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塞の守り人  作者: 里桜
第四章
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二十九 神田 その一

 冴月と怜治が足早に移動する中、少し離れた後ろを沙織がついて歩いていた。

 二人は沙織の歩調を気にとめる様子もなく、瓦礫の散乱する悪路を軽やかに移動する。

 対して沙織は、肩で息をしながら必死で後を追っていた。

 新宿から大手町までは徒歩で移動している。その時の疲労が着実に蓄積されているようで、沙織の足元はいよいよおぼつかなくなっていた。

「待って…くださいっ!」

 乱れた息の下で、沙織は必死に声をあげる。

 しかし、怜治も冴月も振り返ることはなかった。歩調すら緩めることはない。

 沙織は悔しそうに唇を噛みしめた。

 しばらくすると、怜治が立ち止まって辺りを見回す。

「商長君の話では、この辺りにあるはずですが…」

「たぶんあれだろう」

 冴月が路肩に止められているバイクを指さした。

 冴月は足早にバイクに移動し、キーを差し込んで回す。するとエンジンがかかった。

「よかった。正解のようですね」

 怜治がシートに座り、冴月は草薙剣の入った箱を持ってタンデムシートに座る。

 そこに沙織が追い付き、必死の形相で声をあげた。

「冴月様! どうか沙織もお連れ下さい!」

 冴月は冷たいまなざしを沙織に向ける。

「お前は連れて行かないと言っておいたはずだ。父上の元に戻るもよし。他に行く当てがないのなら、将門塚にでも戻ってそこで待機していろ」

「嫌です! なんで日向の居る場所になど戻らなければならないのですか! 沙織は冴月様のお側に居たいのです!」

 怜治が深いため息を吐き出した。

「どうしてもついて来たいのでしたら、神田まで歩くしかないのでは? 歩いていけない距離ではないでしょう」

 すると沙織が、恐ろしい形相で怜治を睨みつける。

「お前がバイクを降り、歩いて移動しなさい。沙織が冴月様と一緒に参るのです」

 怜治は冷たい表情で冴月を振り返った。

「どうしますか?」

「もう出せ」

 冴月は短く返す。

「冴月様!?」

 驚く沙織を尻目に、怜治は軽く肩をすくめてヘルメットを被った。そのままバイクを走らせはじめる。

「待ってください、冴月様!」

 沙織は、よろめくようにして二、三歩後を追ったが、怜治の運転するバイクは止まることなくそのまま走り去ってしまった。

 沙織は呆然と立ち尽くす。

 二人の乗ったバイクは、みるみるうちに遠ざかっていった。



 四方田の運転するバイクは、新橋付近で止まっていた。

 宿主が一般人に襲い掛かっているところに遭遇したため、見過ごすことができず、四方田と水箏の二人は()を払うことになっていたのだ。

 水箏が石笛で手際よく()を祓うと、すかさず四方田が()を浄化する。

 しかし、再び移動を開始すると、またしても宿主に遭遇し、道のりは遅々として進まなかった。

「これも地震の影響なのかしら…」

 水箏がひとり言を小さく呟く。

 その声を耳に拾った四方田は水箏を振り返った。

「そうだな。地震によって塞が壊れ、おそらくそれらの隧道から()が逃げ出しているんだろう。東北の震災の時もそうだった」

 不意打ちでかけられた言葉に、水箏は表情を硬くする。

 水箏が言葉を返すことなく無言でいると、四方田がさらに言葉を続けた。

「なんだ、まだ何か怒ってるのか? ずいぶんと嫌われたようだが、俺が何かしたか?」

 気軽な様子で問いかけてくる四方田を、水箏は真正面からじっと見返す。

 乾いた唇を舌で湿らせると、水箏は口を開いた。

「実は私、あなたに聞きたいことがあったの」

「聞きたいこと?」

「そう。どうして四方田さんは、常陸の神宝が奪われた時に、常陸の拠点に居たの?」

 四方田はいつの間にか表情を消し、無言で水箏を見返している。

 水箏はなおも続けた。

「それに、武蔵の神宝が奪われたことを知っていたくせに、武蔵に着くギリギリまで私たちにその情報を知らせてくれなかったのは何故?」

 四方田は相変わらず無言のままだ。

 水箏はそこで一度言葉を切り、深呼吸を一つすると、鋭い眼差しで四方田を見た。

「何より、私があなたを疑っていること気付いてるわよね? にもかかわらず、こうして私の提案にのったのはどうして?」

 四方田は応えない。

 しかしその表情は一変していた。悪意のこもった陰惨な笑みを浮かべ、ギラギラと暗く輝く眼差しで水箏を見据えている。

 やがて四方田は、くつくつと低く喉を鳴らして口を開いた。

「こうして提案にのったのは、お前を先に始末するためだよ」

 言うが早いか、四方田は一気に間合いを詰めて攻撃を仕掛けてきた。



 冴月と怜治は、程なくして神田に到着していた。

 ブラウエ・ゾンネビルの周囲には数人の鬼がおり、群がる宿主たちから()を祓い浄化を行っている。

 冴月と怜治は、すぐさまバイクを降り助勢をはじめた。

 大方の()を排除すると、怜治は先に居た鬼に声をかける。

「いったい何が起こっているんです?」

「俺にもわからん」

 声をかけられた鬼の男は、疲労の色濃い表情で首を横に振った。

 男の話では、この神田のブラウエ・ゾンネビルは昨日から無人で、彼らは監視を担当していたのだが、地震後しばらくして宿主が出没するようになったようである。

「ビルの内部の確認はしてあるんですか?」

「それが…」

 男は言いよどむ。

 実は地震の直前に電話があり、ビルの中には指示があるまで立ち入ってはいけないと連絡を受けていたようなのである。

 怜治は怪訝な表情をした。

「その指示は誰からあった」

 冴月が能面のような表情で男に問いただす。

 男は戸惑った様子で口を開いた。

「物部の御宗家である物部実篤(さねあつ)様です」

 男の答えに怜治は冴月を振り返る。

「どうやらお父上の御指示のようですね。ビルに立ち入るなとは、いったいどういうことでしょう」

 冴月は、無言のまま強く拳を握りしめていた。怒りを宿した視線で、目の前にあるブラウエ・ゾンネビルを見上げる。

 ビルは地震の影響でかなり破損していた。窓ガラスは割れ、外壁にひびも入っている。

 割れた窓ガラスの内側では、風にあおられカーテンがゆらゆらとはためいていた。

 冴月は不意に歩き出した。

「冴月さん?」

 怜治が声をかけるが、冴月は無言のままビルへと向かう。

 怜治もまた冴月の後を追いかけ、二人は明かりの消えたブラウエ・ゾンネビルの内部へと消えていった。


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