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塞の守り人  作者: 里桜
第四章
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二十八 大手町 その十一

 沙織は唇を噛み、憤怒の形相で日向を睨みつけている。

 気付いた亮は、半眼になって沙織を見つめた。沙織の動向を注意深く窺っている様子だ。

 冴月も沙織の様子には気付いているようで、沙織が何か口を開く前に日向の頬から手を放し頭に乗せる。そして安心させるようにポンポンと叩くと立ち上がった。

 日向はその姿を目で追う。

 冴月は、そのまま踵を返して怜治を見た。

「行こう」

 怜治は頷き、二人は歩き出す。

 日向は立ち上がってその背中を見送った。

「どうかご無事で…」

 祈るように呟くと、沙織が憎悪の眼差しで日向を睨みつける。

「冴月様の身を案じるのは、沙織の役目です。お前が出しゃばる事ではない!」

 敵意をむき出しの言葉を投げつけられ、日向は表情をこわばらせた。

「申し訳ありませ――――」

 しかし、その言葉を沙織の怒声が遮る。

「お前は、自分の立場というものがわかっていないようね。分をわきまえよ! 甕様という者がありながら、冴月様にまで媚を売ったりして…汚らわしい!」

「そんな! 僕はそんなつもりじゃ――――」

「黙りなさい! もう二度と冴月様に近寄らないで! お前の顔など見たくもない!」

 日向は息を詰めた。

 沙織は言い捨てると、すぐに冴月の後を追いはじめる。

 怜治は、沙織の一連の行為を目の当たりにし不快気に眉をひそめたが、冴月は冷たさをはらんだ表情のまま無言で歩き続ける。

「冴月様、お待ちください!」

 沙織が声をかけても立ち止まることはなかった。むしろ歩みを速める。

 冴月が日向を庇えば、沙織の日向への感情が悪化するのは目に見えていた。だから、少しでも沙織を日向から遠ざけようと、冴月は歩みを速めているのだ。

 怜治は、軽く頬が見える程度に背後を振り返り、追ってくる沙織を確認すると嘆息した。

「ついてこられるのは甚だ厄介ですが、ここに置いていくのも厄介。全く頭の痛い人ですね」

 怜治の不平には答えず、冴月はまっすぐ前を向いて歩き続ける。

 その表情には、何か決意のようなものが宿っていた。



 良蔵と火織は、少し離れた場所で日向と沙織のやり取りを見守っていた。

 沙織の怒声を聞いて、良蔵が寒気を覚えたように首をすくめる。

「っとに女ってのはおっかねえなあ」

「女を全部ひとくくりにするのはどうかと思うけどな。たぶんあいつが特別なんじゃね?」

 すると良蔵は、憐れむように火織を見た。

「火織、お前は女を見る目がないからなあ。女ってのは、とどのつまりみんなあんなだぞ。最初だけは殊勝な振りするんだよ。けどな、じきに表す本性は、みんなあんな感じだ。女はこえーぞ」

