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栄倉亜美のジャムらない話  作者: 明良 啓介
第二章 戦場を駆ける話
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コウカイ

 その日の夜。

 勇人は亜美の部屋を訪れた。


「…………すぅ――」


 勇人はやや躊躇いがちに亜美の部屋の前に立つと、深く息を吸った。そして意を決したようにドアをノックする。


「亜美、ちょっといいか?」

「――す、少し待てっ!」


 亜美の慌てるような声がして、部屋の中からガサゴソと音がする。しばらくして、


「んっ、いいぞ」


 許可が出たので勇人はドアを開けた。

 勇人が部屋の中に入ると、相変わらずなにも無い簡素な部屋だった。すでに中央には布団が敷いてあり、その上に亜美はなぜか正座の姿勢で座っていた。服装は昨日と同じく白のタンクトップに黒のスウェットという標準装備だ。


「なにか用か?」


 亜美が素っ気無く目だけ動かして勇人に尋ねるが、額に薄っすら汗を浮かべ、声も少し上ずっていた。

(……なにしてたんだ?)


「少し話があるんだけど入ってもいいか?」

「ん……? ああっ、いいぞ」


 どうも亜美の反応がおかしい。挙動不審というか、会話に身が入ってないような感じだ。さらに注視すると肩が微妙に上下して息も微かに上がっている。

 勇人は訝しげに思いながらも部屋に入りドアを閉めた。すると、ドア側の壁の前に置いてあった黒い紙袋が目に入った。


「これは?」

「あっ……そ、それは勇人のマザーが買ってくれた服だ」


 勇人がチラッと紙袋を覗き込むと、黒のパーカーなど地味目な服が入っていて、その端に白いワンピースが丸まった状態で押し込まれたように入っていた。黒系の服で固められたその中で白のワンピースだけが異彩を放っている。そんな勇人の視線に気付いたのか、


「わ、私はそんな服似合わないと断ったのだが――マザーが譲らなくてな。買ってくれたことには感謝しているが、これだけは恥ずかしくて着る気になれないのだ」


 亜美が聞かれてもいないことをべらべらとまくし立てる。その最中、亜美は窓の方をしきりに気にする素振りを見せる。勇人もそんな亜美の視線につられて、窓の方を見るとカーテンが半分ほど開いていた。


「カーテン開いてるぞ」

「そ、そうだな。私としたことがついうっかりしていた――」


 勇人が指摘すると、亜美が窓際まで移動してカーテンを閉めた。窓に反射した亜美の顔はいつになく狼狽していた。あれほど警戒心が強かったにもかかわらず、らしくないミスだ。

 そこで勇人はふと、あることに気付いた。いや、本当は薄々気付いていたのだが、言うべきかどうか考えあぐねていたのだ。しかし、結局好奇心が勝った勇人はそれを口にすることにした。


「……着たのか?」

「ばばば、馬鹿を言うな。着るわけがないだろう!」


 勇人のストレートな問いかけに亜美は顔を真っ赤にして否定するが、肯定しているようなものだった。


「だってほら、窓を鏡代わりに使ったのかな――と思って」


 勇人が亜美の後ろの今はカーテンの閉まっている窓を指差す。


「断じてそんなことはしていない!」

「だって袋の中で唯一畳まれてなかったのはワンピースだけだし――」

「そ、それは返品しようと思って一回袋から出したからで……っ」

「それに入ったときから様子がおかしかったし、俺が来たから慌てて着替えたんじゃないか?」

「お、憶測でものを言うなっ」

「俺は別に悪いことだとは言ってな――」

「とにかく座れ!」

「…………」

「そこに座れ!」


 亜美は窓から離れてボフッと布団に腰を下ろした。これ以上は聞く耳持たないといった様子だ。


「……わかったよ。別に隠さなくていいのに」

「隠してなどいないっ」


 勇人は亜美の可愛いらしい一面を目の当たりにして、もうこのまま自分の部屋に戻りたい気分になっていた。が、このまま本題をうやむやにするわけにもいかず言われた通り床に腰を下ろした。


「それで、用件はなんだ?」

「…………うん、まあ」


 勇人は話をどう切り出すべきか思考を巡らせながらゆっくりと胡坐をかいた。亜美の方を見るとまだ少し顔が赤いが、落ち着きは取り戻したようだ。勇人も気持ちを切り替えるべく「コホン」とひとつ咳払いをした。


「ちょっと聞きたい事があるというか……別に答えたくなかったら答えなくていいんだけど……」


 梶から聞いた話の真相を聞こうとしていた勇人だったが、いざ亜美を目の前にすると途端に歯切れが悪くなる。しかも、前日の夜に「亜美が言いたくなったら言えばいい(キリッ)」とかのたまわっていたにもかかわらず、勇人は今それを亜美の口から語らせようとしている。そのせいでどうにも決まりが悪い。


「実はある噂を聞いたんだ……といってもあくまで噂だから本当かどうかはわからないんだけど……」

「噂……? なんだ? 早く言え」


 予防線を張るような前置きを付ける勇人の煮え切らない態度に亜美が苛立ちを見せる。


「じゃあ言うけど……」


(亜美はどんな顔をするだろうか?)

