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栄倉亜美のジャムらない話  作者: 明良 啓介
第三章 ブラックホームタウン
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ニコール、パンツ丸出しになる

 亜美の部屋にはすでに布団が敷いてあった。部屋の奥に布団が二枚並んでいて、手前に一枚横向きで敷いてあった。『川』の字ならぬ、『品』の字の状態だ。

 そんな中、勇人は布団の敷いていない部屋の真ん中に正座させられていた。

 勇人が前を見ると、右側の布団には白のタンクトップに黒のスウェット姿の亜美、左側の布団には白のTシャツに下は青色に白の三本ラインの入ったジャージ姿のミリーが座っていた。

 どうやら亜美が一恵から借りていたジャージをミリーが履いているようだ。

 勇人はまるで修学旅行で女子の部屋に遊びに来たようなドキドキ感を味わっていた。とはいえ、この状況は吊るし上げに近いのだが。


「盗み聞きするとは、見損なったぞ! 男として恥ずかしくないのか!」


 亜美が眉を吊り上げて勇人に非難の言葉を浴びせる。勇人の背後でニコールが「でも」と口を開いて、


「男だからするんだけどね」


 そんなことを言うので、反射的に勇人が振り返ろうとすると、


「見てんじゃないわよ!」


 ミリーの蹴りが飛んできて阻止された。


「痛っ……わかった、わかった! もう見ないから!」


 勇人は蹴りを受け止めながら亜美の方へ向き直った。勇人が後ろに振り返れない理由はニコールの今の格好にあった。ニコールの上着はミリーと同じく白のTシャツだが、下はショーツ以外なにも履いていなかった。部屋に連行される間にニコールの姿を見て、勇人は思わず声を上げてしまい、廊下でミリーの蹴りを受ける羽目になった。見られたニコールは気にした様子も無く、「寝る時はいつもこの格好だから」と平然としていた。


「ニコール! なんか履いたらどうなの。コイツに見られてもいいの?」


 ミリーが横目で勇人を睨みつける。


「私は別に構わないわよ。なんなら亜美もスウェットを脱いだらどう? リラックスできるわよ」


 男としては「マジですか!」という申し出に勇人の心臓の鼓動は速まったが、

(まあ、亜美が脱ぐわけないよな)

 とすぐに落ち着きを取り戻した。しかし亜美は、


「……ミラー少尉の命令とあらば、致し方ない」


 そう言うと頬を染めて立ち上がり、スウェットに手をかけようとした。その場に居た亜美以外の全員がその行動に驚いて腰を浮かせた。


「お、おい亜美!」

「亜美軍曹!」

「ちょ、ちょっと亜美! 冗談よ!」


 ニコールが珍しく慌てた様子で亜美を止めると、


「な、なるほど……」


 安心したようにヘタリと座り込んだ。周囲もそれに同調したように腰を下ろした。


「それにさっきも言ったけど、ここは日本なんだから堅苦しいのは無しにしましょう」

「は、はい」


 ニコールが笑顔で言うが、亜美は相変わらず硬い表情で頷いた。勇人は背後でニコールが苦笑交じりのため息を吐いたのを感じた。

(亜美よりもニコールさんの方が偉いのか……)

 ミリタリー知識が皆無の勇人には、この二人の関係性がよくわかっていなかった。

 階級で言うと亜美が軍曹なのに対し、ニコールは二階級上の少尉なので亜美の上官に当たる。真面目な亜美にとっては、ニコールの冗談も上官命令になってしまうのだ。ちなみにミリーは伍長なので亜美よりも一つ下の階級だ。しかしここは日本であって、今は軍事作戦中ではないので階級抜きで話すのが理想なのだが、なかなか染み付いた習慣は取れないようだ。


「……じゃあ、俺は部屋に戻るかな――」


 勇人が隙を狙い立ち上がって帰ろうとしたが、


「座れ」


 あっさりと亜美に命令されて、すぐに正座の体勢に戻った。


「勇人、盗み聞きなど卑しい行為だぞ」


 亜美が責めるように勇人の顔を見た。


「別にいやらしい気持ちで聞こうと思ってたわけじゃないんだ」

「嘘をつくな。ミラー……ゴホンッ、ニコールが言ったのだ。年頃の男性は、異性の会話が気になるものだ、とな。だから、ニコールの提案で勇人が私達の会話を盗み聞きしているかどうか試そうとしたのだ」

「アラビア語なら、わからないし。勇人君がなにかしらの反応をすると思ってね」


 ニコールが亜美の言葉を補足する。


「バカな男ね。私が逆にアンタの部屋に聞き耳を立てているとも知らずに……ププッ」


 ミリーが勇人を馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「勇人は私達の『があるずとぉく』が聞きたかったのだろう?」


 亜美の言い慣れない単語だったのか、発音が江戸っ子口調みたいになっていた。亜美の問いに勇人は首を振った。


「俺が聞きたかったのはガールズトークじゃない。ミリーとニコールが握っている情報が知りたかっただけだ」


 勇人が言った瞬間、ミリーがピクリと顔を強張らせた。と同時に勇人は背後でニコールの息を呑む気配を感じた。急激に緊迫した空気の中で、亜美だけが首を傾げる。構わず勇人は言葉を続けた。


