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栄倉亜美のジャムらない話  作者: 明良 啓介
第三章 ブラックホームタウン
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始まりの合図

 勇人が階段を降りると、玄関で一恵が警察官と話しているところだった。話が終わり、一恵が警察官を送り出し、ドアの鍵を閉めたのを見て、勇人が話しかける。


「何か、あったのか?」

「吉田さんの家に泥棒が入ったらしいのよ」


 一恵がスリッパに履き替えながら答える。勇人は嫌な予感がしつつも一恵に尋ねた。


「だ、大丈夫だったのか?」

「ちょうど家族で外食に出かけていたらしくて、その間に入られたみたいなんだけど……それが変なのよ」


 一恵が首を傾げながら言う。


「変って……?」


 勇人が恐る恐る問いかける。


「部屋は荒らされていたのに、何も盗られてなかったらしいのよ」


 その事実を聞いて、勇人に頭に不安が過ぎった。


「お袋! 誰も犯人を見てないのか!」


 いきなり勇人が声を荒げて、一恵が驚いたように体をビクッとさせた。


「わっ、びっくりした! もう急にどうしたのよ? 誰も見てないみたいだけど……お巡りさんが言うには、足跡が複数あったから泥棒は一人じゃないみたいよ」

「……そんな」


 勇人は血の気が引いたような顔になり、ふと後ろから視線を感じた。

 勇人が階段の方を振り返ると、亜美達は二階からトーテムポールのように顔を出していた。

 亜美の顔は息を呑むように真剣な表情になっていた。



 郊外に位置する、居酒屋チェーン店「楽大」のテーブル席にガジェットを含めた反乱軍の兵士六人が集まっていた。宵の口ということもあり、会社帰りのサラリーマンなどで店内はごった返していた。羽目を外した酔っ払い達が迷惑なほど騒いでいる。ガジェットらは黒のスーツに身を包んでいるが、堅気には見えない雰囲気があり、周囲とは明らかに一線を画していた。さらに外国人ということもあって、より一層浮いて見える。


『やはり、別の人間が住んでいたようだな』


 ガジェットが口に加えた爪楊枝を灰皿にプッと吐き出し、ジョッキ片手に呟いた。


『……高い買い物だったのに』


 ビールを飲み干し、ジョッキをダンッとテーブルに置いた。向かいに座るフランが口を開く。


『まだ情報はあります。旧栄倉家の隣の住人の上本武徳という男は、調べたところによると日本政府の関係者だそうです』


 フランは未成年のため、お酒ではなく目の前のウーロン茶を一口飲んだ。


『なるほど。昔から隣に住んでいるのなら、栄倉亜美となんらかの関わりがあったのかもしれんな。そもそも我々が動く前に帰国の手続きが済んでいたのも妙な話だしな』

『はい。もしかすると、その上本武徳は栄倉亜美の帰国を手引きし、どこかに匿っているのかもしれません』

『なるほど……その可能性も捨てきれんな』


 ガジェットは考える時の癖なのか、指で右目の眼帯を撫でた。


『その上本武徳とか言う男。確保しますか?』


 ガジェットの左に座る、口元に傷跡のある男が言った。


『馬鹿かお前は? 日本政府を敵に回す気か?』


 ガジェットはギラリとその部下を睨みつけた。


『拉致するなら家族だ。それなら個人的な問題として片付けられる』


 ガジェットが不敵な笑みを浮かべ、フランに視線を送ると、


『わかりました。早急に手配します』


 ガジェットが言わずとも、フランが先回りして頷いた。


「なんだぁ? 姉ちゃん達は外人さんかぁ?」


 隣のテーブルに居た、サラリーマンの内の一人の中年男がガジェット達に絡んできた。

 その瞬間、ガジェットのテーブルに着いた全員が腰を浮かせたが、ガジェットがそれを手で制した。


「姉ちゃんその目はどうしたんだぁ? べっぴんさんなのにもったいないねぇ」


 その中年男はベロベロに酔っ払った状態でガジェットの前のテーブルに右手を着いた。ガジェットはそれをチラリと見てから、フランの方を見て言った。


『それでは二手に分かれて、行動開始だ』

『特務曹長はどうなされるのですか?』

『私か? 私はここの会計を済ませてから、華十(はなと)組に顔を出してくる』


 言い終わると、ガジェット以外の兵士達が席を立つ。


「なんだぁ? やんのかぁ?」


 中年男が戸惑ったように声を上げる。


『ナーデル一等兵、ちょっと待て』


 ガジェットが隣に座っていた口元に傷跡のある男を呼び止めて、男の持っている鞄に手を入れて札束を取り出した。そして、ガジェットがサッと手を振ると、男はその場を立ち去った。ガジェットは右手で持った割り箸で、漬け物を摘まんで口に放り込んだ。


「あれぇ……みんな行っちゃったよぉ。もしかして姉ちゃん誘ってんのかぁ?」


 中年男の左手がガジェットの肩に触れた瞬間、ガジェットは左手を素早く動かして中年男の左手首を取り、テーブルに押さえつけた。それから右手に持っていた割り箸を片手で真ん中から二つにへし折り、テーブルに押さえつけた中年男の左手に突き刺した。そして手に残ったもう一本の割り箸も、最初からテーブルに置かれていた中年男の右手に突き刺した。


「ぎゃあぁぁああぁぁぁああぁあぁあぁあぁ!」


 中年男の絶叫が店内に鳴り響いた。何事かと周囲が静まり返り、異変に気付き始めた。ガジェットは立ち上がり中年男を見下ろすと、


「うす汚ねえ手でさわんじゃねえ。殺すぞハゲ」


 ドスの効いた声で言った。それも日本語で。中年男は両手をテーブルに磔にされたまま、痛みで涙を流しながらガジェットを見上げた。ガジェットは札束から十万程抜き取り、


「治療費だ」


 そう言って、中年男の背広の胸ポケットに挿し入れた。周囲の人々はガジェットの威圧的な態度に脅えながら、その動向を見つめていた。


「店員、お愛想だ」


 ガジェットがテーブルから離れて会計に向かった後、女性客のせきを切ったような悲鳴が店内に響き渡った。

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