THE FOURTH LETTER
何か音が聞こえる。音楽か?チクッと刺された。目を覚ました。私はイスに座っていた。目の前に白衣を着た男が座っている。なぜかサングラスをしている。医者なのか?
「君は今日死んだんだ。」
棒読みのようなフレーズでこう言った。へぇーー。死んだんだ・・って。生きているんだけどね。
「今日は、君のお葬式なんだ。見てごらん。」
男はそう言って、パソコンの画面をこちらに向けた。確かに葬儀の模様が映しだされている。
ありゃ、私の遺影がある。っておい!チョイ待て。写真は事前に指定させて欲しかった。遺影フォルダがあるんだ実は。遺言を書いておくべきだった。
驚きながらもこんなことを考えてしまう自分の能天気さに呆れる。まったく。
両親は・・母は茫然としている。父はいない。まさか自殺しないだろうな。
会社の人たちが映っていた。えっ・・会社の人いたんだ。あの時いなかったのに。
私の驚きを察知したのか、男は私に1枚の写真を見せた。私に雰囲気の似た女性。背格好も似ている。
「君が会社に来た時、誰もいなかっただろう。あの時君はもう、死んでいたんだよ。
情報操作さ。身元不明の良く似た人間の死体を探しておいたんだ。会社の人は駆けつけていて誰もいなかった。
全員きてもらう必要があったからね。まぁこの仕事をやる場合はこうしているんだ。」
平然と言った。人材を採用するには、身代わりを用意するということか。映画まんまなのね。少し失望した。それと、誰かの思想なのか目的のためにこうした組織を作って人の人生をめちゃくちゃにするのが横行しているのに腹が立った。死を宣告したなら、ラクに死なせて欲しいよ。まったく。
私は一つの仮説を思いついた。それは、何等かの事情で死体を隠さなければならない時、プロならどうするのか。木は森へ隠すというのがあるが、これは番外編としてありなのかもしれない。この男に直接聞いてみよう。
「人の人生を勝手に決めないでよ。本当は身元不明の死体を隠すためにやったんでしょ。」
男は驚いた顔をした。
「バカいうじゃない。身元不明の死体を隠すためにやるんなら、こんなことはしないよ。それに君はよく言っていたじゃない。あーあー死にたいなってね。」
男は私の声マネをして言った。どういうふうに隠すのか。多分薬剤を使い完全に溶かすとかするのか。ニキータという映画で掃除屋が使っていた。
しかしまぁ一般人の盗聴もやるなんて、どんだけだよこの組織・・。
「誰だって言うよ。ツライときに。本心じゃない。」
実は本心だったりしてた。本当は毎日思っていたりする。
男はサングラスをとった。イケメンだった。男は顔を私に近づけ、
「君はこれまでにね、2000回以上死にたいって言ってるんだよ。ここまで言われたなら、こちらの第一選考はパスしたも同然だよ。」
選考をお願いしたつもりはないし、なんで私がリストアップされなければならないのか。無性に腹が立った。私は男をにらみつけ。ちきしょー。このシチュエーションで会いたくなかったよ・・と思いつつ。言った。
「そんなに言っていたの。本心ととらえられても仕方ないわね・・・でも盗聴するなんてヒマなのね。」
「オレが盗聴しろなんて指示は出していないよ。そういうことやる部署が別にいるんだよ。俺たちはその第一選考でパスした人間をさらに選考するんだ。それから、適正を見る。」
ということは、この男は人事・採用課といったところか。
しかし、ずいぶんとヌルイんじゃないかな。この採用方法・・・。
「なるほど。アナタのボスはいるの?一番のボスは誰かしら?」
「まぁ、そのうち会いに来るよ。」
「それで、私のような死んだ人間をあなたがたはどうするわけ?」
「言っておくが、君には断る権限はないからね。君にある任務をお願いしたい。」
任務って・・。私が任務って、おかしくない?
私なら、アスリートのような体力ある人間を採用するけどな。
罰ゲームみたいだ。
「まさか。映画じゃあるまいし。私は走るの遅いから。」
「君には標的になってもらう。」
死んでまた死ぬのか。なんとういう人生だろう。
これでは成仏できないなぁ。死んだら、コイツ呪ってやる・・。
「いわゆるオトリってこと?それで用が済んだら、殺されるのね」
「ばかな。殺しはしないよ。ただ、生きている限り、任務は続くよ。
それに、ターゲットをおびき寄せるために使う。」
なるほど、要はエサってことね。
しかし私に釣られるターゲットって誰がいるんだろうね。
体を張った見返りはあるのだろうか?