「二人は反乱軍の連中を追って来たんだろ」

「ハ、ハァ? なに言っちゃってんの?」


 ミリーがとぼけるが、動揺しているのは明らかで、勇人の中で確証を得るには十分な反応だった。


「……馬鹿」


 ニコールが呟いた。


「どういうことだ?」


 一人蚊帳の外にいる亜美が勇人に問いかける。


「最初に会った時、二人は俺を敵のスパイだと疑ってたんだ。まあ、俺も二人を反乱軍の奴らだと勝手に勘違いしてたんだけどな。だから、疑うってことは亜美を狙っている連中が日本に来ているという情報を持っていたということだろ。むしろ、亜美に会いに来ただけと思う方が不自然だ」


 勇人が言い終えると、亜美が驚いた顔になり、


「そう……なのか?」


 とミリーに視線を送った。


「…………」


 ミリーは黙っていた。勇人はさらに自分の考えを述べ始めた。


「家に来たのも、亜美が目の届く範囲にいた方が、もしもの時に護衛もできるし、奴らは最終的に亜美に近づいてくるはずだから、待ち伏せできると踏んだんだろう」


 ミリーは勇人の話を聞いている間、下を向いていたが、やがて肩をわなわなと震わせて、


「もおぉぉぉぉぉぉぉぉ! バカなのアンタ! 亜美軍曹には秘密で連中を捕まえようとしてたのに……台無しじゃないの!」


 耐えかねたように叫んだ。


「えっ……そうなの?」


 勇人が間の抜けた声を出す。


「あったり前でしょ! 亜美軍曹の安全を考えたらその方が良いに決まってんでしょ!」

「いや、知っていた方が警戒できるだろ」

「ホンッッットにバカね! 亜美軍曹の性格を考えたらわかるでしょ。色々と反乱軍のことで責任感じてるんだから、知っちゃったら大人しくしてるわけないでしょ!」

「あっ……」


 そこでやっと勇人は自分が過ちを犯したことに気付いた。ミリーとニコールの目的を探ることに夢中になりすぎて、亜美がどう思うかなんて考えていなかった。

(俺は馬鹿か……)

 幼少期の亜美しか知らず、十年のブランクがある勇人よりミリーの方が亜美のことをわかっていた。


「ミリー……そういうことは本人がいないところで言わないと」


 ニコールが呆れたように言う。ミリーが亜美を見て「あっ」と呟いて口を押さえた。

 勇人も釣られて亜美の方を見ると、亜美はジッと考えるように俯いていた。


「あ、亜美……」


 勇人が心配そうに声をかけると、


「……報いだな」


 と亜美は言いながら顔を伏せた。そして、しばらく考え込んでから亜美は顔を上げ、訴えるような眼差しでニコールを見つめた。


「ニコール……教えてほしい。反乱軍の残党が私を追って日本に来ているのか?」


 ミリーが何かを言おうとして口を動かすが、言葉が出ない様子だ。


「ええ、そうよ」


 ニコールはあっさりと白状した。


「……人数は?」

「まだ未確認だけど、反乱軍と思われるメンバーで消えたのは六人。率いているのはガジェット・ヘイデン少佐よ」

「なっ……! ガジェット少佐か」

「誰なんだ、それは?」


 勇人は亜美とニコールが自分を挟んで会話するという状況に居心地の悪さを覚え、口を挟んだ。


「反乱軍の前線の部隊を率いた指揮官で優秀な兵士だ」


 亜美が畏敬の念を抱いたように身震いする。ミリーも忌々しげに顔を歪める。


「恐ろしい女よ。彼女のせいで戦争が長引いたと言ってもいいわ」

「女……なのか?」


 勇人が驚きながら呟くと、ミリーがジロリと睨みつける。


「なんで女に反応するのよ」

「いや、別に……。タダ、驚イタダケダヨ」


 ミリーの鋭い指摘に思わず棒読みになる勇人。


「私達が亜美に会いに来たのも、もしかしたらガジェットがすでに亜美の居場所を掴んでいるかもしれないと考えたからよ」


 ニコールの言葉に勇人は、それは飛躍し過ぎではないか、と思った。


「お、おい、ちょっと待てよ。その女がどれだけ凄い奴か知らないけど……日本は広いんだ。そんなにすぐに見つかる心配はないんじゃないか?」


 勇人は思わずニコールに振り向いてしまい、「あっ、やべっ」とミリーの蹴りに備えて身構えたが、蹴りは飛んでこず――向き直るとミリーは窓の方を見ていた。


「どうした?」


 勇人も窓の方を見ると、カーテンの隙間からパトランプの赤い光が周期的に辺りを照らしているのがわかった。外の異変に気付き、全員が立ち上がって窓の方に移動した。カーテンを空けて外を見ると、隣の家の前に一台のパトカーが止まっているのが見えた。


「吉田さん家でなんかあったのか?」


 勇人が何の気なしに言った横で、亜美は顔を青ざめさせていた。


「私が……昔、住んでた家だ」


 亜美が呟いたのを聞いて、勇人もハッとして背筋を凍らせた。


「まさか……」


 勇人が口を開いた、その時――ピンポーン、と家のチャイムが鳴った。

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