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栄倉亜美のジャムらない話  作者: 明良 啓介
第三章 ブラックホームタウン
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三人の兵士

「へえ、ニコールさんは日本に留学してたんですか。どおりで日本語がうまいわけだ」


 バシンッ!


「そんなことないわよ。医学を学ぶために数年居ただけだから」


 リビングのテーブルでは誤解が解け、すっかりと打ち解けた勇人とニコールが向かい合って談笑していた。


「じゃあ、お医者さんなんですか?」


 バシンッ!


「ええ、そうね。基本的には野戦病院で軍医として常駐してたわ」


 バシンッ!


「軍医って、戦場に行ったりとかするんですか?」


 バシンッ!


「まあ、たまにだけどね。衛生兵として前線に行ったこともあったかな」


 バシンッ!


「すごいなぁ。戦場のナイチンゲールですね」


 バシンッ!


「ヒィ! なに無視して話してんのよっ。アンタ達、止めなさいよ!」


 勇人とニコールの間でテーブルに突っ伏した状態のミリーが涙目で訴える。先ほどからミリーはテーブルに上半身を乗せ、床に両足を着いて尻を突き出した格好で、亜美にベルトで尻を叩かれ続けていた。その度に勇人とニコールの間で、ミリーのポニーテールがふわりと跳ね上がっていた。そんなことはお構いなしに、ミリーを挟んで勇人とニコールは会話を続けていた。

 亜美が現れた後、お互いに誤解は解けたものの――ミリーが勇人にナイフを突き付けていたことは状況的に見て明らかだったので、激昂した亜美がミリーに罰を執行したのだ。軍の規則としては鞭打ち二十回が妥当らしいが、鞭が無かったのでベルトで代用しているというわけだ。


「なあ、亜美。もういいんじゃないか? ほら、俺も無事だったわけだし」


 見かねた勇人が亜美に声をかける。勇人が下に目を向けるとミリーが真っ赤になった目で勇人の顔を恨みがましく睨んでいた。


「なぜ俺を睨む――ッ?」


 擁護したにもかかわらず、責めるような視線を向けられたことに勇人は困惑した。

 どうやら尻叩きがよほど痛かったらしい。ミリーの口から自然と漏れた涎がテーブルとの間に橋をかけている。なにせ亜美の振るうベルトの音が本気すぎて、勇人が引いたぐらいだ。


「そうか、わかった。勇人、貸してくれて感謝する」


 息一つ上がっていない亜美がベルトを勇人に渡した。亜美が使っていたのは、勇人のベルトだった。そのせいで間接的に勇人はミリーに対して罪悪感を覚えた。目的を知っていたら貸してはいなかっただろう。今日は勇人のベルトが大活躍だ。


「ミリー、すまなかったな」


 亜美がミリーを優しく支えるようにして立たせた。ミリーが鼻をすすりながら、亜美のボリュームのある胸に顔を埋めた。


「グスッ……亜美軍曹ぅぅぅ……ゴメンなさい……」


 亜美が子供をあやすようにミリーの頭を撫でる。ニコールはその二人を微笑ましそうな顔で見ていた。勇人はというと――目の前の光景に若干唖然としていた。尻を叩いた者と叩かれた者が熱い抱擁を交わしている。


