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栄倉亜美のジャムらない話  作者: 明良 啓介
第四章 エネミー・オブ・ライン
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勇人の戦い

 ――その刹那、バタンッと小屋の扉が開いた。


「特務曹長、お電話です」


 そう言いながら入ってきたのはガジェットに勇人の携帯電話を渡されていた、スキンヘッドの男――ジャバード一等兵だった。ジャバードの手には携帯電話が握られていた。途端にガジェットの指にかかっていた力が抜けた。


「電話……上本武徳か?」


 ガジェットが拳銃をミリーに向けたままジャバードに尋ねた。


「あっ……いえ、それがどうやら息子の方みたいで」


 ジャバードが小屋の中の現状に気付いて、躊躇いがちに答えた。


「上本勇人か」


 ガジェットが眉をひそめた。ミリーとニコールが勇人の名前に反応して、お互いに顔を見合わせた。


「代われ」


 ガジェットは撃鉄に親指をかけながら引き鉄を引いて、ゆっくりと撃鉄の位置を元に戻した。

 瞬間、顔からブワッと一気に汗が噴き出したニコールが、首を傾けながら長いため息を吐いた。ミリーは緊張で張り詰めていた糸が切れ、脱力して床に倒れこんだ。

 ガジェットは拳銃をホルスターに戻して、ジャバードから携帯電話を受け取った。用が済んだジャバードは足早に出て行った。


「てめえ、やっぱり知ってやがったな!」


 電話に出るなり、ガジェットは喧嘩腰になった。とはいえ、言葉遣いの悪い日本語しか知らないので自然とそうなってしまうのだが。


『二人は無事なのか?』


 勇人の口調は強気な態度に出た時と同じく変わらない。ガジェットはそのことが少し引っかかったが、やがて意地の悪い笑みを浮かべて口を開いた。


「殺した――と言ったら?」


 ガジェットが床に倒れているミリーに目を向ける。ミリーもニコールも電話の内容に耳を傾けていた。電話口の向こうで一瞬、勇人の息を呑む気配があった後、


『だったら話は終わりだ。今すぐ警察に通報して、あんたらの特徴を事細かに話す。そして亜美を遠くへ逃がし、あんたらは晴れて指名手配犯だ』


 まくし立てるように言った。


「吠えるな。まだ殺しちゃいねえ」


 ガジェットがさもつまらなそうに言って「てめえ次第だけどな」と付け加えた。


『それなら確認のために二人の声を聞かせてくれないか?』

「なんだ、てめえ。いっちょ前に交渉人気取りか?」


 ガジェットの口調が怒気を孕んだものとなる。軍人である自分が、ただの大学生に生意気な口を利かれていることに心底腹が立っているようだ。


『聞かせてくれないなら――』

「どうするって? 警察に通報したきゃしろよ。そうなったらこいつらを殺してオレたちは消える」

『嘘だな。電話を取った以上、気になっているんだろ? 亜美がどこにいるのか。交渉の余地はあると思うが』

「交渉? 笑わせるな。懇願してるのはてめえだろ。こっちは二人を殺して栄倉亜美を地の果てまで追いかけりゃ済むことだ」

『今となってはそれがどんなに難しいことかわかるだろ。このままだと復讐の機会を失うぞ。こっちは条件付きで亜美と会わせてもいいと言っているんだ』

「はっ、てめえの言葉を信じろと?」


 事実ガジェットは復讐の機会を逃していた。亜美に復讐するには気付かれる前に近づく必要があったからだ。初動でしくじれば、次からは相手に警戒されてしまい、場合によっては姿を隠されてしまう。現に今、ガジェットはしくじっている。勇人に己の存在がバレた以上、亜美にも伝わっているのは必然。ガジェット側にとって人質というカードを持つ今がまさに絶好の復讐の機会といえる。これを逃せばその機会は永遠に遠のく。勇人が言っているのは詰まるところそういうことだ。


