THE NINTH LETTER
寡黙で実行力のある男、パピヨンの良さに惹かれ、恋をするエルザ。
エルザは組織での役割を受け止め研修に打ち込み始めたものの、組織の方向性が揺れる。
組織は壊滅の道を選び、ある者は死という形をとり自由の道を選ぶ。自由の道を選んだ者は組織から離れ
独自の生活をしなければならない。
パピヨンもまた一つの決断をしようとしていた。
自分の妻を殺させたのはあの女だ。パピヨンはアノ女を殺したつもりだった。しかし・・。
憎悪の果てから全て終わりの道を選ぶパピヨン。一方でデービットが誘拐されたと心配し後を追うエルザ。
周囲の思惑と思いが混ざりあい、話は思わぬ方向に進んでしまう。
エルザは真実を見つけることができるか。それを目にしたとき、臆病なエルザは一つの道を選ぶ。
長い深い眠りから私は覚めたような気がする。
体が痛い。特に・・・・。
私は目を開けた。見渡すと飛行機の中にいる。
まだ着いていないんだ。
私は座席を起こした。
胸部が痛い。そうだ、私、離陸前に獣医に応急処置されたんだっけ。
私は、スッチー呼び、水を持ってきてもらった。
獣医から貰った薬を飲んだ。
窓の外を見る。暗い夜だ。比較的穏やかな状況だろうか。
特に問題なければ、順調にフランスでの生活を満喫しようと思った。
まず宿泊の問題をクリアしないといけない。
ホテルだと高上りだ。ドミトリーだと盗難に遭いやすいだろう。
できれば現地の人の家を借りるとかの方がいいかもしれない。
ルームシェアとかがいいかな。言葉の問題があったけ。
ルームシェアかキッチン付きのホテルとかにしようか。
あっちの人は英語が話せても話さないとかって聞いたことがある。
現地で生活するには最低限の言葉が話せないといけないな。
私は少しブルーになった。
まぁ、いいや。フランスの滞在期間を短くして英語圏のイギリスに出発を早めてもいい。
私は、トイレに行きたくなり席を立った。
なんだろう、さっきまで大丈夫だったのに。
もしかして、さっきの薬。
私は、トイレに駆け込んだ。下痢だ。
トイレを済ませて立ち上がろうとしたが、ダメ。
私は20分くらいトイレに居た。
トイレに行列ができているだろうと思い、恐る恐るドアを開けた。
トイレの前には誰もいなかった。
おかしなことに、機内には誰もいない。
私は、ドアを開けて、機内を歩きまわった。
どこの座席にもだれも座っていない。
私は適当な座席からスッチーの呼び出しボタンを押した。
スッチーは来なかった。
私はコックピット付近に行ってみることにした。
コックピット付近は立ち入り禁止になっていて入ることはできない。
しかし、この場合は少し異常だ。
私はドアをノックした。
ドアからは誰も出てこない。
私は恐る恐るドアを開けた。
パイロットが倒れていた。
え・・・。これってヤバイんじゃないの・・
私は操縦機らしきものを見た。かろうじて自動運転モードになっているようだ。
でもこのままだと墜落してしまう・・。どうしよう。機内にいるのは私だけ?
私がトイレに入っている間にみんなが脱出したのか?
ひどい・・
落ち着け。ここで、応援を呼ぶにはどうしたらいいのか?
英語で無線で連絡をつけるのだろうか?
私はとにかく誰かいないのか探した。高度はだんだん下がっているように感じる。
揺れてきた。私は胸部が痛いのも忘れ機内を歩き回った。
助けてくれ・・。死にたいとか思っていたくせに。いざとなるとこうだ。
一度死んでいるくせに、いつまでたってもこのありさまだ。
私は自分に落胆しながらも、生きる望みを失っていない。とりあえず。
せめて、楽しんでから死なせてくれ。
あのパイロットとこれなら一晩だけでも・・・・。
私はこの状況で未練たらしいことを考えている自分を罵った。
浅はかなヤツめ・・・お前というヤツは・・・!