「なんだ、この状況は……?」


 そんな感想しか出てこなかった。


「さあ、ミリー。勇人にちゃんと謝るんだ」


 亜美がミリーの肩を抱き、勇人の方へ向けさせる。促されたミリーは下を向きながらも勇人に一歩近付いた。そして、手を前で組んでモジモジとさせて上目遣いで勇人を見る。


「……その……ゴメンなさい」

「いや、気にしてないから――いっ!」


 金髪の少女に見つめられて勇人は一瞬ドキッとしたが、右足のつま先に突然痛みが走り顔を歪ませた。テーブル下で勇人の足がミリーの足によって踏みつけられたのだ。


「おい、亜美。コイツ全然反省してなっ――くない!」


 勇人が言いかけたところで、ミリーはさらに足に力を入れ、グリグリと勇人の右足を踏みつけていた。


「本当にゴメンなさいぃぃぃ……っ」


 ミリーがもう一度謝るが、勇人への攻撃は継続中だ。


「勇人、どうした?」


 勇人の様子がおかしいことに気付いた亜美が不安げな顔を向ける。


「な、なんでもないっ! 許す、許す、全部許すから!」


 勇人がまくし立てるように言うと、


「ほんとに! ありがとう!」


 ミリーがやっと足を退けて無邪気に笑った。痛みから解放された勇人はホッとため息をついた。そして勇人は一言、ミリーに言ってやろうと口を開こうとするが、


「亜美軍曹、勇人って優しい人ね!」

「ああ、そうだ。勇人は優しいぞ」


 ミリーと亜美に「優しい」を連呼されて、勇人は二の句も告げなくなった。もはや文句を言える雰囲気ではない。ミリーが笑顔で亜美と楽しそうにしているが、一瞬口の端を上げてニヤリとしたのを勇人は見逃さなかった。

(なんて奴だ……)

 勇人はミリーの狡猾さに顔を引きつらせた。正直言って、怖いくらいだ。


「本当、仲がいいわね」


 そう言ってニコールはどこまでを知っているのかわからないような顔で勇人をチラッと見て「クスクス」と笑っていた。

 ニコールさん、あなたも怖いです――勇人はその笑顔を見てそう思った。


 帰ってきた一恵は亜美が来た日以上にはりきって、腕によりをかけた料理を食卓に並べた。それを見たミリーとニコールはこんな豪勢な食事は始めてだと歓喜し、大満足のうちに晩餐は終了した。食事が終わると二人は帰るかと思いきや、驚いたことにミリーとニコールは今晩、上本家に泊まることになっていたのだ。本人は不在だが、ちゃんと武徳の許可も貰っているという。そのことを聞いた勇人はもちろん反発したが、「女の子を夜に追い出すわけにはいかないでしょう」などと一恵に言いくるめられしまい、結局は二人分の布団を亜美の部屋に持っていくことになった。

 ――というわけで。

 現在、亜美の部屋にはミリーとニコールが居る。

 勇人は自室でベッドに寝転びながら、隣の部屋に聞き耳を立てていた。別にいやらしい気持ちがあるとかではない。彼女らが日本に来た目的を探るためだ。亜美も疑問に思ったのかそれを二人に尋ねたが、ミリーは「亜美軍曹に会いに来た」と答え、ニコールは「観光……かな?」とはぐらかしていた。そんなはずはない。勇人を拘束したときのあの言動。明らかに二人は何かを知っているような口ぶりだった。それを一早く確かめなければならない。


「もしかして二人は敵……? いやそんなわけないよな」


 勇人は庭での一件で、亜美に危険が迫っているとミリーが言っていたことを思い出す。ミリーとニコールは明らかに勇人を敵側だと思い込んでいた。つまり、二人はなんらかの情報を掴んでいて、任務として日本に来たのではないか――と勇人は考えていた。だとすると。勇人は一つの結論にたどり着いた。

(亜美を狙っている連中はもうすでに日本に来ている)

 隣の部屋からは「キャッキャッ、ウフフ」と楽しそうな声が聞こえてくる。しかし壁越しの声は不鮮明なため、会話の内容がわからない。勇人は上体を起こして壁側にすり寄り、壁に耳を押し付けた。すると、勇人の耳にニコールの透き通るような声が聞こえてきた。


「ビハイリン、シュクラン」

「何語だよ!」


 勇人は思わず叫んでしまった。亜美達はアラビア語で会話していたのだ。勇人にとってはラジオでたまに混線して聞こえてくる謎の言語にしか聞こえなかった。

 ――その刹那、ドタドタと足音が廊下で鳴り響き、バンッ! と勢いよく勇人の部屋のドアが開かれた。


「やっぱり本性を現したわね! この変態!」


 ミリーが部屋の入り口に立ち、勇人に指を突き立てた。突然のことに驚いた勇人は壁に耳を当てた状態のまま硬直していた。


「あら、予想通りね」


 ニコールがミリーの背後から顔を出した。


「なっ……どういうこと?」


 勇人は状況がわからず、オロオロとするばかりだ。ミリーとニコールを掻き分けて亜美が部屋に入ってきた。そして壁際に追い詰められた勇人を睨みつける。


「最低だな。見損なったぞ、勇人。ちょっと来い!」

「えっ、な、なになに……?」


 いきなり痛烈な批判を受けた勇人は、意味がわからぬまま亜美に腕を取られて隣の部屋へと連行された。

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