THE FIFTH LETTER
なんだって、私がこんなことをしているのか。体中が筋肉痛・・・。
どうして運動神経のある人をスカウトしなかったのだろうか。
うううっ。あぁ・・。命綱にぶら下がる私。下には大男がいる。大男はさっきから一言だけ言葉を発している。
「もう一回!」
私はロッククライミングの研修を受けている。なんで?実践に役立つのか?まさかのミッションインポシブル?
断崖絶壁の所にでも行くのだろうか?そんなの、一瞬でラクになる道を選ぶよ。
限界・・と思ったとき、下に下された。ふぅーー。地上。私は地面にスリスリした。逆さまとか勘弁してよ。
私は大男に言った。
「どうして運動神経のある人をスカウトしなかったのかな?」
大男は大きく頷いた。大男は見かけは30、40代くらいに見えるが実際は20代らしい。
"らしい"というのは、私がいくつと聞いた質問に対し答えなかったので、30代?とかの質問に切り替えて
質問したら20代でコクンと頷いたから。
まぁいいんだけど。それに、初めてのテストに優しい言葉をかけてきてくれたから好感をもっていた。
が、この研修で鬼コーチに変貌し初期のころの印象はガラリと変わった。
体が痛い。私はその場に寝ころがると、大男は自分の上着を私にかけてくれた。優しいんだ。やっぱり。
それから軽くストレッチをすると命綱もつけずにクライミングを始めた。
その速さはスパイダーマンか?と思うほどだ。
あっけにとられた私は一瞬筋肉痛の痛みを忘れ、遥か上を見上げた。
あのレベルはちょいと無理よ。妥協も生き方の一つだよね。
私は再び寝ころがった。
そばにあったポカリを飲んだ。そろそろランチタイム。私は大男の彼が小さく見える遥か上に向かい、手を振った。
クライミングの研修はお昼で終わり。次は・・・私は研修スケジュールと書かれたシンプルなプリントを見た。
尾行!
探偵かよ!実践はちょっとした浮気調査に駆り出されるのか。それとも・・・。アレコレ考えていたら、肩をポンと叩かれた。肩たたきか・・まさかの解雇か?
まだ名前を聞いていなかった。大男が私の肩にポンと手を置いた。
「メシ行くぞ。」
女ってこういう言葉に弱い。ポッとしたのもつかの間、ついてきた先には店はなかった。ランチは何を食べるのだろうか?目の前には川が流れていた。
まさかの釣り?どんだけ野生的なコースだろうか。散々体を酷使した挙句、昼飯は自分で獲得しなければならないのか。
私は天を仰いだ。死んだというのに、何をさせているのだ・・神は私に。いや死んでいないのだけどね。
大きなカバンの中から釣竿、ルーア、ロッドなど釣り師が着ているベストのような物を出した。マジなのね。私は今日のランチは3時になるかもしれないと思った。
それと尾行は中止だと思い内心笑った。よし、釣りで時間を押してやる。私は、大男の見よう見まねで俄か釣り師になった。
最初は嫌々やっていたのだけど、こうして釣竿を垂らし川のせせらぎを聞きながら釣りをするのもいいものだと思った。
なんとも晴れやかだ。釣りにハマる人の気持ちが少しだけ分かった。
ぐぐっ・・
おおっ・昼飯だな!逃すものか、塩焼にしてやろう・・私は力を入れ引っ張った。
大男が傍に寄ってきた。なんともビギーナーズラック。中型の魚がかかった。なんていう魚かな?
