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栄倉亜美のジャムらない話  作者: 明良 啓介
第四章 エネミー・オブ・ライン
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作戦開始

 電話を切られた勇人と亜美は、士気の高まるガジェット達の様子を遠くから眺めていた。


「良くも悪くも軍人で助かったよ」


 双眼鏡を覗きながら勇人が喋る。小屋の横でガジェット達は装備を整えている。それを勇人は小屋から離れた山の斜面に身を隠しながら見ていた。


「ああ、なんだか卑怯な気もするが……」


 うつ伏せになって勇人と並んでいた亜美が複雑な表情をする。


「二人を救うためだ。亜美だって納得しただろ」

「……まあ、そうだが」


 勇人が双眼鏡から目を離して、歯切れの悪い亜美の方に視線を向けた。


「これからやることだって――本当なら亜美にさせたくないんだ」

「私は別に構わん。近接戦闘には慣れている」


 近接戦闘は慣れるものなのか、と勇人は苦笑を漏らしたが実際そうなのだろう。亜美の目はしっかりと連中の方に向き、さながら獲物を狙う目になっていた。どうやら亜美の中で戦闘のスイッチが入ったようだ。


「勇人、連中が動いたぞ」


 亜美が小屋の方を見つめて言った。勇人はすかさず双眼鏡を覗き込んだ。

 ガジェット達は小屋の前にモフセンを残して、大学の方角へと走り出した。人質のミリーとニコールを残して、全員がその場を去るということはなかった。


「やっぱり一人残したか……」


 勇人の口振りからして、ある程度は予想していたことが窺える。亜美が隣で上体を起こしたのを勇人が心配そうな顔で見上げた。


「亜美、いけそうか?」

「問題ない。一人なら、なんとかなる」


 亜美が中腰の体勢になり小屋の方を見つめた。


「わかった。じゃあ一つだけ命令させてくれ」


 勇人が真剣な顔で亜美を見つめる。


「な、なんだ?」


 亜美が勇人と目を合わせるが、そのあまりにもまっすぐな瞳に少し照れたように顔を背けた。


「絶対に死ぬな。危険だと思ったら逃げろ」

「……無論だ」

「あと……」

「一つではなかったのか?」


 亜美の問いに勇人は思い悩むように眉を潜めたが、やがて躊躇いがちに口を開いた。


「……なるべく殺さないように頼む」


 それは命令というにはあまりには弱々しく懇願するような声だった。

(俺はなんてバカなんだ……自分のエゴで亜美を殺す気か……っ)

 勇人はこの期に及んでそんなことを言う自分に嫌気がさした。覚悟したはずなのに。やはり亜美に人を殺めてほしくないというのが正直な気持ちだ。これ以上亜美に十字架という重荷を背負わせたくない。

 しかし、そんな勇人の意志が伝わったのか亜美は真剣な表情で頷くと、


「わかった。だが、相手が反撃してきた場合は手加減は出来ない」


 と短く答え、小屋の方に回り込むように歩き出した。

 勇人はその後ろ姿を頼もしく感じるとともに、亜美を再び死地へ向かわせることに複雑な表情を浮かべ、その姿を見送った。



 そこからしばらく時は遡り――サバゲー部の部室では作戦会議が行われていた。


「――その間に俺と亜美は二人が捕らえられていると思われる小屋の方へ先回りして、そこで連中と電話で交渉をします」


 ホワイトボードの前に立つ勇人が部室内の全員に向かって説明していた。ホワイトボードには裏山の地図が描かれていた。地図といっても子供の落書きにしか見えないようなクオリティだが。そしてなぜか地図の各所には赤マジックで『只』と書かれていた。


「向こうは、俺達が正面から来ると思って小屋から離れるはずです。その隙に俺と亜美が二人を助け出します」

「見張りが残っていたらどうするんだ?」


 勇人の前に座る唐草が口を挟んだ。机を囲んで座っているサバゲー部一同が唐草の言葉に頷いた。勇人は聞かれることを予想していたかのように口を開いた。


「だから亜美を連れて行くんです。俺ではプロの軍人に勝てませんから」


 勇人は入り口側に座る亜美の顔を見て言った。一同が亜美の方に振り返る。亜美が面食らったような顔をしたが、


「連中は勝負を受けた以上、部隊で行動するはずだ。残しても一人か二人だろう。それなら私一人でもなんとかなる」


 と自信満々に言い放った。亜美の頼もしい言葉に一同が「おおっ」と感嘆の息を漏らした。


「わかった。では俺達は勇人君が言った通りに行動を開始するよ」


 唐草が勇人に向き直って言った。そして感嘆の表情を浮かべると、


「それにしても驚いたよ。てっきり勇人君はミリタリーに興味はないと思っていたんだが。すっかり騙された」


 と勇人に対する忌憚のない賛辞を述べた。


「いえ、銃器や兵器には本当に詳しくないんですよ」


 勇人の言っていることは事実だったが、一つだけ全員に隠していたことがある。それは戦術や戦略には詳しいということである。

 九年前――亜美が紛争に巻き込まれたことを知った勇人はまずタチノアの情勢や紛争の起きている国へ入国する方法を調べた。さらに図書館や書店で世界各国で起きた紛争や大使館立てこもり事件でSASが行った作戦に関する書物なども読み漁った。当時の勇人が必要としていたのは銃器や兵器の知識などではなく、実際に亜美を救出するための戦術や作戦についてであった。その中にはベトナム戦争で使用されたゲリラ戦法や第二次世界大戦での地形を生かした戦術などもあった。勇人はありとあらゆるケースを想定し、より実践的な方法を事細かにノートに書き写し、何度も脳内でシミュレーションを行った。そんな時を経て中学生になった勇人だったが、所詮できることには限りがあり、現実を知り諦めることとなった。

 自身の中でこの時のことは黒歴史として封印された過去であり、あまり思い出したくないことでもあった。

 だが今、その知識が役に立とうとしている。亜美のために覚えた知識が、回りまわって役目を果たす時が訪れようとしている。あの頃、必死で覚えた知識は無駄ではなかった。


「ただの木の棒だって持つ者が違えば武器となる」


 唐草はそう言うと、立ち上がり部員たちの顔を見回した。部員たちの顔つきはやる気に満ち溢れていた。

 先ほど勇人はサバゲー部員たちに歴戦の兵士たちと戦う術を授けたのだ。

 早速一同が行動を開始しようとしたその時、


「お、おい。俺だけ携帯貸したっきり、何も言われてねえぞ」


 梶が大きな声を出して慌てて主張した。勇人が「あっ」と思い出したように声を上げて、気まずそうな顔をする。


「えーと……そういえば紗雪って今どうしてる?」


 急に話題を変えられた梶が顔をしかめる。


「いきなりなんだよ? そりゃあ……紗雪はサークルに行ってんじゃねえの?」

「じゃあ、梶は紗雪を呼んできてくれ。できればサークルの装備一式揃えた状態で」


 勇人の言葉に周囲がなんの話かわからないような顔をする中、梶だけが納得したように顔を綻ばせた。


「ああっ、そういうことか! でも危ねえなそれ。わかった、呼んでくる」


 そう言って梶は部室を軽快に飛び出した。

 勇人がホワイトボードを脇に片付けて、全員の正面に立った。


「皆さん、絶対に危険だけは犯さないでください。危なくなったらすぐに逃げてください。それでは作戦を開始します」


 勇人の言葉に全員が「おおっ!」と叫んだ。

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