大丈夫だ・・誰も聞いていないんだから。
私は飛行機が揺れているにも関わらず、そして自分が胸部を撃たれて治療後まだ間もないというのに、
飛行機の床を腹立しくドンドン踏みしめて走った。
つくづくアフォーである。泣ける。分かっている。いいんだ。あーー。
私は最後に荷物が入っている場所に行ってみた。犬とかいたらどうしよう。
いや、危ない動物とかいたら。私は恐る恐るドアを開けた。
荷物は一つしかなかった。大きなバッグだ。
私の荷物はなかった。ええええっつ。
もしかしてどさくさに紛れてパクられた?
現金・パスポートは不自然に大きくない程度にもってきたけど・・これはヒドイぞ。
私はさらに落ち込み・・・しかし、もう選択肢はない。
力なくバッグを開けた。
なんだこれ。バッグの中にリュックが入っている。そのリュックには・・・。
パラシュートらしき物が入っている。まさかこれで脱出とか?
あの乗客の中に私のバッグを持っているヤツがいるのか。
パラシュートで脱出なんて訓練しなかったもんね・・。
死ぬかもしれない。
ああ…頭が痛い。気圧のせいだろうか。
高度が下がっている。心なしか、揺れている。いやすごく揺れている。
どうする?操縦機を握るか?それともジャンプするか?
判断できないよ・・。
私はもう一度パイロットの所に行った。
パイロットはさっきと同じように倒れている。コイツさえ生きていれば助かるのに。
私は大声でパイロットに呼びかけた。しかしパイロットは動かない。副操縦士はいない。
こういう時必ず、副操縦士がいるもんだ。腰抜けめ・・逃げたのか。
その時、無線が聞こえてきた。
多分空路がずれているから注意されたのか?
私はパイロットのつけているヘッドフォンみたいなやつを取り外してつけた。
私はたどたどしい英語で、彼は死んでいるようだ。
乗客が私以外いない。
スチュワーデスもいない。
私はどうしたらいいのか?
そんな感じの事を言った。
相手は一瞬間があり、戸惑った風だった。
私はパラシュートがあるからこのまま脱出した方がいいのか、
それともど素人の私が運転するかどっちがいい?
と聞いた。
相手は間を置いてゆっくり言った。
このままだとあなたは、海に飛行機ごと墜落するだろう。
それよりも、パラシュートで脱出する方がまだいいだろう。
パラシュートの使い方は分かるのかと聞いた。
私は映画で見たことがあると言った。
相手は乾いた笑いをしたが、すぐに平静になり、ゆっくり言った。
今から30分後に飛びなさい。
計算をして、あなたの落下地点に救出用のボートを出そう。
いいですか?大丈夫ですか?
そんな感じの言葉だ。いいも悪いもそれしか選択肢はないだろう。
しかし、もしラッキーにも救出されてニュースになったら、私のこれまでの苦労はどうなるんだ。
様々な偽装をした結果、ニュースで死んだ女が生きていたとかで特集を組まれても困る。
私は、相手が30分後と言ったので、私はそれよりも早くジャンプすれば見つかる確率が下がると思った。
結局死ぬんだろうけどね。
私は相手に了解と言い。素早く荷物置き場の所に行った。
私はとりあえず、パラシュートを着用してみる。
どういうものなのか。
パラシュートの使い方という本はないものかね。
私は大きな布の束をだした。
重い。これは重い。無事に着水できたとしても、布の重さで沈むんじゃないだろうか。
沈んでサメに喰われるとか勘弁してくれ。
着水は浅瀬がいいと思った。
私は近くの座席に行き、今どの辺か見た。
えっと東京羽田 01:30 発 シャルルドゴール空港行き便は現在
イタリア周辺を飛んでいる。イタリアは島が多い。マフィアとかいそうだ。
映画ゴットファーザーの舞台はイタリアだよね・・・。映画の観過ぎか・・。
しかしイタリアじゃなくてもズレたとしてスペインか・・・。
なんか前途多難だなぁ。
私は覚悟を決めた。荷物置き場の所行き、とりあえず、ゆっくりパラシュートをつけていく。
なんとういか、どれが正解か分からない。開き方。なんか引っ張るんだよね。
リュックサックを背負い、こんな感じか。それでこれを引っ張るのか。
私はEXITと書いてある所を開いた。
危険と書いてある。分かってるって。
私はブルブル震えた。その時私はなぜかミッシェルとデービットの家で見た女の顔を思い出した。
もし、落合由美ならどうするだろうか?
