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塞の守り人  作者: 里桜
第四章
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二十六 大手町 その九

 沙織の発言に目を剥いたのは火織だった。

「婚約者!? まじかよ!?」

 言って火織は冴月を凝視する。

 しかし、当の冴月は無言だった。

 火織は、まじまじと冴月を見た後――――。

「ご愁傷様」

 同情の色を浮かべつつ、誰にも聞こえないほどの小さな声でつぶやいた。

 日向はというと、表情を凍らせたまま冴月を見つめ続ける。

 だが冴月は、視線を日向から逸らしていた。日向と冴月の視線が交わることはない。

 それに気付いた沙織は不敵に笑った。日向の前に進み出て、嫣然と笑う。

「あら日向、あなた知らなかったの? 沙織と冴月様は婚約したのよ」

 声をかけられた日向は、弾かれたように沙織を振り返った。

 すると沙織は勝ち誇った表情で口を開く。

「沙織は、冴月様の妻になるんですの。もちろんあなたも祝福してくれるのよねえ?」

 意地の悪い笑みを浮かべると、冴月の肩にしなだれかかった。

 冴月は体も表情も硬くこわばらせるが、振り払うことはしない。立ち上がる動作を利用して、それとなく沙織をかわした。

 気付いた沙織は、一瞬だけ不満げな表情を浮かべる。しかしすぐに気を取り直すと、再び笑みを張り付けて日向を見た。

「そういえば日向、あなたも相手が決まったみたいね。甕様のような有望な鬼が伴侶に決まってよかったわね。おめでとう」

 その言葉を聞いた冴月は、驚愕に目を見開き日向を振り返る。

 良蔵と怜治も、驚いた表情で日向を見た。

 日向は、それらの視線を避けるようにうつむく。

「本当なのか日向…」

 呆然とつぶやいた冴月の声に、日向は答えなかった。その態度が全てを物語っている。

 冴月は、拳を強く握りしめ黙り込んだ。

 沙織は、嘲るような笑みを浮かべて日向を見下ろす。

「二学期からは諏訪に戻るのでしょう? 甕様のお側で暮らせて幸せね」

 棘を含ませた言葉で追い打ちをかけた。

 日向は口を堅く引き結び、ぎゅっと目を閉じる。

 亮が表情を消して沙織を見た。

「あのさ、まだ決まってもいないこと、勝手に言いふらすのやめてくれる? 少なくとも日向と甕君の話は単なる噂話だから。そんなもの真に受けるなんて笑っちゃうね」

 言いながら日向の頭を引き寄せる。

 凍えるような冷たい視線を冴月に向けると、再び続けた。

「でも、冴月君たちの話は本当なんでしょ?」

 日向がびくりと肩を震わせる。

 亮は挑戦的な笑みを冴月に向けた。

「冴月君おめでとう。末永~~く、オ、シ、ア、ワ、セ、に」

 亮は、腕の中で顔を上げようとする日向の後頭部を押さえて胸に押し付け、極上の笑顔を浮かべて冴月を見る。

「っ!」

 冴月は強く歯を噛みしめた。

 沙織は、そっと冴月の腕に手をそえる。亮の言葉を額面通りに受け取った沙織は嬉しそうに微笑んでいた。

「最首様ありがとうございます」

 その視線を日向に移すと、勝ち誇った笑みを浮かべる。

「日向、あなたもお幸せにね」

 背中越しに聞いた沙織の言葉に、再び日向は肩を震わせた。

 亮がその背中を安心させるように撫でる。

「どうぞご心配なく」

 亮は鋭い眼差しで沙織をけん制した。

「日向は疲れているのでもう休ませてもらえるかな?」

 暗に、向こうに行けと含ませる。

 冴月は硬い表情のまま立ち尽くしていた。亮は冷たい表情で冴月を一瞥する。

 すぐに視線を日向に移すと、打って変わった優しい光をその目に宿した。

「さあ日向、もう少し休みなさい」

 眠って嫌なことは忘れてしまえとばかりに休息を促す。

 しかし日向は首を横に振った。

「疲れてはいません。もう大丈夫です」

 日向は、力ない微笑みを浮かべている。

 亮は困ったように日向を見た。

「日向、無理はしない方がいい。君の体は、人よりたくさんの休息を必要としているんだから――――」

 日向は亮の言葉を遮るように首を横に振る。

 その目を冴月に移すと口を開いた。

「あの…冴月様」

 冴月は、胸に湧き起こる様々な感情を必死で押し殺している。その葛藤が垣間見えていた。だが、見事に感情の嵐を抑え込むと日向の問いかけに答える。

「なんだ?」

 交わった二人の視線は、どこか切ない色をはらんでいた。

 日向は、その思いを振り払うかのようにして口を開く。

「あの…土岐はどうしたんでしょうか? いないみたいですけど…」

 そこまで言って、日向はハッと息をのむ。

「まさか、怪我でもしたんですか!?」

 日向は気付くことはなかったが、『土岐』の名前が出た瞬間、冴月、良蔵、怜治の表情が強張っていた。亮は目敏く気付き、三人の表情をじっと窺う。

 しかし気付かない日向は、冴月に詰め寄っていた。

 冴月は、一瞬にしてその動揺を押し隠す。

「大丈夫だ…怪我はしていない」

「そうですか、よかった」

 日向は、安堵の息を漏らした。

「でも…じゃあ、どこにいるんですか?」

 すると、冴月は手をのばして日向の頭に触れる。

「今、用事を頼んでいて別行動をしているだけだ。気にするな」

 冴月は日向の頭をぐしゃぐしゃとかきまわした。

「わっ! 冴月様!?」

 突然の乱暴な行為に、日向は驚いた声をあげる。

「冴月様、やめてください!」

 抗議の声をあげると、冴月は手を止めてほほ笑んだ。その優しい眼差しと目が合うと、日向は思わず口を閉じる。

「元気が出たようだな。大丈夫だ、お前は何も心配する必要はない」

「冴月様…」

 安心させるようにぽんぽんと頭を叩くと、冴月は亮に向き直った。日向が続けようとする言葉を遮るようにして口を開く。

「卜部の持っている箱の中に、強力な祭具が入っている。あの祭具の神威を利用してここの封印をもっと強固なものにしたい」

 亮は片眉を上げた。

「祭具? どんな祭具だい?」

「詳細は知る必要のないことだ」

 その言葉に、亮は半眼になる。

「あっそ。でもさ、見てもらえばわかると思うけど、封印ならしっかりと結びなおしたんだよね」

「さらに強固にする必要がある」

 亮は、一瞬だけ鋭い眼差しを冴月に向けた。だが、すぐに白けたような表情になる。

「はいはい」

 ぼりぼりと首の後ろを掻きつつ、面倒そうに立ち上がった。

 怜治は、無言のまま亮に歩み寄り、箱を壊れた塚の上に置く。

 亮は将門塚に移動すると無造作に手をのばし、箱の封を解いた。

 しかし、箱の蓋を開けると息をのんで絶句する。

「これは…」

 動きを止めたまま、呆然と箱の中の件を見つめた。

 日向や火織も、剣を見るなり言葉を失くして呆然と立ち尽くす。

「早く始めろ」

 冴月に急かされて、亮は詰めていた息を吐き出した。

「全く…いったいどこにこんなものを隠していたんだい? これは十種の神宝に匹敵するような神器だよね?」

 だが冴月は質問に答えない。

「早くしろ」

 ただ急かすばかりだ。

 亮は一度口を閉じ、再び冴月を睨みつける。

 だが何も言葉にすることはなく、わざとらしく溜息を吐きだすと、そのまま祝詞を唱えはじめた。


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