バケツに入れて魚を見る。綺麗だ。これを食べるのか。なんか少しかわいそうな気がした。
でもこれがランチなのだからね。仕方がない・・。
大男もかかっていた。むこうはじゃんじゃん、かかっていた。
大漁じゃないか。これはゴハンが進むね。私はバケツの中の魚をどう料理するのか楽しみになった。
大男はバケツの魚をいくつか選んだ。私の釣った魚を見て、これはどうしようかなという顔をした。
手慣れた様子で大き目の石で円を縁取り中に小枝を入れ火をつけた。それから魚を手早くさばき、塩を振り串に刺し焼き始めた。これってさ、サバイバルだよね。ある意味。
釣りの道具があることが前提だけど、これは応用が利く。私は大男の動作を観察した。火のあたらない面を返し火にあてる。その目は生き生きしている。
大男はこれが大好きなのだ。私に教えているのではなく楽しんでいる。大男にとってこれは研修ではないのだ。でも私にはこういう事の方が正直勉強になる。
何というか、これまで大男がどのように生きてきたのかが少し垣間見えたような気がした。色々大変だったんだ。サバイバルが趣味かもしれないが。
もし、この男と一緒に住むとしたら、山だろうなと思った。だけど、マック食べたいよね。たまに。イヤ私は別に・・この男と住むとか考えていないし。
誰にも追求されないのに、一人で弁解を考えていると、大きな手が私に魚を持ってきた。
立派である。サバイバルの師匠と呼ばせていただくよ、今日から。
私はその魚を食べた。う、うまい!
私は空腹と空気の良さとサバイバルの師匠の男ぶりに叫んだ。サバイバルの師匠は笑った。晴れやかな笑顔だ。コイツ。あともう少しで私は惚れるよ。てか惚れた。言わないけど。
照れと旨いのとこれからの不安と入り混じったその焼き魚は、絶品だった。この時間に感謝をこめて、サバイバルの師匠にお礼を言った。
「本当に美味しかった。ありがとうございます。」
サバイバルの師匠は、次はオマエが作れと言った。指をさしているのは私の釣った魚。しかし時間があまりない。尾行の時間が。
「このあと別の研修があるんです。尾行の」
「知っている。近いよここから。晩飯はオマエが作れよ」
オマエとか。彼女的扱いですか?少しキラキラしそうになったのを私は抑えた。
「頑張ってみます。」
冷静に答えたものの、悩んだ。ネットにつながらないからクックパッド見れないよ・・。繋がったとしてもサバイバル料理がクックパッドにあるとは思えなかった。
私たちは散々焼魚三昧をし、ランチを終えた。できればゴハンが欲しかったな。材料の調達はできるのだろうか?しかし料理のアイデアが浮かんでいないので、材料を頼むことができない。
尾行の研修などそっちのけで、次の魚料理を考えていると目的地についたようだ。いったい誰がコーチなのだろうか・・。てか誰をここから尾行するのか?対象となる人がいない。
サバイバルの師匠は時計を見た。しばらく待っていると白い車が来た。もしかしてアレを尾行するのか?
「研修が始まったぞ。頑張ってこい」
サバイバルの師匠に結局名前を聞くことを忘れてしまった。当分の間私の中で彼のことはサバイバルの師匠と呼ぶことにしよう・・。そんなことは今はいいんだ。問題は、あの魚をどう料理すればいいんだ。・・・。気になって尾行どころではなくなりそうだ。
白い車から一人の男が降りてきた。あれは・・・・。
人事採用課のムカツクイケメン野郎だ。アイツが尾行の専門なのか・・。相変わらず白衣を着ている。なぜ?つかつか私の方を歩いてきた。
相変わらずのイケメンだなぁ。と思っていると急に抱きしめられた。これは不意打ち。今の私はサバイバルの師匠がいるんだよ。今頃、モテ期が来たのか?遅すぎ・・・。
と思っていると首のあたりをチクリと痛みが走った。
コイツ確か前も・・・と思っていると意識が遠のくのが分かった。
場所移動にいちいち打つなよ・・。地域を特定されてはマズイのか。私は力が抜け倒れるのが分かった。
そこから先は分からない。
次に目覚めるのなら、とりあえずマックでチーズバーガ食べたいな。その前にサバイバルの師匠に作る料理を検索しなきゃ・・・。