落合由美のイメージを私は勝手に想像し彼女のように振る舞った。
その時、いつもの私は大胆に振る舞うことができた。
もし、彼女ならこの状況をどうするだろうか?
パピヨンなら。
彼らの行動は一つだろう。そう。飛ぶんだ。
迷っている時間などない。
彼らだったらもう、飛んでいるはずだ。
私は遅い。
私は覚悟を決めた。
私はゲートを開けた。さっき決意したばかりだというのに、
体のチカラは抜け、私は飛行機から投げ出された。
体がクルクル回る。闇の中を周る感覚は怖い。どこへ行くというんだ。それに寒い。
何てことだ。私は回っているうちに意識が遠のき始めた。
落ちていく。暗くて高度が分からない。
あ・・・死ぬんだ・・・
それでも私は目を凝らした。なにか少しずつ見えてきた。
海だ
大きい・・・飲まれそうだ・・・。
私は慌てて、ヒモを引っ張る。
パラシュートが開かないぞ。私はパラシュートをさらに引っ張った。
落ちてゆく・・・寒い・・・私は力一杯引っ張った・・。
パラシュートは開いた。その瞬間上昇した。
チビリそう・・・。もう・・・怖い・・・
やがて落ち着きパラシュートはふわっと宙に浮いた。
ふぅ・・・。2回死んだような気がするよ。
私はどの辺にいるのか島の形を思い出した。えーと、ここは、イタリア、スペインの中間くらいかな。
どっちに降りても、言葉の問題に悩まされそうだ。
とにかく、もし生きていたら、さっさとイギリスに行く準備をしよう。
私は、とにかく着水しないといけない。骨折は避けたい。
何度か旋回して、私は、念願の着水を果たした。
薄暗い海で私はゆっくり泳ぎだした。
不安・・・。
私はかろうじて生きている。
しかし、ショックでオシッコを漏らしてしまった。
ああ・・なんてことだ。恥ずかしい。
着水したから良かったものの。
私は泳ぎにくいのでパラシュートを外そうとしたが絡まった。げーー。
しかたなくリュックを脱いだものの、泳ぎはそれほどうまくない。
どうしよう。
その時船が来た。あああああ、見つかったのか。
船の恰好がちがう。船は漁から戻ってくるぽい船だった。
大きな男が私を見つけ、よってきた。
大きな男は髭面だった。暗くて顔が見えない。なにかブツブツ言っている。
男は一人のようだった。私は船に引き上げられたが男は私に何も話しかけなかった。
彼からすれば面倒な事になったという気分か。
私はとりあえずお礼を言った。
男の顔はさらに暗くなった。
男は彫の深い顔立ちで髪はボサボサで髭に覆われていて顔が良く分からない。
表情がどうにか分かる程度だ。
男は無言で私を中に入れた。
招かざる客というところかもしれない。
男はタオルと暖かいコーヒーを出してくれた。
鞄から何やら探し、男物のセーターと楽そうなパンツを出した。
ありがたい。
私は受け取り、物陰に隠れ着替えをした。パンツどうしよう。
再び男の前に立った。幾分セクシーに見えるだろうか?