それ相応のものが欲しい。
「給与はでるんですか?」
この状況でこの質問はアホだと思われるだろうけど、どう思われてもいいんだ。買い物とかしたいしね。派手に使ってみたいよ一度くらい。
案の定、男は笑った。
「君はずいぶんと余裕があるね。給与というか、金には不自由はさせないよ。欲しいモノがあれば言えばいい。署名捺印はいらないよ。」
笑いながら言った。笑えばいいよ。会社勤めをやっていると気になるよ。
「それに、どこにでも住んでもいいんだ。任務が終われば、休暇を与える。ただし、休暇中にも任務が発生する場合もある。逃げることはできないよ。常に監視しているから。」
真綿で首しめられる感覚かぁ。
「悲しまなくていい。我々は全員君と同じ境遇だよ」
境遇といってもレベルがちがうよ・・・。アンタは人事・採用課だろう。値踏みして適当によろしくできてうらやましいよ。私は常に銃を向けられる立場なんだから。思いっきりこの男をビンタしたい気持ちにかられたが、我慢した。要はここにいる人達はどこかわからん組織の諜報活動の一部に加えられたわけか。私は周りにいる人を観察した。なんとういうか普通だった。
どこにでもいそうな感じの人。一般人。特徴がありそうでない。
標的に向いてそうだ・・・って私もか。
「質問してもいいかしら?」
私は男の目を見据えるようにその男に言った。
「どうぞっ」
男は大げさに言った。
「なぜ私が選ばれたのかしら?」
男は笑った。
「君を選んだ理由は特にないよ。まぁ見た感じ普通だしね。ただ、普通というのはこの仕事の上で大事なことだ。」
男は続けて、ペラペラを話す。私が口を挿む余裕も与えない。
「目立つのが必要な場合は他の人選があるし、要所要所適切な人材が必要なんだよ。まぁ、今回の仕事は初めてだから、比較的ラクなのを用意したから。それでね。君には面倒なことは一切させないつもりだから。」
私は、うなづいた。人選って何よ。人の容姿についてオマエは語る資格は・・・ある。とりあえずイケメンだから。だけど腹立つコイツ。
いつか、グーで殴ってやる・・・。
「殺されることもあるのかしら」
男は顔を曇らせた。
「それは生きていたとしても同じことだよ。運が悪ければ、そういうこともある。オレもね」
「そう」
私は、少し頭を整理させたかった。あれを聞かなければならない。9枚の白紙。
「9枚の白紙に意味はあったの?」
男は笑った。
「あれは第二選考だよ。君はあの意味が分からなかったみたいだね。あの意味が分かっていたら、オレと同じ立場になれたかもしれないなぁ」
そうなんだ。テストか。不正解だったから、マトになったのか。
どういう対処が望ましかったのか。それなら1日有休使って考えたのに。
「正解はなんだったの?」
「それはね・・・。あっ、試験だから問題が漏えいするとマズイから教えないよ。」
男は笑って言った。漏えいとか。誰に教えるというんだ。
アホじゃね・・コイツ。多分・・・・答え知らないんだ。
「わかったわ」
私はおとなしく答えた。ここはこう言っておこう。私は溜息をつき、
「休みたいわ。部屋に帰ってもいい?」
男は時間を見て笑顔で
「どうぞ」
と言った。
あーー疲れた。なんか本当に疲れたよ。私は、ドアを開けさっきの部屋に戻ろうとした。
え?
