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栄倉亜美のジャムらない話  作者: 明良 啓介
第二章 戦場を駆ける話
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はじける音

 土曜日だけあってショッピングモールは人で賑わっていた。

 家族連れに学生、若者のカップルなどがモール内を闊歩している。皆一様に目的があって訪れているわけではなく、中にはショップ内を見て回るだけの物見遊山の客もいる。

 勇人と亜美はというと明確な目的を持ってこの場に訪れたのだが、


「どこもかしこも人だらけだな勇人!」

「ああ、そうだな……」


 ひときわはしゃぐ亜美の横で勇人はあまりの人の多さに気力を失っていた。

 ――考えが甘かった。土曜日なのである程度の人混みは覚悟していたが、中央の通りは人で埋まり、今勇人と亜美のいる通路にも人が溢れ、女子トイレは人気アトラクションと化している。

 もはや目的の店にたどり着けるかも怪しい。

 行くにしてもまずこの中央の元日の初詣並みの人の波に飛び込んで、ベルトコンベアのように目的の店まで流れていくほかない。


「ここの者たちは他に行くところがないのだろうか?」

「たぶん、みんなそう思ってるよ……」


 とにもかくにも勇人と亜美は先へと進むことにした。


「とりあえず、二階にあるみたいだからエスカレーターまで行くぞ」


 勇人が二階の通路を見上げながら言った。モール内は吹き抜けになっているので一階からでも店が並んでいる様が見える。しかも二階に並ぶのは専門的な店が多く客層が絞られるため、通路はそれほど込み合っていなかった。勇人は早くこの人混みから出たいのか、少しだけ安堵の表情を浮かべる。

 しかし、亜美はショッピングモールに興味津々なのか目を輝かせながら辺りを見回している。


「勇人、あれはなんだ?」

「ん? ああ、あれはミックスジュース屋だ」

「では、あれは?」

「インフォメーションだ」

「あれは?」

「アジアンテイストの雑貨屋だ」

「勇人! あれはヂーユーか? あんなにデカいのは初めてだ!」

「モールのは大体あんなもんだろ……」


 勇人はそこでふと気付いた。このショッピングモールが出来たのは六年前で、その時にはすでに栄倉家はタチノアに移住している。


「そういえば亜美はここ初めてか?」

「ああ、私が住んでいた頃はここはまだ更地だったからな」

「最近は土地が余ってるとすぐにでかい箱モノを建てたがるからな。中途半端な田舎だと特に」

「ふむ、確かにミサイル基地なども辺境地域に設置されていることが多いし私も同意見だ」

「いやいやそれは近隣に家がない場所に建てるべきだろ」


 平和な日常そのものなショッピングモールに来てもなお亜美の言動がブレることはない。日常会話に「ミサイル基地」などというワードが飛び出す女子はそうそういないだろう。

 だからこそ勇人は危険や驚異とは無縁な、庶民が足を運ぶ象徴でもあるショッピングモールに連れてきたわけだが。


「おい勇人、あそこにあるアレ! まだ存在していたのか!」


 随所に出てくる発言はともかく今の亜美はまるで子供みたいにはしゃいでいるので、ここに連れてきてよかったと勇人は思った。


「本当だ。てかまだ現役であるんだなこれ」


 亜美が指差したのはショッピングモールの出入り口付近に設置されているポップコーン製造機であった。お金を入れるとキャラクターが喋り、好きな味のボタンを選んで押すと内部でポップコーンが作られるというものだ。出来たらキャラクターのお腹の取出し口から出来立てのポップコーンを受け取ることができる。


「懐かしいな。昔、勇人とデパートの屋上で食べたな」

「あったな、そんなこと……」


 ――まだ幼かった頃、勇人の家族と亜美の家族でデパートの屋上遊園地に遊びに行ったことがあった。その時の記憶が勇人の脳裏にふと甦る。亜美がねだって買ったポップコーンだったが、結局亜美は食べきれずほとんど勇人が処理したのだ。