いや別に誘惑しようとか考えてないし。
男は私にさしあたって興味がなさそうだったが、
私の着替えに血がついていたのを見て困った顔をした。
男は私に何か言いかけたが、言葉を飲み込んだ。通じないと思ったのだろう。
私は彼の言いたいことを察した。
私はすぐにイギリスに行きます。と言った。
彼に長居をしないと言えば、彼は安心すると思ったからだ。
男は私の言葉が分かるのか、コクンとうなづいた。
私は座りコーヒーを飲んだ。あたたかい・・。本当はスープとかがいいんだけどね。
男の顔立ちやさっき少し出た言葉のニュワンスからいって、ここはイタリアかなと思った。
ここは小さな島だ。恐らく治安はあまりよくない。
決めつけて良くないが陸が近付くにつれ意味不明な落書きがたくさんしてあった。
なんか裏通りを感じる。なんか。私は1日いや、半日でいいから、
少しだけ休ませてもらい、それから出発しようと思った。
男は船を止めると採ってきた魚やらの入れ物を持って船から降りた。
それから再度船に乗り私の手を取って降りてくれた。
意外にジェントルマンでびっくりした。
男は無言で自分の家に私を連れてった。
家に帰ると息子らしき少年が出ていた。
年はだいたいデービットと同じくらいだろうか。
私を見ると何か言いかけたが言葉を飲み込んだ。
男は何やら息子に言った。
私は彼らの生活を邪魔してはいけないと思い私は、午後からでもこの家を出ますと言った。
しかし、息子はふいな来客に少し嬉しそうな顔をした。そして部屋から地球儀を持ってくると、指をさした。
ドコから来たのと聞いているんだ。私は日本を指した。
男も息子も驚いた。特に男は、叫びそうな勢いだ。そりゃそうだ。空からパラシュートで降ってきたんだ。
男はさらに深刻な顔をした。何やら考え、それから男は、引出から女物の服を出した。
ありがたい。このままだとちょっとね。
奥さんの忘れ形見かな。私は、受け取った。
大事な物だとするとさらに悪い。お礼をあげたいが今の私は文無し状態だ。
私は、男の顔を見つめた。男は私に構わない・・みたいなジャスチャーをした。
私は現実の人の優しさに久しぶりに触れ、涙腺が緩くなっていたのだろうか。泣いてしまった。
男は口の端を少しあげて、それからキッチンに方へ行った。
彼らはこれから朝ごはんなのだ。男は手早く魚をさばいた。
魚は白身魚だろうか。男は慣れた手つきで塩を魚にふった。
にんにくをみじん切りにしていく。
フライパンにオリーブオイルをひき魚を焼き、にんにくを入れた。
いいい香りだーー。
それから白ワインを回しがけた。
惚れそうです・・私・・・相変わらず単純です。
息子はパンの準備をした。
私は何をしたらいいの?
男は冷蔵庫からレタス・にんじん・トマトなど出した。
私はレタスを洗った。それからニンジン・トマトをナイフで切った。
男は大きなお皿にさっきの料理を盛り付けた。
男はもう一つ大きな皿を出した。ここに盛れということか。
私はレタス・ニンジン・トマトを盛った。
男はバルサミコ酢・オリーブオイル・塩などでドレッシングを作った。
息子は冷蔵庫の中からクリームチーズを出した。
素晴らしい朝ごはんの出来上がりだ。
無口な者同士でもこれだけのことができるんだ。すごいというか。
この男・・・。誰かに似てそうな気がする。
まさか。
男と目が合った。私は赤面した。
男は無表情だったが、うっすら笑った気がする。
少年が小皿をだし、テーブルセッティングする。
飲み物は少年はジュース。男はなにやら酒のようだ。
男は私に酒を進めたが私は断った
男は私に炭酸入りの水をグラスに注いでくれた。
乾杯と言ったような気がする。
男が料理を取ってくれた。少年がパンを私にくれた。
お金ができたら送金しなければならないと思った。罰があたるよ・・・。
私はサラダとってやった。
なんていうか、うまい。考えてみたら搭乗する前に食べたおにぎりだけだもんね。
