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塞の守り人  作者: 里桜
第四章
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二十七 大手町 その十

 塚の封印を完成し終えると、亮は箱に蓋をかぶせ、箱ごと冴月につき返した。

 冴月は草薙剣の入った箱を無言で受け取る。

 亮の方でも冴月に何も言葉をかけることなく踵を返し、そのまま日向の背に手を当てた。

「叔父様?」

 日向は怪訝な表情をする。

 亮は、日向と視線が合うと厳しかった表情を緩ませ、口元に小さな微笑みを浮かべて日向の背中を押し、冴月から遠ざけようとした。

「ちょっと疲れたんだ。日向も一緒に向こうで休もう」

「でも…」

 日向は、後ろ髪を引かれる思いで冴月を振り返る。すると冴月と視線が合った。

 冴月はじっと日向を見つめていたが、口を開くことはない。しかしその表情は、眉間にしわがよっており、何か痛みに耐えているかのようにも見えた。

 日向は、軽い驚きをもって冴月を見返す。

 するとその時、日向の視線を遮るようにして沙織が立ちはだかった。

 日向の視界から冴月の姿が消え失せ、恐ろしい形相の沙織と目が合う。

 日向は小さく息をつめ、沙織の目を見返した。

 沙織の目には、消えることのない嫉妬の炎が渦巻いている。

 もはや日向には、冴月の表情は見えなかった。ただ呆然と沙織の目を見返すことしかできない。

「いいから、あっちに行こう」

 不意に亮に背中を押され、日向はよろめくようにして一歩を踏み出した。

 いつのまにか冴月は踵を返している。

 日向は、心を何かに鷲掴みにされたような、痛みにも似た感覚を覚えていた。

 冴月の背中を追いたくなる感覚を無理やり押さえつけ、沙織の向こう側に、ちらりと見えた冴月の背中を切ない眼差しで追う。

 沙織は、そんな日向を憎悪のこもった目でにらみつけたかと思うと、すぐにふいと顔を逸らし、冴月の後を追って踵を返した。

 ちりちりと痛み出した胸を抑える日向を見て、亮は小さく息を吐き出す。

「これで少しは本気になったかな」

 日向は怪訝な表情で亮を見上げた。

「本気? どういう意味ですか?」

「ん? いいの、いいの、こっちの話だから。日向が気にすることなんてないよ」

 しかし日向は、納得ができないとばかりに亮を見つめる。

 亮は苦笑した。

「見ててはがゆかったから、ちょっと発破をかけてやっただけさ。全ては親切心からのことだよ」

 亮は軽くウインクしてみせる。

「親切心…ですか?」

「そ」

 日向は、まだ納得がいかない様子で首をひねった。

 そんな日向の背中を亮が押し、冴月たちとは反対の方向に二人は足を進めた。



 冴月は良蔵と怜治の元へと歩み寄った。その側には火織もいる。

 冴月は怜治を見て口を開いた。

「移動しよう」

「移動? どこへですか?」

 冴月は怜治の問いかけに答えようとしたが、後から来た沙織の姿を見て口を閉じる。

「冴月様、どこかに行かれるのですか?」

 冴月は無言だった。視線も沙織には合わせない。

「沙織も一緒に参ります!」

 冴月は疲れたようなため息をついた。

「お前は戻れ」

「戻る? いったい何処へ戻れとおっしゃるのですか」

 沙織は冴月に詰め寄る。

「沙織は、絶対に冴月様のお側を離れません!」

 冴月の視線は相変わらず沙織に向くことはなかったが、沙織はその視界に無理やり入りこむようにして回り込んだ。

「冴月様、どうか沙織もお連れ下さい。沙織は冴月様のお側に居たいのです」

 冴月は疲れた表情で沙織の視線を避ける。

「沙織、お前はこれ以上連れて行かない。父上のところにでも行け」

「伯父様のところへ…? そんな、酷い。伯父様は今東京支部にいらっしゃいます。こんな場所から沙織一人で行くのは無理です」

 怜治が呆れたようなため息を吐いた。しかし、口を開くことはない。ただ蔑むような視線を送っていた。

 良蔵も、疲れたような表情を浮かべている。苛立ちを紛らわすかのように、ガシガシと乱暴に自分の頭を掻いた。

 火織は呆れ気味に鼻を鳴らし、そっぽを向く。

