ニコールクイズ
あくる日の夜。亜美の部屋から言い争う声が響いていた。
「私も戦うと言っているだろう!」
「ダメよ! アイツらは亜美軍曹を狙ってんだから!」
亜美がミリーの腕の関節をキメ、床に押し付けている。旧知の仲とはいえ互いに譲らない。勇人はナイフの刺さったドアにもたれ掛かりながら、それをボンヤリと眺めていた。こんな不毛な争いが連日続いている。さすがに慣れてきたが、毎晩睡眠を阻害されていては我慢の限界だった。だが、二人に間に割って入ろうとした矢先、ミリーからナイフが飛んできたのでしばらく静観することにした。
「私に大人しく隠れてろと言うのか!」
「連中の出方がわかるまで身を潜め――ッ」
「断る!」
「いぎぃぃぃぃぃ!」
亜美が本気でやってるからか、はたまた怒りで手加減が出来ないせいなのか、あまりの腕の激痛にミリーの眼球は上を向いてしまっている。
(頼む相手を間違ったかもしれないな……)
「何を考えてるのかな?」
勇人が声をかけてきたニコールを見ると、お風呂上がりだったが下にはちゃんと迷彩のズボンを履いていた。勇人は少し残念に思ったが、おそらくいつでも動けるようにと備えてのことだろう。
「ニコールさん、この前の泥棒の件は偶然ですよね」
勇人が希望的観測を口にした。偶然である可能性は捨てきれない、と。
「軍人は常に最悪の状況を考えて行動しなければならない――私達はそう教えられてきたわ」
ニコールが諭すように勇人に微笑んだ。すなわち答えはイエスでもノーでもない。むしろこのタイミングで昔亜美の住んでいた家に何者かが侵入し、結局何も盗らずに帰った事実を亜美とは無関係と捉える方が不自然だ。
「だとしても、どうやって奴らは亜美の住んでいた場所を調べたですかね?」
勇人の言葉に亜美とミリーは言い争いを止めて、勇人に注目した。
「連中に土地勘なんてないはずなのに」
「私も色々と調べてみてわかったんだけど、ガジェットは日本の暴力団と繋がりがあるみたいなの。不動産関連の情報を調べるのは造作も無いことだわ」
「暴力団……っ!」
勇人が思わず声を上げる。暴力団――すなわち頭に『ヤ』のつく方々のことだ。そんな連中と亜美を狙っている奴らが組んでいる。
「最悪の組み合わせだ……」
「アンタ何をそんなにびびってんのよ」
勇人の腰が引けた様子に呆れた顔をするミリー。暴力団という言葉の響きを聞いてもあまりピンと来ていない様子だ。消防団とかと思っているような反応だ。
「そりゃ、びびるだろ。なんとか組とかVシネとか見たこと無いのかよ」
いたって平凡な大学生の勇人にとっては、関わりたくない世界の住人だ。組分けされるのは高校生まででいい。
「Vシネ? 何それ?」
「その筋の方々のイメージビデオだよ」
勇人は首を傾げるミリーに対して至極簡単に説明した。間違いではない。
「ねえ、勇人君。反乱軍の資金源ってなんだと思う?」
ニコールが意味ありげな表情で勇人に尋ねた。その目が怪しく光ったので勇人は背筋をぞくりとさせた。
「わ、わかりませんよ、そんなの」
資金源――すなわち武器を購入したり、兵士の衣食住を確保する金をどうやって得ているかということだ。そんなキナ臭い話を勇人が知っているわけがない。
「じゃあ、ヒント。キッチンにあってトイレにない。カラーにあってモノクロにない。さてなんでしょう?」
突然ニコールからクイズが出題された。亜美とミリーが腕を組んで唸りながら本気で考えている。勇人はすぐに答えが分かったがあえて黙っていた。
「うむ……なんだろう? 桶とかか? カラーオケみたいな」
「亜美軍曹、それだとキッチンにもないからタオルとかじゃない?」
「むっ、それはトイレにもあるぞ」
頭を捻るが亜美とミリーはわからない様子だ。ニコールはしばらくそのやり取りを楽しそうに眺めていたが、やがて「ブブー」と時間切れを宣告し回答を発表した。
「答えは大麻でしたっ」
「ポップに言っても駄目ですよ、それ!」
ニコールが首を傾けてウインクしたが、内容の邪悪さは全く中和できていなかった。法に触れる植物で、『ヤ』の付くお方が絡んでいるとなると、それがどういう目的で取引されているかは想像がつく。
