上本勇人と栄倉亜美
長い黒髪の少女が公園のベンチに座り泣いていた。
「おい、亜美。なにやってんだよ」
朝日を背に、活発そうな少年が少女に駆け寄ってくる。しかし少女は少年の言葉には何も答えず、ただ泣きじゃくるばかりだ。
「おじちゃんとおばちゃんが心配してるぞ。早く行こうぜ」
少女は下を向いたまま、ポツリと口を開く。
「……帰りたくない……ここにいる」
「無茶言うなよ。早くしないと遅れるぞ」
「やだ……ゆうちゃんと会えなくなるの……やだ……」
少女がぽろぽろと涙をこぼす。
「会えるよ。また会えるって父さんも言ってた」
「無理だもん……ここからものすごく遠いところだから無理だもん」
少女が駄々をこねるように首を振る。
少年は少し苛立ったように、コツンと靴で地面を叩いた。少女から鼻をすするような音が断続的に聞こえる。やがて少年は諦めたようにため息を吐いた。
「……わかった。じゃあ、勝手にしろ」
踵を返す少年に、少女は「えっ?」と顔を上げる。
「まっ……待っ……て……」
立ち去ろうとした少年の足が止まる。少女の手が少年の服の裾を掴んでいた。少年はその手を優しく握り、少女と向き合う。
「ゆう……ちゃん?」
少女が見上げると、いつの間にか少年の目にも涙が溜まっていた。
「また会えるから。亜美がどこに行っても、絶対に忘れないから……だから……」
寂しいのは自分だけじゃない。少女はそのことに気づき、少年の手をギュッと握り返した。
「うん……私も忘れない。遠くに行ってもゆうちゃんのこと……忘れないよ」
少年は袖で涙を拭い、手を引いて少女を立ち上がらせる。
「当たり前だ。俺のこと忘れたら承知しないからな」
「……うん」
「だから、もう泣くな」
少年は少女の手を引いて歩き出す。
公園を出て行く二人。
少年の背中は幼くもどこか逞しい雰囲気を漂わせていた。