 冴月はそれ以上沙織に言葉を返すことなく、怜治に顔を向けて口を開いた。

「神田にあるブラウエ・ゾンネのビルの様子を確かめたい。その後に行きたい場所もある。徒歩では効率が悪い。何か移動手段を見つけよう」

「神田のブラウエ・ゾンネビルですか…。わかりました」

 怜治は真面目な表情に戻って頷く。

 良蔵も頷きつつ、しかし軽く首をひねった。

「しかし移動手段つってもどうするよ。車での移動は無理だぞ?」

 その言葉に火織が反応した。

「バイク使うか? 一台しかねえけど。ここから少し離れたところに置いてあるから使えよ」

 火織はポケットからキーを取り出し、冴月の目の前にぶら下げる。

 冴月はキーを受け取った。

「一台か…。で、誰が行くんだ?」

 良蔵が冴月に問いかける。

「どうか沙織を連れていってくださいませ!」

 沙織は縋りつくようにして懇願したが、冴月はそれには答えず良蔵を見返した。

「俺と卜部で行く」

「冴月様!?」

 信じられないとばかりに声をあげる沙織を一瞥もせず、冴月は歩き出す。

 良蔵が苦虫をかみつぶしたようになった。

「ってことは、俺はここで留守番かよ…」

 小さく呟き、ちらりと沙織を一瞥した。

 良蔵は両手を頭の後ろで組み、ぼやきだす。

「行くのは構わねえが、そこのお嬢様をどうにかしてから行ってくれよな」

 しかし冴月は答えなかった。そのまま歩みを進める。

 怜治は黙って冴月の後ろに従ったが、沙織もまたその後ろを追いかけはじめた。

 沙織の気配を感じて怜治がうんざりした表情を浮かべたが、口元を固く引き結びだんまりを決め込んだ。



 日向と亮が瓦礫の上に腰かけ休息を取っていると、冴月がやってきた。

 その後ろには怜治と沙織が付き従っている。

 沙織の姿を見つけると、日向はこわばった表情に変わった。

 亮は、冴月を見るなりつっけんどんに口を開く。

「何? なんか用?」

 さも迷惑そうな口ぶりだったが、冴月は表情を微塵も変えることはなかった。

「俺と卜部は、今から神田に行く」

 事務的な冴月の答えに、亮は片眉を上げる。

 亮はもの問いたげな表情に変わったが、しかし亮は無言だった。質問しても無駄に終わることを、経験から理解していたためだ。

 冴月はそれ以上亮に言葉をかけることはなく視線を日向に移し、日向の正面で片膝をついた。

 手をのばして日向の頬に触れる。

「日向、今東京は危険な状態にある。本来なら常陸の拠点に返したいところだが、現状ではその手段もない。だからここでじっとしていろ。決して無茶はするな。いいな」

 無表情だったはずの冴月の顔に、いつの間にか感情が浮かんでいた。

 それは、日向を心配する気持ちが如実に表れた表情だ。

 日向は、頬に触れる冴月の手に、そっと自分の手を重ねた。

「冴月様こそ無茶はやめてください。お顔の色がすぐれません。また無理をなさっているのでしょう? 冴月様はいつもそうです。僕のことは甘やかしてばかりで、ご自分のことは二の次。どうか自分の心配をしてください」

「俺の心配などどうでもいい。お前こそ自分の心配をしろ。今東京では宿主たちが氾濫している。眷属を開放するという本能に従って、塞を壊しにやってくる宿主もいるはずだ。この場所も安全ではないんだ。だから気を引き締めて対応しろ。そして無茶だけは絶対にするな」

 日向は半ばあきらめの入りまじった、困ったような表情で冴月を見上げる。

「冴月様、また何か危険なことをなさろうとしていらっしゃるのですね。いつも僕のことは危険から遠ざけ、ご自分ばかり危険な役を買ってでるのですから…。危ないことはお止め下さいと言っても、聞いてはくださらないのでしょうね」

 冴月は答えなかった。

 日向は切ない表情を浮かべ、頬に触れる冴月の手に向かって首をかしげる。

「冴月様、どうかご無事で」

 祈りを込めるような日向の仕種に、冴月は力強い声を返した。

「大丈夫だ。お前が心配するようなことは何もない」

 かすかに微笑みを浮かべた冴月に、日向もまた微笑みを返す。

 そんな二人の姿を、こらえきれぬ怒りを宿した眼差しで見つめる者がいた。沙織である。


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