 火織の方でもまた良蔵に憐れんだ目を向ける。

「りょーちゃんは女運が悪いからな――――でっ!」

 良蔵は、すかさずスパンと火織の頭をはたいた。

「良蔵さんと呼べっていつも言ってんだろうが。水箏のまねすんな!」

 軽口をたたいていた火織だったが、『水箏』の言葉を聞いて表情が真面目なものに変わる。

「あのさ、ちょっと相談があるんだけど。みーたんのことで」

 良蔵も火織の真面目な様子を察知し、真剣な表情に変わった。

「なんだ? 水箏がどうかしたのか?」

 火織は硬い表情で頷く。

「実はみーたん、今、四方田さんと東京支部に向かってるんだ」

 良蔵は片眉を跳ねあげた。

「東京支部に? つか、なんで眞さんが東京にいるんだよ。あの人は今、武蔵にいるはずだろ?」

「そこはまあ色々あってさ…」

 火織は、常陸から東京に来るに至ったこれまでの経緯を良蔵に説明する。

 そして修也が内通者の存在を指摘したことや、水箏が内通者を四方田と見ていることなどを説明し、火織自身も四方田が内通者ではないかと疑っている旨を告げた。

 すると良蔵は信じられないとばかりの表情に変わる。

「おいおい、お前たちが東京に来た経緯はわかったが、眞さんが内通者ってのは俺には承知できねえ話だな。あの人はそんな人間じゃねえよ」

「でも俺はみーたんの勘を信じてる」

 火織は間髪入れずに言葉を返した。

 二人は真っ向から見合ったまま黙り込む。

 やがて良蔵が息を吐き出した。

「確かに水箏には神託の素養があるよ。それは俺も知ってる。けどな、俺は眞さんとの付き合いが長い。だから、あの人が仲間を売るような人間じゃねえことを知ってる。それは俺が保証する」

 火織は、少し考えるそぶりを見せた。

「別に良蔵サンの言う事疑うわけじゃねえんだけど…でも、俺も四方田さんの態度には、なんか引っ掛かりを覚えてるんだよな。うまく説明できねえけど…」

 良蔵は眉間にしわを寄せて黙り込む。

 火織は顔をあげて良蔵を見た。

「なあ良蔵サン、確か四方田さんて石神本部に所属してて、長い間諏訪に居た人だよな。なんで今は武蔵に居るんだ? あの人、まだ隠居するような年じゃねえだろ?」

 良蔵は自分の顎を撫でる。

「俺も最近知ったばかりで詳しくは知らねえんだが、どうも体を壊したらしい。それで第一線から退いて、今は故郷の武蔵で療養しているそうだ」

「なんだよ、人柄を保証するってわりには、その辺りの情報を良く知らねえっておかしくね?」

 良蔵は肩をすくめる。

「仕方ないだろ、最近会ってなかったんだから。ついこの前五年ぶりに再会したばっかりなんだよ」

 火織は目を見開いた。

「はあ!? 五年も会ってなかったのかよ!? なんだよ、全然仲良くなんかねえじゃん」

「あのな、俺たち大人の五年と、まだまだお子様のお前の五年とじゃ違うんだよ」

「どう違うんだよ、同じ五年じゃねえか。てかさ、五年も会ってなかったら、その間に人間性が変わってたっておかしくねえんじゃねえの?」

 火織の指摘に良蔵は言葉に詰まった。

「最近の四方田さんの事何にも知らねえくせに、内通者じゃねえって決めつけるのは早いんじゃね?」

「それは…」

 火織の言葉に良蔵は一度押し黙る。

「とにかく、俺はみーたんの勘と自分の勘を信じてる。だから、みーたんが心配なんだよ。俺はみーたんに日向の事頼まれてるからここ動けねえけど、良蔵サンは今フリーだろ? だったら、みーたんの様子見てきてくれよ」

 良蔵は無言のまま火織を見返していた。

 良蔵が押し黙っていると、そこに冴月と怜治がやってくる。

「良蔵、どうかしましたか?」

 怜治が、良蔵の異変に気づき声をかけた。

 良蔵は口を開きかけたが、しかし二人の背後にいる沙織を見て口を閉じる。

 その態度からいろいろと察した怜治は、ちらりと沙織を見てから良蔵に視線を戻した。

「場所を移しますか?」

「いや…いい…」

 怜治は怪訝な表情をする。

「良蔵?」

 確かめるような怜治の声に、良蔵は軽く手を上げて大丈夫だと伝えた。

「ちゃんと確かめてから話すよ」

 怜治は釈然としない様子で良蔵を見返していたが、良蔵はそれ以上何も告げず冴月を見る。

「お前たちは神田に行くんだろ? 俺は少し抜けるけど、用事を済ませたらまたここに戻ってるよ」

 怜治は良蔵の考えを察したのか、ため息を吐き出した。

「後でちゃんと話してくださいよ」

「わかってるって」

 そうして冴月と怜治は将門塚を後にする。良蔵もまた将門塚を出て、港区の南青山にある石神東京支部を目指した。


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