 そんな情景を思い出しながら勇人は当時から疑問に思っていたことを口にした。


「なあ亜美、ずっと疑問に思ってたんだがなんでこれって忍者のキャラクターなんだろうな」

「わからんが、この忍者は右手にトウモロコシを持っている。おそらく忍法でトウモロコシをポップコーンに変化させるのだろう」

「忍者が存在していた時代にはポップコーンなんてなかっただろ。メリケンの食い物だぞ」

「細かいことを言うな。とにかく買うぞ!」

「……あっ」


 勇人が財布からお金を出す間もなく、亜美はポケットから百円玉を取り出し、ポップコーン製造機にお金を入れた。


「アメリカ人かよ……」


 百円とはいえ奢る間もなかったことに勇人は肩を落とす。勇人は亜美が帰国してから自身でまだ何もしてあげられていない、と焦燥感を抱えていた。

 そんな勇人も気も知らずに亜美はポップコーンの味を選ぼうとしていたのだが――。


「うーむ、塩とキャラメルどちらにするかな」

「おい亜美、カレー味もあるぞ」

「それは邪道だ。まずポピュラーな味を堪能したのち、気分を変えたいときに……なっ!?」


 突如起こった出来事に唖然とする亜美。いつの間にか近くに来ていた女の子が脇からボタンを押していたのだ。驚く亜美と勇人を尻目に当の女の子はキョトンとした顔で首をかしげて見せた。自分のしたことがわかっていない様子だ。しかも女の子が押したのは、


「カ、カレー味……」


 亜美はあまりのショックにその場にへたり込んでしまった。おそらく塩、キャラメル、カレーの三種類のうちオーソドックスなものを選びたかったのだろうが、よりによって押したのはカレー味。別にマズくはないが、亜美が望んだ味でないことはその表情から見ても明らかだ。

 女の子は無邪気に「ポップコーン!」と言いながら取り出し口を指さしている。おそらく背丈からして年齢は四歳ぐらいだろう。


「……食べたいのか?」


 亜美が尋ねると女の子はコクリと頷く。


「……わかった。お前にやろう」


 亜美はやがて諦めたようにポップコーンを取り出し口から取り出し、女の子に渡した。


「お姉ちゃん、ありがとう!」


 ポップコーンを受け取った女の子は嬉しそうに手づかみで頬張り始めた。


「うむ、選んだからには残さず食べろ」

「そのセリフ、昔の亜美にそのまま言ってやりたいな」

「どういう意味だ勇人?」

「いや別に」


 勇人の口の中に大量のポップコーンの味がよみがえる。


「ところで……」


 女の子が一人でいることに疑問を持った勇人は辺りを見回したが、たいてい目につく子供は親同伴で女の子の母親らしき人物は見当たらない。


「君は一人なのかな?」

「ううん、ママと来た」

「で、そのママはどこかな?」

「うーんとね、はぐれた」

「やっぱりか……確か近くにインフォメーションがあったな」


 やはり女の子は迷子だった。勇人はここに来る途中で見かけたインフォメーションの場所を入り口横の案内図で確認した。その際、外で警備員が何やら慌てた様子で走っていくのが見えた。


「勇人、戻るのか?」

「そうだな、とりあえずこの子の親を呼び出してもらわないと」


 女の子は我関せずという感じでポップコーンを夢中で食べている。


「お前、名は何という?」


 亜美はしゃがみ込んで女の子と目線を合わせながら尋ねた。ただその口調は子供に話しかけるというより、戦いの最中強敵に巡り合った時のセリフのようだ。


「アテナ!」

「……いい名だ」

「どんな漢字か気になるな」


 若干キラキラした名前だったが亜美は気に入ったようだ。おそらく戦の女神の名前と同じであるためだろう。亜美にとっては崇拝すべき女神の名だ。


「お姉ちゃんも食べる?」

「うっ……うむ」


 女の子はポップコーンをつまむと亜美の口に差し出した。亜美は戸惑いつつもそれを直接口で受けて食べる。さながら餌付けされるひな鳥のようだ。無邪気の子供相手ともなれば亜美も形無しだ。勇人はその光景を見て思わず口元を綻ばせていた。そんな平穏な時間も束の間、突如外で女性の悲鳴がこだました。


「勇人、外が騒がしいな」

「ああ、そういやなんかさっき警備員が慌てて走ってたな」


 勇人と亜美は悲鳴が聞こえた方向――ショッピングモールの駐車場に目を向けた。入口のガラス越し、人の群れが動いているのが見える。それはまるで何かに押し返されるかのようにじりじりと後ずさりしていた。最前列の警備員が何やら叫んでいる。手には警棒。明らかに穏やかではない緊迫した雰囲気だ。


「おいおい、なんかヤバそうだぞ」

「勇人、様子を見に行こう」

「まずはこの子を迷子センターに届けるのが先だろう」

「むっ、確かにそうだな」


 ただならぬ雰囲気に亜美はそわそわしていたが、勇人が冷静にたしなめた。危険な状況ならなおさらアテナを避難させなければならない。


「あっ、ママ!」


 しかし、アテナは突然叫ぶと持っていたポップコーンを放り投げ、急に外へと走り出した。アテナが向かった先は、まさに異変が起きている渦中の駐車場。


「お、おい!」

「待てアテナ!」


 勇人と亜美は慌ててアテナの後を追った。

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