ドアを開けると街の裏道に出た。ええーっ。なに、コレ。何の説明もなく、外に放り出されたみたいじゃない。事前説明ないし、これはどういう・・。私はむかついた。しかし、外に出たいなと内心思っていたのでこれはこれでいいかもしれない。私は街の雰囲気をみた。なんか異国の雰囲気な。ここどこだろう?あっとその前に今の自分の恰好が気になった。たしか、病院の患者みたいな恰好・・思い出せない。
私はカジュアルなシャツ・パンツのコーデだった。まぁ悪くない。いつの間に誰が着せたのか・・。これならまぁいいいか。私は街を散策することにした。歩くにつれて次第に状況が分かってきた。ここは。・・日本じゃない。バカな・・げーっ・・どうすんの。もしかして、もう任務が始まっているのか・・。私は、とりあえず洋服屋さんに入った。
店員が近付いてきた。
英語だ・・・とりあえず、少しは分かる。
私は、適当に店内を見ながら、鏡をさがした。自分の姿がどんな格好しているのか見たかったからだ。私は・・・ちょ・・別人。髪は暗めのブラウンのストレートだったが明るめのブラウンになっている。気のせいか少し短く軽くウェーブががかっている。メイクもいつの間にだれがしたのか・・。あ、人事のヤツが来る前かな多分。まぁ・・とりあえず、綺麗に見えるぞ。記念に写真を撮ろうか・・。次の遺影用に。
そういえば、アイツ・金には不自由させないって言ってたよね・・服買おうかな・・。私は店員に自分のサイズの服をいくつか見せてもらえないか聞いた。
彼女は無表情にうなづいた。
愛想ワルッ・・・
彼女は3点ほどトップス・ボトムを持ってきた。彼女はその時小さな紙を私に渡したそして、
「黄色のトップスとブラウンのパンツに着替えて、裏口から出なさい。ドアがある。フィッティングルームはあっち」
彼女は日本語で言った。最初から日本語で言えばいいのに。やっぱミッションなのね。マジなの?もう仕事かよ。心の準備ができていない・・・が時間もないだろう。私は、言われた通りの服を持ってフィッティングルームに入った。なるほど、あらかじめ私に合うようにサイズ調整されている。意外に似合う。なかなかセンスいい店員だ。っていうか仲間なのか。
自分のこれからの人生・・どうなるんだろう。不安だけどスリリングな世界は刺激的だ。とりあえず。ベストを尽くす。不本意な仕事でも。私は死にそして生まれ変わった。まぁ、あの男はきれい事言っていたけど、結局標的だから死ぬ確率高そうだけど。
彼女が渡した紙には住所が書かれていた。ここに行けということか。丁度タクシーが止まっていた。私はタクシーに乗り込み、住所を運転手に見せた。
タクシーは勢いよく走り始めた。
住所の場所に到着し私が降りようとするとタクシーの運転手が日本語で言った。
「301号 ミッシェルと仲良く話をするんだ。窓に背を向けるな。グッドラック!」
唖然とする私を残し、タクシーは足早に去って行った。やっぱりマトのミッションか。防弾チョッキ準備してくれれば良かったのに。あの服屋の店員め・・・。死んだら呪ってやる。私って執念深いんだー。この状況で意外な自分の一面を再確認した。いかんいかん。仕事。私は建物に入りエレベータに乗る。3Fか・・。エレベータが止まった。
301号・・・ここか。
ミッシェルだっけ・・・。これで死ぬのなら、せめてイケメンじゃないと呪ってやる・・。私はノックをした。しばらくして足音がし、ドアが開いた。
私は驚いた・・・。元彼ではないか・・。いや違う。似てるな・・。
ミッシェルとか・・・。トイレのスリッパで殴り倒したいよ。コイツ元彼なら。思い出したくない過去を突き付けられたカンジで始末悪い。がここは仕事。私は素知らぬ顔をしてとりあえず、英語で言った。
「あなた、ミッシェルなの?」
「イヤ違うよ・・・君誰かに似てるな・・。」
「ミッシェルはどこ?」
「ミッシェルってヤツ2Fにいたような気がする」
「間違えたようね・・ゴメンナサイ。」
私は去ろうとした・・。元彼似の男は
「君・・どうしてココにいるの?俺のこと知っている?」
「何の事?」
私はギクッとした。もしかしてコイツ元彼なんじゃ・・
「イヤ人間違いだったようだ。」
「失礼するわ」
あとで考えよう。今は仕事に集中しなきゃ。私は2Fに行った。301号がもし違うとすると、ここをシラミ潰しにすればいいのか・・。気が遠くなりそうだ。私はとりあえず、201に行ってみた。誰もいないようだ。次202・・。
その時エレベータが3Fに上がっていった。アイツ、ミッシェルをかくまっていたんだ。あの時無理しても部屋に入った方が良かったのかな。後悔しても始まらない。エレベータは3Fに止まり下に降りてくる。
1Fに降りていく。どうしよう・・・。
私は、1Fに階段で向かった。足が遅いので相手に会えば運がいい方だ。
1Fだ。エレベータが開いた。金髪の男が出てきた。私は、叫んだ。ミッシェル!
男は振り向いた。
「エルザか?」
ミッシェルらしき男はこっちを見た。善良そうに見える。私をエルザって人と勘違いしている・・まぁいい。この際エルザでもなんでもなってやる。
「そうよ。どこいくの?」
「これを持っていてくれ。」
ミッシェルは私に封筒を差し出した。私はその封筒を受け取った。
その瞬間銃声がした。
撃たれたのは、ミッシェルだった。ミッシェルが撃たれた時少し血が飛び散り、私の顔にかかった。
い、今の・・私の傍で殺人があったの?