 亜美は戦場にいた。勇人の住んでいる世界とは全く違う、特殊な世界に身を置いていた。そこでは幾度と無く人間同士の命のやり取りが行われていたのだろう。だから、勇人も綺麗事を言うつもりはない。亜美がこうして生きて目の前にいること――それが全てなのだ。それでも勇人は聞きたかった。反乱軍の指導者が死んだことで、戦争は終わった。戦争に終止符を打ったのは亜美なのか――もし、そうだったら? その事実を知ったとき自分は何を思うのか?

 知りたいけど知りたくない。勇人の胸中ではそんな相反する感情が渦巻いていた。

(俺はそれを聞いてどうしたいんだ?)

 考えがまとまらない。しかし、無意識のうちに勇人の口は動いていた。


「あのさ、亜美はタチノアで――」


 瞬間、携帯電話の着信音が鳴った。


「……びっくりしたぁ。誰だよこんな時に……」


 勇人が舌打ち交じりにポケットから携帯電話を取り出し、画面を確認する。それは梶からのメールだった。途端に勇人の顔が歪む。


「どうした、召集か?」

「いや、誰もこんな時間に呼びださないって。そうじゃなくて、なんか来週の土曜にサバゲー部でチーム戦やるって」

「なに!? 本当か! そ、それは私も行っていいのかっ!」

「いいよ。というか、連れて来ないと俺は参加できないことになってるらしい」


 メール本文の後述にはご丁寧に『※ただし亜美ちゃん参加に限る』と書かれている。

(俺は抱き合わせ商品か……)


「チーム戦か……楽しみだな」


 亜美が顔をパッと輝かせる。


「亜美は…………いいのか?」

「……んっ、なにがだ?」


 勇人の心情は複雑だった。散々戦争をしてきた亜美が再び、偽物とはいえ銃を握って戦うことになるのだ。そこに抵抗はないのか。自分は亜美が嫌がることを無理強いさせてはいないだろうか。つまるところ勇人の言わんとしていることは『戦争に対する嫌悪感はないのか?』ということであった。亜美はそんな勇人の言いにくそうな様子を察して、


「人が死ぬことはないのだろう?」


 勇人の問いに先回りして答えた。驚いた勇人が亜美の方へ目を向けるが、その顔から感情を読み取ることは出来ない。


「そりゃエアガンだからな」

「なら、安全だ」


 亜美がこともなげに言い放つ。それに対して勇人はしばらく黙っていたが、やがて微かに笑みを漏らして「そうだな」と短く呟いた。


「それにサバゲー部の人たちは皆良い人だ。だから、私は安心して彼らの指示に従うよ」


 亜美がさらにそう付け加える。


「わかった。じゃあ、参加するって梶にメール返しとくよ」

「ああ、来週が待ち遠しいな」


 勇人が携帯電話を操作してメールを返信する。


「……じゃあ、俺はそろそろ部屋に戻るわ」


 勇人がいそいそと立ち上がるのを見て、亜美が疑問の表情を浮かべる。


「聞きたいことがあるのではなかったのか?」

「あー、今日はもう遅いし、また今度話すよ」

「……そうか、わかった」


 亜美もそう言って立ち上がると、部屋を出る勇人をドアの前まで見送った。


「……それじゃあ、おやすみ」

「ああ、おやすみ勇人」


 勇人は亜美への挨拶を済ませると足早に自室へと戻った。

 亜美は勇人の部屋のドアが閉まる音を確認すると脱力したように布団へと倒れこんだ。そして枕に頭を埋めて物憂げに天井を見つめると、亜美は苦しげに目をギュッと閉じて布団を頭から被った。



 一方、その頃――太平洋沖合では一隻の貨物船が航行していた。

 巨大なコンテナを積んだ船の甲板では船員達がそれぞれの作業をしている。

 船員達がドタドタと走り回る音が微かに聞こえてくる船底部――そこに反乱軍の残党達が息を殺して潜んでいた。

 六つの影がジッと鉄壁にもたれ掛かり四方に散らばるように座っていた。天井にペンライトがぶら下がり、部屋と呼べるようなものではない室内をボンヤリと照らしている。吐瀉物のすえた臭いが充満する室内には流れ込んできた海水が十センチほど溜まっていて、水面に数本のペットボトルが浮いていた。


「特務曹長。大丈夫でありますか?」


 一番小柄な女兵士が、隣に座る上官へと声をかける。その声は感情の無い冷淡なものだったが、特務曹長と呼ばれた隻眼の女は、それが本心からくる言葉だとわかっていた。


「心配は無用だ、フラン」


 気丈に振舞うが、薄明かりに照らされた女の顔は青ざめていた。長い黒髪は薄汚れて、ベトベトと額や顔に張り付いていた。それが劣悪な環境での航海を物語っていた。


「後で、上に行って飲み物を取ってきます」


 こちらの女兵士も同じく薄汚れて、かろうじて銀髪ということがわかる程度だった。


「……すまない、全員の分も頼む」


 女が少し辛そうに言うが、この女兵士が船員に見つかるという危険性は微塵も感じていない口調だった。それだけ、この部下を信頼しているということだ。


「もったいないお言葉です。特務曹長は私にただ命令して頂くだけでいいのです」


 女はフッと笑みを浮かべ、


「そうだな、無様なところを見せた」


 女兵士の言葉に『上官が弱気だと士気に影響する』という意味合いが含まれていたことに気付いたのだ。女は気を引き締めるように左目を見開き、


「待っていろ、栄倉亜美!」


 低く腹の底から這い出たような声を上げた。その声は波音をも凌駕する怨みのこもったものだった。

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