「なんだマリファナか」
「ああ、チョコね」
亜美とミリーが思い思いの呼称で呼ぶ。
「とにかく、反乱軍の取引相手は日本にもいたってことなのよねえ」
ニコールが横道に逸れた話を元に戻した。
「そういうことだから、今後の行動には気を付けて欲しいのよ、亜美。暴力団にも出てこられたら色んな人を巻き込んじゃうから」
「うっ……わかった」
亜美がシュンとしたように頭を垂れて頷いた。とにかくこれで亜美が暴走する心配はなくなった。あとはミリーとニコールに任せて、勇人と亜美は安全かつ慎重に行動していればいい。とはいえ、ミリーとニコール二人で多勢を相手にどう戦うつもりなのかは甚だ疑問ではあるが。
「……あっ」
と、そこで勇人が声を漏らした。明日は土曜日だということを思い出したのだ。サバゲー部の活動に亜美が参加する日だ。ガジェットが迫ってきているこの状況で言っていいものかと勇人は思案した。
「勇人、どうした?」
勇人の表情の変化にいち早く気付いて亜美が尋ねた。そんな亜美を見てニコールが「ふーん」と目を細める。亜美に尋ねられた勇人は、ややためらいがちに口を開いた。
「いや……明日はサバゲー部の活動があるだろ……だから、どうしようかと思って」
「もちろん、それは行くぞ」
亜美は即答した。まるで気持ちが前に出たような反応の早さだった。勇人は、そんなに楽しみだったのかと驚きながらも、
「いや、でも亜美を狙っている連中に見つかったらまずいだろ? 不用意な行動は……」
「むしろ、大学に行った方が見つかる心配はないと思うが」
「いや…………まあ、それもそうだな」
少し考えてから亜美の意見に同意した。確かにガジェット達が隣の家にまで来たとなると、家から離れた大学の方がより安全だとも思える。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。なんなのよ、その……サバゲー部っていうのは……?」
勇人の亜美の会話についていけないミリーが説明を求めた。ニコールも同じく頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。どうやら二人とも知らない様子だ。確かに本物の戦場に身を置いていた彼女達からすれば、サバイバルゲームなど知ることもなければ理解もできない趣味であろう。なにせ毎日がサバイバルだったのだから。
「サバゲー部っていうのはだな――」
勇人はミリーとニコールに自分の所属しているサークルについて簡潔に述べた。そして、亜美がサバゲー部に顔を出すことになった経緯も説明した。
「ふーん、模擬戦闘みたいなもんね」
ミリーは亜美がサバゲー部について聞いた時とまったく同じ感想を口にした。
「へえ~、面白そうね」
ニコールも興味を示したように顔を綻ばせた。
勇人はてっきり「くだらない」とか一蹴されると思ったが、意外と好意的な反応だったので、なんだか拍子抜けした。
「まあ、素人ごときが亜美軍曹に敵うわけないけどね」
ミリーが誇らしげにフフンと鼻を鳴らした。
「でも実際にやってみないと、わかんないかもしれないわよ」
ニコールがそう口にすると、
「わかるわよ」
ミリーは早々に否定したが、ニコールの含みのある表情を見て別の意図に気付いたようにハッとなった。
「――と思ったけど……でも、そうね……ニコールの言うことも一理あるわ。サバゲーがどんなものか、この目で見たわけじゃないし――」
ミリーが言いながら勇人の顔をチラッと見る。好奇心の塊のような目で。
(まさかこいつら……ついて来る気じゃないだろうな……)
勇人はミリーの物言いに嫌な予感がした。
そこからは雪崩式だった。
「どうせ亜美軍曹が行くんなら、私達も護衛としてついて行った方がいいんじゃない?」
「おい、ちょっと待て」
「そうね、それがいいわ」
「私は別に構わないぞ」
「お前ら、単純にサバゲー見たいだけだろ!」
というような会話の流れがあって、あっという間に勇人の嫌な予感は現実のものとなった。