「オレたちは栄倉亜美を殺すために来たんだ。それを知ってて会わせるだと? ふざけろ」

『だから条件付きでと言ってるんだ。話を聞く気がないならもう切るぞ』

「チッ…………ほら、上本勇人が声を聞かせろとよ」


 ガジェットが携帯電話をニコールの耳に押し当てる。ニコールは緊張した面持ちで耳を済ませる。


『無事ですか?』

「ええ、私もミリーも無事よ。だから――」


 ニコールが話している途中だったが、ガジェットは携帯電話を自分の耳元に戻した。


「ほら、これでいいだろ」


 ガジェットが苛立ちと共に言った。


『悪い、早すぎて本人かどうかわからなかった。もう一度代わってくれ』

「てめえ、本気で殺すぞ?」

『脅しても無駄だ。あんたと対面したときは正直怖かったけど、不思議と今はそこまで恐怖を感じない』

「ああ、そうかい。じゃあこいつらを殺して、てめえを殺しに行ってやるよ。その時に今みたいな口が叩けるかどうか試してやる」


 ガジェットが殺意を込めて言った。見上げるニコールも勇人がどういうつもりで電話をかけてきたのか理解が及ばず困惑するばかりだ。果たして勇人はこちらの状況が分かっているのか。まるでガジェットを無駄に刺激しているように思える。しかし、勇人はそこで意外なことを口走った。


『おい、聞こえたか亜美? 二人を殺すって。やっぱり逃げる準備した方がよさそうだな』

「なっ! まさか……そこにいるのか?」


 勇人の言葉にガジェットが食いつく。そして入口のフランに目を向けた。フランはその視線の意図を汲み取り、扉を開けて出ていこうとしたがガジェットはすぐにそれを手で制した。


『もう一度、ニコールさんに代わってくれ』


 ガジェットは一瞬歯噛みするように口元を歪めたが、携帯電話を再びニコールの耳に押し当てた。


『ニコールさん、時間がないのでよく聞いて下さい。もしかして連中はサバゲー部の人達を軍の人間か何かと勘違いしてるんじゃありませんか? もしそうだったら何カップか教えて下さい――痛っ!』


 勇人が小声で早口で言って、最後に殴られたような声を上げた。ニコールは困ったような顔になったが、勇人に何か考えがあるのだと思い答えることにした。


「い、Eカップよ」


 ニコールは少し照れたように言ってから、ガジェットに悟られぬためのカモフラージュにしても、他に問いようがなかったのかと勇人に対して少し呆れた。ガジェットはニコールの謎の発言に口をポカンとさせていたが、慌てて携帯電話を自分の耳に当てた。勇人の「Eか……」という呟きが電話口から漏れていた。


「おいっ! てめえ、今のはなんだ?」


 ガジェットが一喝して聞くと、


『何って……胸のサイズを聞いただけだ』

「てめえやっぱり変態じゃねえか!」


 恥ずかしげもなく言いのけた勇人にガジェットが罵声を浴びせる。


『次だ。ミリーの声も聞かせてくれ』

「なんだと………………チッ……クソが……っ!」


 ガジェットは顔を歪めたが、文句を言ったところでニコールの時と同じ結果になると思い、床に寝そべるミリーの耳に携帯電話を当てた。ミリーは今までのやり取りを見て通話相手が勇人であることを理解していたので、大人しく第一声を待った。


『ミリー………………お前のはいいや』

「なんかわかんないけど、すっごいムカつくんだけど!」


 ミリーが言いようのない怒りを覚えて目を吊り上げた。


『それだけ元気な声が聞ければ安心だ』

「な、何よそれ……あっ」


 ミリーが不意を突かれたように戸惑っていると、ガジェットが不機嫌な様子で携帯電話を耳から離した。ガジェットが忌々しげに携帯電話を睨んで自分の耳に当てた。


「これで二人が無事なのはわかったろ! もう次はねえぞ!」

『そんなに怒るなよ』


 勇人が恋人の怒りを静めるかのような声のトーンで言った。


「てめえに緊張感がねえから怒ってんだよ! こいつらの命はオレが握ってんだ。栄倉亜美はそこにいるのか! どうなんだ!?」


 ガジェットが声を荒げた後、脳に酸素が不足してきたのか手で頭を押さえた。なかなか進まない勇人とのやり取りに、色んな意味で頭痛がしてきた。


『亜美なら今俺の隣にいるよ』


 ガジェットが目の色を変えた。


「どこにいる? そいつを渡せ!」

『なあ、あんた。二人の命を保障することを条件に勝負をしないか?』


 勇人はガジェットの言葉には答えず、一つの提案を出した。ガジェットが目を丸くして、眉をしかめた。


「ハァ? 勝負? 何言ってんだ、てめえ」

『こっちは五人いる。亜美を入れたらそっちの数と同じになるだろ。だから、六対六で戦って決着をつけないか?』

「……オレたちと戦争しようってのか?」

『そうだ。そもそも戦争がこの状況を生んだんだ。だったら闇討ちなんかせずに戦争でケリをつけるべきだ』

「はっ、そんなもん受けるわけねえだろ。そっちの数がこっちと同じだっていう保証はどこにもねえし、罠だって可能性もある。そもそもオレたちが交戦している間に栄倉亜美を逃がすつもりかもしれねえ」


