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塞の守り人  作者: 里桜
第四章
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三十二 東京支部 その二

「どうしてあなたは石神を裏切った? なぜ世界を破滅させるような所業に手を貸している?」

 怒りのこもった信太の言葉に、実篤はあざ笑うかのようにして目を細めた。

「この世界に、守るべき価値を見いだせなくなったからだ」

 実篤の言葉に、信太は呆れたような表情で首を振る。

「守るべき価値? 何を言っているのです」

「では聞くが、お前は今の社会を肯定できるのか? 『神』を見失い、ただ自分の損得しか眼中にない、信念も理想も何も持たないくだらない人間ばかりが溢れかえるこの世の中を」

 実篤は、冷めた目を信太に向けていた。

「かつて日本人は、八百万の神々とともに在った。万物に『神』の姿を見出し、敬い、共存してきた。しかし西洋化が進むにつれ、日本人の心から、身近な物に宿る目に見えざるものを敬い大切にする心が消えていった。近代化、合理化、効率主義――――。西洋のもっともらしい考え方が浸透してゆくにつれ、日本人は変節していったのだ。全ては信仰を忘れ、西洋の啓示宗教的考え方に毒されていった結果だ」

 実篤は吐き捨てるように言って続ける。

「今この世界の大半を占めている信仰――――三大宗教は、全て特定の創唱者が得た啓示や悟りなどが教義となり、経典が作られ教団を形成している。俗にいう啓示宗教ばかりだ。我々石神の信奉する、いわゆるアミニズムとは、その性質を大きく異にしている。啓示宗教は、本来の信仰の意味を履き違え、自分たちの勢力を拡大することのみに重点を置いている。己の信奉する宗派の教義のみを正義とし、教義に合わない信仰は異端とみなして排斥する。そしてアミニズムを未熟な原始宗教と烙印を押し強制的に排除した。中世に横行した魔女裁判を思い出してみろ。あれが啓示宗教のやり方だ」

 実篤は饒舌に続ける。

「啓示宗教は、目に見えざる霊的な存在の一切を否定し、己の信仰する教義の理論化、体系化のみに腐心した。結果、不要な宗教儀式や行事を産みだし、信仰というものをどんどんと形式的なものへと変えていった。今や巷に溢れかえっているのは、変節された偏狭な信仰心ばかりだ。他宗教の排除を目的とする武力行使を肯定し、権力や物理的な力によって、ただ人々に改宗を迫る。教義で愛や慈悲を説きつつも、一方で、他宗教を信奉する信者へは慈悲のかけらも持たない。拾い集めたような教義のみを絶対化し、ただ説き伏せ、人々から思考力を奪った結果、人はそんな簡単な矛盾にすら疑問を抱くことはなくなった。それは今の日本人の姿に大いに重なる」

 実篤の目には、底知れぬ闇が宿っていた。

「日本人は、いつしか自分で考える力を失ってしまった。理想や信念を持たず、安易に他人の考えに流されるだけになった。報道がほんの一時取り沙汰する話題に群がっては、弄び、飽きたらすぐに忘れ去る。生きることに躓けば、無思考のままただ他人の考えに縋り、教えられる言葉を鵜呑みにするだけ。物事がうまくいかなければ、自己を顧みることなく、全て他人が原因であると決めつける。考えが合わなければ、理解しようともせず、ただ言葉を弄して攻撃的に排除する。他人の考えに拠るばかりの、無責任で無節操な風潮が蔓延するこの世の中を、お前は肯定できるのか?」

 信太はあきれ返った様子で実篤を見返した。

「あなたは間違っておられる。確かにあなたのおっしゃるような風潮が世間に横行していることは認めましょう。あなたが『守るべき価値を見いだせなくなった』と考えるのもあなたの自由です。しかし、あなたのそのお考えもまた偏狭と言わざるを得ない。かつての日本にも、踏絵のように異教を弾圧する下地は存在していた。それに、今の世の中にも心ある人は存在している。あなたの理屈が、石神に仇を為し、世界に危険をもたらすような行為を正当化する根拠にはならない。断じてあなた個人の価値観だけで判じるべき問題ではない」

 刹那、実篤の持つ銃口が火を噴き、鼓膜を震わすような乾いた音が響き渡る。

 銃口は、ほんの少しだけ信太から逸らされ、銃弾は信太の足元に着弾していた。

 信太は長いため息を吐き出す。

「そして、今のあなたのやり方もまた、あなたの嫌悪している『啓示宗教』とやらのやり方に酷似しているとは思いませんか?」

「うるさい! 黙れ! お前の小賢しい屁理屈を聞くつもりはない。今の世の中は間違っているのだ。間違った世界が壊れたところで何の問題がある? 破壊の後に世界は再生し、その時こそ真に正しい世界が創造される。再生のための破壊を行って何が悪い」

 狂気を纏った実篤の言葉に、弓削が苦しげな息の下で問い返した。

「真に正しい世界? いったい何をもって正しいと判ずるつもりです。どうやらあなたは、愚にもつかぬ妄想に取りつかれているようですな」

 すると再び乾いた音が鳴り響く。もう一度床に向けて銃口が火を噴いた。

「神―――すなわち霊的存在を崇拝せず、教祖や聖職者を崇拝することが正しい信仰か? 我々の信ずる、目に見えざる万物に宿る神々は、低俗な迷信にすぎないのか? なぜ我々は、世界の片隅に追いやられながら、この腐った世界を守らねばならん? 無知ゆえに、知らずに罪を重ねていく咎人たちは、そろそろ己の過ちに気付くべきだ。そうは思わぬか?」

 実篤の問いかけに信太は首を横に振った。

「思いませんな」

「なんだと?」

「あなたのお考えに納得できる部分は大いにあります。しかし無知なる人々を咎人と決めつけ、排除しようとするやり方は、まさしくあなたが嫌っている啓示宗教のやり方と何ら変わりない。あなたもまた間違っておられるのですよ」

 信太の言葉にうなずき、弓削も口を開く。

「何よりあなたは、ご自身が忌避している信仰の信奉者と手を組み、今回の愚挙を行っている。あなたの行為には矛盾だらけだ」

 再び銃口が火を噴いた。

「私は奴らを利用してやっているまでだ。手を組んだ覚えはない」

「詭弁ですな。現にあなたは得体の知れぬ外国人たちを手引きし、神宝を奪わせている。もはやあなたには、己の信念を語る資格などない」

 痛烈な信太の批判に、実篤は激昂する。

「黙れ! お前たちの小賢しい言いぐさなど聞く耳持たん!」

 信太はまっすぐに実篤を見た。

「己の考えだけが正しいのだと押し付けるのは暴論です。我々の為すべきことは、お互いの考えを理解し合い、妥協点を見つけることです。考えの違う相手を、ただ排除するだけでは何の解決にもならない。むしろ新たな争いの火種を作るだけです」

「黙れと言っている!」

「いいえ黙りません。あなたの偏狭な考えのために、数多の人々が危険にさらされている。黙ることなどできません」

 実篤はギリリと歯を噛みしめ、銃口が信太へと向かう。

 気付いた弓削が、悲鳴のような声をあげた。

「信太さん!」

 実篤が引き金にかけた指に力を入れたその時――――。

 実篤の体に突進する人影があった。土岐である。


 土岐は、背後から実篤の体に体当たりをくらわした。

 同時に、つんざくような銃声が辺りに響き渡った。

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