとしてしまいそうだった。

(なんでこんないい匂いがするんだ……くっ、こんな時に……っ!)

 勇人が欲望と葛藤している間にも亜美の説明は続く。


「指は常にトリガーの外にかけておけ。それで撃つ時はまず安全装置を解除して――目標に構えて……って勇人、聞いているのか?」


 勇人が目を閉じて何やら念仏のような言葉を唱えている様子に気付いて、亜美が怪訝な表情をする。


「鎮まれ鎮まれ……えっ、あ、ああ聞いてるよ」


 勇人が我に返ったように頷いて、構えた拳銃に意識を向けた。


「それから脇をしっかりと締めて銃を固定し、トリガーを引く。すると弾が飛び出し、反動でスライドが動いて勝手に次弾が装填される。後はその繰り返しだ」

「なるほど……大体わかった」

「そうか。よかった」


 亜美が満足そうな顔で離れると勇人は気持ちを落ち着かせるように息を吐いた。


「そんな素人に教えてもムダなのに」


 ミリーが呆れたような顔で勇人を見た。


「いや、なかなか筋が良かったぞ」


 亜美が感心したように言うが、勇人は複雑な顔をした。拳銃を扱う才能があると言われたところで嬉しくないようだ。


「どうだか」


 ミリーが口を尖らせて言った。


「さて、そろそろ行きましょうか」


 ニコールがタイミングを見計らっていたかのように言うと、瞬時に亜美とミリーの顔が引き締まった。そして、ニコールの隣に移動した。

 勇人はその光景をどこか現実味の無い映画のワンシーンのように感じていた。

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