パンはフランスパンよりも塩分控え目といったところか。
しかし料理全体に合う。
うん。うまい。サラダはドレッシングがいい味を出している。
バルサミコ酢って好き。
私は全部食べた。
ありがとう・・・とお礼を言った。
男はなんでもないというジェスチャーをした。
少年は笑っていた。
ここで暮らせたら幸せかもしれない・・と一瞬思った。
私は平穏な幸せは向いていないのかもしれないとやはり思ってしまう。
私は自分の食べたお皿をキッチンに持って行った。
男は私の傍らに立った。
私の腕を握った。さぁ・・もういいだろ・・行ってくれ・・・。
そういう風にとれた。
多分これから先どこへ行ってもこんな感じなのかもしれない。覚悟しておかないと。
私はお別れの挨拶をした。
息子は私の手を取った。彼は寂しいのか分からない。多分友達がいないのだろう。
かといって、ここにはもういられない。
私は手を放した。これが彼らにとって優しさなのかもしれないと思うことにした。
私は、後ろを振り向かないで歩いた。
なんであれ振り返ることはしないでいこうと思った。
私が歩いていると誰かが後ろからついてくる。
もしかしてやっぱり、この地域は治安が悪いかもしれない。
拉致されるかもしれない。案の定ワルそうなヤツが来た。
決めつけてはいけないが・・。こういう時は戦うなと言われた。
私は笑った。とりあえず、笑おう。笑わないほうがいいのか。
男たちは私のあとをついてくるが、襲われるのかと思ったらそうでもなく、駅まで教えてくれた。
彼らは、不審な人間が長居するのを好まないのだ。だから、出る分には親切ということかもしれない。
私はとりあえず駅に来た。しかし、お金がない。
これはさすがにマズイ。
私は駅の窓口に顔を出した。
駅に駅員はいなかった。その代り古いテレビがついていた。
テレビではニュースが流れていた。フランスで飛行機が墜落。
飛行機に搭乗していた人の名前がリストアップしていた。
そのリストの中に落合由美の名前はなかった。
落合由美は搭乗していなかった。
私は確かにあの飛行機に乗った。
じゃ・・・なんで。
駅の外にタクシーが止まっていた。
その運転手に心あたりあった。
私はタクシーに乗り込んだ。
「よぉー。久しぶりこんなとこで会うなんて偶然かな」
「組織はなくなったんじゃないの?」
「一部解散ってとこだろうな。」
「あなたも乗っていたの?」
「俺は副操縦士だったよ。」
「私トイレにいたんだ・・あの時」
「そうだったんだ・・」
「飛行機の中にいた連中はとりあえず無事だよ。」
「そうなの?さっきニュースで名前が出てた」
「搭乗者のリストを表示しているだけだろ。」
「私は落合由美の名前で搭乗したのに名前がないの」
「へぇーー。あったかもよ・・外国のテレビ分かりにくいから見落としたんじゃね」
「そうかな?」
「ヤバかったら違うパスポート使いなよ。」
「あの大きい人見なかったけどどうしたかな?」
「パピヨン?・・・彼は自殺した」
「自殺・・・?そういうことをするような人には見えなかったけどな。
」
「パピヨンはどういう人だったの?」
「無口でよく分からない人だよ。ただ、頼りになるというかね。」
「落合由美は?」
「さぁ・・よくわからない。別行動がほとんどでね。だけど派手な印象だったな。」
「派手か。おとなしそうなのに。」
「まぁ・・いいさ。いない人の事もう考えるのはよそうや。新しい生活の事を考えよう」
「そうだね」
「俺はフランスに住むけど、あんたどうするの?」
「私は英語圏にするよとりあえず。」
「お前の口座からタクシー代ひかせてもらうぜ。」
「口座なんてあったのか。」
「口座番号・・・暗証番号・・・十分な額が入っているから。これはミッシェルから。何かあった時にみんなで分けろって前から渡されていたんだ。」
私はそのメモ書きをもらった。十分な額ってどれくらいなのだろうか?