 ガジェットが疑ってかかる。当然だ。ガジェットのターゲットはあくまで亜美ただ一人。部下が数を確認したとはいえ、勝負の時には相手は増援を呼んでいるかもしれない。そんな状況でのこのこ顔を出すわけがない。そもそも亜美が危険を冒してまで来るという保証はどこにもないのだ。


『そんなことはしない。このままだとお互いに立場を危うくするだけだろ。俺としても巻き込まれるのはもうゴメンだ。あんただって今亜美を逃がしたら、これからどんどんミリーやニコールようなタチノアの人間がお前を捕らえにくるかもしれない。そうなったらもう復讐どころじゃなくなる。そうだろ?』


 勇人の言葉を聞いて、ガジェットは考えながらミリーとニコールに視線を向けた。


「……本当に栄倉亜美が来るんだろうな?」

『俺にとっては亜美の命が一番大事だけど、亜美にとってはそれと同じくらい二人の命が大事なんだ。だから俺は亜美の意志を尊重しようと思う』

「…………」


 ガジェットが思案しながら頭をかきじゃくった。提案された勝負。栄倉亜美を殺す千載一遇のチャンス。逃す手はない。だが、何か引っかかる。


『信用できないなら、亜美本人と代わる』


 悩むガジェットに対して最後の一押しとばかりに勇人がそう告げる。その言葉に思わずガジェットは息を呑んだ。


「………………」

『……いいか亜美、オーバーは付けなくていいからな。……わ、わかっている……そのことを蒸し返すな――』


 電話口からなにやらヒソヒソ声が聞こえてきたが気にせずガジェットはじっと待った。少しの間があって亜美が電話口に出た。


『栄倉亜美だ。あなたとは戦場で何度か顔を合わせたことがあったな』

「……栄倉亜美っ」


 亜美の凛々しい声が聞こえた途端、ガジェットの体が興奮で震えだした。武者震いだった。電話越しとはいえ、ついに憎むべき相手の肉声を聞いたことでガジェットの軍人としての血が騒いだ。ガジェットの携帯電話を握る手に力が入り、ミシミシと音を立てる。


「ああ、その度にお互い多くの部下を失ったな」


 ガジェットが落ち着かない様子で小屋の中を歩き回る。


『そうだ。だから、これで最後にしたい』


 ガジェットが小屋の中のミリー、ニコール、アクバル、フランの順に視線を向けると、一様に緊張した面持ちで、ガジェットの言動に注目していた。

 ガジェットは一度目を瞑り、そして口を開いた。


「いいだろう。その勝負、受けて立とう。てめえを故郷の土に埋めてやる」

『わかった。勝負が終わるまで二人の命は保証しろ』

「ああ、てめえがちゃんと姿を現すならな」

『無論だ。戦いの場所は大学の裏山。それでは今から開戦だ』


 亜美が言い終えた瞬間、ガジェットは携帯電話を両手でへし折った。ミリーとニコールが体を強張らせる。ガジェットがその二人に目を落として不敵に笑ってから、小屋を出て行こうと扉に近付いた。


「どうするつもりなの?」


 ニコールが呟いた。ガジェットがその声に反応して振り返る。


「今からオレの部隊と栄倉亜美の部隊でやり合おうって話になった。だから貴様らにもう価値はない」


 ガジェットが銃口をニコールへと向けた。ニコールの額に汗が浮かぶ。


「とはいえ、本当に栄倉亜美が現れるか信用できねえ。それまでの保険として貴様らは生かしておく。ただし、次にこの扉が開いた時、オレが立っていたら命は無いものと思え」


 ガジェットはそう言い残し、フランと共に小屋を後にした。それをミリーとニコールは不安げな表情で眺めていた。

 そして小屋の外から、


「戦争を始めるぞ!」


 というガジェットの叫び声と兵士達の歓声が二人の耳に届いた。

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