私は、ペタンと力が抜け座りこんでしまった。
彼の変わりに撃たれれば良かったのか・・
でも、生きている間誰かの変わりに撃たれるなんてイヤだ。
でも、目の前の人が撃たれるのはやはりイヤだ。
ごめんねミッシェル。
全然知らない人だ。ミッシェルは。私の感情はどうだろう。混乱している。
泣きたいのだが、冷静でいなければとりあえず今は。
ミッシェルは倒れている。多分死んでいる。こんな間近に人が死ぬのを見るのは初めてで、どうしていいのかわからない。立場上警察を呼ぶべきなのか・・。あの男は助けにくるのだろうか?多分、何等かのメッセージはくるだろうけど。
メッセージか。
私はミッシェルからもらった封筒を見た。これは何等かのメッセージだろうけど、ここでもまたコレをもらうんだ。でもさずがに白紙ではないだろう。
もうすぐパトカーが来る。誰か通報したに違いない。人だかりができてきた。
その時ヨロヨロと歩いてきた老人がいた。老人は突然叫んだ。人だかりは老人の方に目を向いた瞬間、バンから大男が降りてきた。
大男が私を軽々と抱え、バンに乗った。
しばらくして、老人は何事もなかったように、その場を立ち去った。
バンの中で私は泣いていた。それは助けられた安堵ともいうべきだろうか。
それとも、動揺から感情をコントロールできずに泣くことで精神のバランスを取ろうとしたのか、分からない。
最初はみんなこうなのかな。あの男は比較的ラクな仕事を用意したとかって言っていたけど、十分きついよ。私はバンの中で声を出して泣いた。泣きながら封筒を見た。宛て名は書いていない。
封筒の中を見た。
封筒には1通手紙が入っていた。
手紙にはこう書いてあった。
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ようこそ我チームへ
期待以上の成果でしたが、今後みっちり訓練しますから覚悟してね。
以下総評。
・特に指示はしていないが、適正がある。
・路上での条件反射 良い
・洋服屋での対応 良い
・ターゲットまでの行動 少し遅い 基礎体力をつけること
・条件反射 良い 元彼似の男に会っても平然としていて良かった。
・エレベータの読み 良いが、基礎体力をつけること
・ターゲットに対する対応 良い エルザになっていたのが良かった
・無理に相手を庇う必要はないが、できるだけ助けるようにすること。
審査結果 合格 専任コーチにつき研修を受けること
審査 ミッシェル・G
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ミッシェル。死んでなかったのか!しかも、審査していたのか・・・。
しかし、さすがだ。真に迫った演技だった。わかんなかったよ。
元彼・・じゃなかったか・・ほっ。
私はさっきまで大声で泣いていたのに、ゲラゲラ笑っていた。周りには洋服屋の店員・大男もいた。タクシーの運転手はバンを運転していた。
彼らも笑っていた。大男は私の頭を掴んで
「怖かったろ・・」
と言った。
突然のミッション・そしてこのシチュエーションで人は簡単に恋に落ちるものなのか?
極限状態の恋愛は長続きしない・・。
そうだよね。夢は覚める。いや私の場合は覚めないかもしれない。
現実がこうなんだから。
しかし、銃を向けられそうな立場になるわけだし、正直次のミッションで死ぬかもしれない。しかし、予想外にキツイ。
並みの体力では追いつかないかもしれない。
なんでスカウトされたのか不思議だ。
しかし、それだからこそ、成功した時の刺激が快感なのか。
この生活は私はいつまで続けられるのか自信はない。
何かの間違いでここにいると思いたい。
すぐ隣にいるこの男が唯一頼りになる存在かもしれないと思った。
彼は明るく見えるが、時折見せるその表情には何か暗い影を感じた。
彼に限らず、周りの多くはそういう影を感じる。
いづれ私もその影を背負って生きていくのだろうと思った。
決して幸せではない。そして、めちゃくちゃ不幸でもない。
私は1度死にそして私として生きている。その存在を知る者はこの人たちしかいない。
さっきの男が私に言った。
「何考えてる?」
「やっていけるのかなぁって」
「やっていくしかないだろ。」
「そうだよね。」
「お前があのまま生活していても同じように思っていたろうよ」
「そうだね。どの世界に生きても、考えることはそれほど変わらないんだね」
「ま、あんまり深く考えないことだ。」
私はコクンとうなづいた。
車は郊外に向かって走っていた。日が沈みかかっている。
窓から少し風が入ってきた。
同じだけど、違う。なんだか空虚だ。取り残された感じだ。