銀行名は・・Lloyds TSB Private Banking 海外の銀行なのかぁ。
「ネットで使えるから。」
「ネットかぁ・・現金が欲しいんだよね・・。言葉の壁がのしかかりそうだ」
「勉強すればいいさ。なんとかなる。」
「そうだね・・勉強・・」
私とタクシーの運転手はその後フランスへ渡った。
フランスまではタクシーの運転手が一緒に行ってくれた。
この男は、このままフランスでもタクシーを運転するらしい。
まさに、タクシーをするために生まれてきたような男だ・・。
「タクシーの車どうやって手に入れたの?」
「信じられないかもしれないけどさ、オレ、タクシーの会社持っているんだよ・・・」
「えええっつ。」
なんでも、仕事でもともとタクシーの運転手をやっていたころに
ミッションで利用されたらしい。
そこで運転テクニックが買われスカウトされたとか。
この男の場合は、タクシーの会社を普通に務めそして、円満退職したらしい。
「あなたは、戸籍上死んでいるの?」
「俺は、意外だけど、生きているよ」
「生きているの?でもなんでここにいるの?」
「俺の場合は第二の人生ってとこかな。別に飛行機の上からダイビングとかする必要はなかったけどね。やっぱ、俺は車の方がいいわ・・。」
「あ、あと、アンタの鞄あるよ。ほい」
運転手は後部座席を指した。
良かった・・・。とりあえず、いくらか現金がある。
それで、現地の金に両替すれば当座はしのげるか・・。
タクシーは走り続けた。
途中で休憩しながらイタリアを観光した。
とても美しい街並みだった。なんだろうか。今一人でいないのに、
なんか寂しいのだ。空虚というのか。
この寂しさはいつ埋まるのか。
タクシーの運転手に恋愛の話をしてみた。
「あなたが私みたいな立場になったら、恋愛できるかしら?
その、普通の人みたいに」
「普通に恋愛すると思うよ・・。自由じゃない。事実上死んでるんだし。」
「うんそうだけど。長く生活一緒にできない気がするんだ。」
「追われることはないでしょ。もう。あんたミッション参加ほとんどしてないじゃない。てか訓練中だったんでしょ?」
「訓練中だった・・そういえば。あまりにもリアルだったな」
「まぁ、自由にしなさいよ。恋愛。あ、オレで良かったら・・。」
「はは・・ありがとう・・。」
私はタクシーの運転手をマジマジと見た。
痩せたオッサン・・・だな・・顔は・・日焼けしている。
痩せた松崎しげるって感じか。エネルギッシュだなぁ。
エネルギッシュな人はキライではないが、疲れる・・・。
いつでもハイテンションでいられない。
私は無言になってしまった。
タクシーの運転手はヘラヘラと笑った。
この人は、きっとどこへ行っても大丈夫なんだろうなと思った。
明るい・・・。
タクシーはその後、フランスに到着した。もっとも、シャルルドゴール行きは列車で行くことになった。TGVに乗った。
ドキドキしながら座席を取りTGVに乗った。新幹線よりもオシャレな印象だ。何気に目の前を見た。目の前の男性は・・・。まるで王子様のような人だった。私は食い入るように見た。目の保養・・・。
松崎しげるを見た後だとこの男性の色の白さがまぶしく感じる。
男性は私を見つめ、輝くような笑顔を見せた。
私は心の中で合掌した。ありがたや・・・。これでしばらく生きていけそうな気がする。
私はこの男性をチラ見しているうちにあっと言う間にモンパルナス駅についた。ここでバスに乗り、シャルルドゴールに行く。
シャルルドゴールからイギリスまではすぐにチケットがとれた。
私はまだ持っていた落合由美の名でチケットをとった。
空港内を私はブラブラした。
さし当り、当座の着替えなど売店で購入した。
それからしばし、カフェでクロワッサンを頬張った・・。
飛行機キャンセルしたいくらい、ウマイ・・・。
カフェでまどろんでいると、そろそろ搭乗時間になった。
私は搭乗手続きの列に加わった。
日本での行きと違い、空港ではさらに簡略した手続きだった。
前の人がするする監査官の前を通過している。
こんなんでいいのだろうか・・。
私の番になった。
監査官は私のパスポートを見た。無言で私を見つめた。
君は誰なんだ?私にそういった。
私は落合由美に変装はしていなかった。
私は、私と言った。
監査官はうなづいた。
パスポートを私に渡してくれた。
監査官は私に小さい声で言った。
「注意しろ。変装は怠るな。」
私はあっと思った。もしかして、彼は・・・ミッシェルとか?。
監査官の風貌からしてそう思ったが、あまりにも人相が違い過ぎた。
だれか他の仲間だろうか。
しかし私は振り向かなかった。
堂々と歩いて行く。
ロビーに座る。
カフェからパイロットが出てきた。
あれは、空港であった矢野パイロットではないか。
私は微笑んだ。しかし、彼は無視した。少し疲れたような顔をしていた。
あ、落合由美じゃないもんね。
一瞬落胆したが、それでいいと思った。
私はそのまま通り過ぎた。
日本人のパイロットはしばらく歩いた。
その男はトイレの個室に入った。
トイレの個室に入ると帽子を取り、マスクをはぎ取った。
トランクから鏡を出しヤケドの状態を見た。
ガーゼに薬をつけてヤケドに貼った。
「いって・・ぇ・・アイツむちゃしすぎだ・・。火をつけろって言ったのに、
爆破とかありえねぇ・・エルザ・・・元気でな・・これで良かったのか・・」
男は鏡を見た。
再び男はマスクをつけ、帽子を被った。
手を洗い、トイレの鏡を見た。
俺は誰なんだろう・・。
男は空港の飛行機の見える方に歩いて行った。
もうすぐエルザが出発する。
最後くらい見届けてやろう。
正解なんて人生で見つけられない。選ぶしか。それが正解だ。
お前はわかるか?エルザ?
俺はこれが正解だと思うんだ。
これで良かったんだ。これで。
飛行機を見た。もうすぐ離陸する。
滑走路を走るあの車輪に俺は捕まることができるか?
そんな無茶な事も考えてしまう俺も実はいる。
飛行機が方向を変えた。
離陸・・・。
これで良かった。良かったんだ。
俺はポケットからタバコを出した。
火をつけようとした。後ろから強い香水の臭いがした。
この香、俺は身構えた。もしかして。
目の前にいる女。この女は・・見覚えがある。
落合由美・・・生きていた。
女は俺のタバコに火をつけた。
俺は無視をして歩く。
女は何かわめいた。
俺は歩いた。
俺は妻を愛していたはずだ。そして色々ありあの女に惹かれはじめていた。
しかし、あの女の事を調べるにつれ、身勝手さや、貪欲さや知れば知るほど
怖くなった。そしていつしか俺はあの女と・・。深い泥沼にはまっていった。無き妻への背徳とあの女へ惹かれるどうしようもない気持ち。
そして、あの親子との関係・・・。
今俺は、あの女を目の前にして何の感情もなかった。
そして誰を本当に愛していたのか分からなくなった。
気が付くと俺は外に出ていた。そしていなくなった飛行機を目で追っていた。
俺が本当に愛した女。
まさか。
俺はゲラゲラ笑いながら泣いた。
嘘だろ。なんで、あいつが。
とてつもなくない運動神経の持ち主。
無邪気で人を疑うことをしない性格。単純。
俺と少し似た影がある目。
やや冷たい風が俺の頬の涙を乾かした。
俺はそのまま歩き続けた。
その後を黒いワンピースの女が近づいて来るのを俺は知らなかった。
角を曲がり人通りがなくなった場所に来た時、背後から俺は刺された。
俺は路上に倒れた。
空を見上げた時別の飛行機が俺の上を飛んで行った。
***
私は機内に入った。今度はビジネスクラス。旅行者も結構いる。
私はせっかくなら、観光をしようと旅行パンフレットを開いた。
その時小さな紙の切れ端があった。
なにこれ。
「グッドラック エルザ」
この紙。
東京のラウンジのメモ用紙だ。
私は、思わず立ち上がった。
スッチーに座るように促された。
あの背丈。あの体つき。
あれは間違いなく。
私はシャルルドゴール空港を見た。
あの建物のどこかにあの人がいる。
あの人も永遠の旅行者だ。
いつか、また会うだろうか。
飛行機は離陸体制に入った。
さようなら あなたも幸運を
私は小さく手を振った。
近くにいた女の子が私にハンカチを貸してくれた。
その時私は自分が泣いていたことに気づいた。
続編書く予定です。一旦終了