二十四 大手町 その七
水箏を見送った日向は、その場に立ち尽くしていた。
そんな日向の頭に、亮が手を置く。
「水箏ちゃんが心配なのかい? 大丈夫、水箏ちゃんはああ見えてしっかり者だからね。きっと何があってもうまくやってくれるよ」
日向は、勢いよく亮を振り返った。
「でも叔父様…もしかしたらの話なんですけど、石神には内通者がいて、その内通者が四方田さんかもしれないんです」
亮は、その言葉に目を細める。
「その話、もう少し詳しく聞かせてくれるかい?」
日向は、板橋区のバイクショップで話し合った水箏の意見を亮に聞かせた。
「へえ? そうなんだ…。水箏ちゃんの態度から何かあるとは思ってたけど、そういうことだったとはね。全く困った子だね。そうなってくると、水箏ちゃんを四方田さんと二人きりにしておくというのは、少しまずいかもしれないな」
亮は火織に視線を向ける。
「火織くん、どうする? 二人を追いかけるなら止めないよ。行きたかったら行っておいで」
しかし火織は両腕を組み、仏頂面のまま首を横に振った。
「俺はみーたんに日向の事を頼まれたからな、その約束を放り投げるわけにはいかねえ」
「ふーん、意外に固いところがあるんだね。心配じゃないの?」
火織は、すぐそばに落ちていた瓦礫を蹴りとばす。
「心配に決まってるだろ!」
「商長さん、僕の事は気にせず行ってください。ここには叔父様だっていますから――――」
「うるせえ黙ってろ」
「商長さん…」
日向は表情をこわばらせて火織を見た。
火織はため息をついて視線を逸らす。
「みーたんの判断がベストなんだ。俺にはそれがわかる。相手は十の塞の神宝まで奪うような奴らだからな。今、ここの守護を手薄にするわけにはいかねえ」
火織は拳を握りしめ、自分に言い聞かせるようにそう言った。
亮は自分の顎をつまむ。
「まあそうだね…。今ここの封印が破れるようなことがあれば、おそらく十の塞にもダメージは波及するだろうからね。まして常陸と武蔵は神宝を欠いている状態だ。下手をすると、その二か所だけじゃなく、他の十の塞まで破れてしまう可能性だってある」
日向は息をのんで視線を伏せた。
「もしかしたら…敵の目的は、それなのかもしれませんね…」
「つまり奴らの目的が、十の塞の封印を破ることだってこと? 狂気の沙汰だね」
「でも…他に考えられないんです」
俯く日向の頭に、亮が手を置く。
「あまり考え込まずに少し休んだ方がいい」
「叔父様…」
「大丈夫だよ日向、ここの封印は僕が守って見せるし、水箏ちゃんだって大丈夫。心配することなんてない」
しかし日向の表情は晴れなかった。
亮は、そんな日向を見て小さく息をつく。
「ほんとはもう少し黙ってるつもりだったけど、この際だから教えておこうか」
日向は顔をあげ、怪訝な表情で亮を見た。
「実はね、姉さんと義兄さんが日本に帰ってきているんだ」
「え!? お父さんとお母さんが!? 本当ですか!? 今どこにいるんですか!?」
日向は必死の表情で亮に詰め寄る。
火織も驚いた顔で亮を見た。
亮はほほ笑んで日向を見る。
「東京にいる。今必死になって他の塞の封印を直しているところだよ」
「そう…なんですか…。お父さんたち、東京にいるんですね」
日向は、安堵や罪悪感が入り混じった複雑な表情をしていた。
「なあ…日向、お前の親って…確か石神を追放されてたんじゃなかったっけ?」
火織が戸惑った様子で声をかけてくる。
日向は、表情を硬く変えうなずいた。
「…そうです」
「じゃあやっぱりあの話は本当だったんだ。掟を破って国外に追放されたって話。でも、じゃあなんで日本に居るんだ? それに、なんで塞の守護を手伝ったりしてんだよ?」
すると亮が冷たい眼差しで火織を見やる。
「石神にばかり都合のいい無責任な話を、鵜呑みにするのはやめてもらえるかな? 姉さんたちが日本に帰るために手を貸してくれたのは大物忌だ。何が正しいことなのか、当事者でもない人間が安易に判断するべきじゃないと思うね。それに、たとえ石神に追放されたところで、姉さんたちが『鬼』であることに変わりはない。鬼が塞を守るのは当然の事だ。くだらない質問をするんじゃない」
怒りすら宿したその視線に、火織は驚いた様子で口を閉じた。
日向は、表情を苦しげに歪めて口を開く。
「お父さんたちが石神を追放されることになったのは僕のせいなんです。元はと言えば、僕がくだらない我が儘を言ったことがいけなかったんです。お父さんたちは何も悪くないんです。僕を石神の掟から解放してくれようとしただけなんです。だから悪いのは僕――――」
「日向、それは違うよ。日向のせいなんかじゃない。そうやって自分を責めるのはやめなさい」
「いいえ叔父様、僕のせいなんです。僕はいつだって周りに迷惑をかけることしかできない疫病神なんです。今だって、水箏さん一人を危険な目にあわせて…商長さん、すみません」
日向は辛そうに顔をゆがめたまま頭を下げた。
火織は戸惑った様子で日向を見返す。
「やめなさい日向、お前が謝る必要なんてない」
「いいえ僕が悪いんです! きっと水箏さんは、僕のために危険な役を買って出たんです。それに、お父さんやお母さんだって、僕のせいで悪く言われている。僕には…耐えられない!」
「違うと言っているだろう」
亮は、怒ったような声で日向の頭を引き寄せると胸に押し付けた。
「日向のせいなんかじゃないよ。お願いだから、そんなふうに自分を責めるのはやめてくれ」
火織は呆然とした表情で二人を見つめる。
やがて火織は、ポツリと言葉を漏らした。
「悪かったよ…」
亮は何も答えずため息を吐き出す。
無言で日向の手を引き、路肩に腰を下ろした。
日向も無言で隣に座る。
亮は何度も日向の頭を撫でた。
「少し休みなさい。疲れていると悪いことばかり考えてしまうからね」
日向は両手で顔を覆う。
「ごめんなさい。僕は、叔父様や冴月様にも迷惑しかかけることができていない。その上、お父さんやお母さん、水箏さんにまで迷惑を――――」
亮は再び日向の頭を引き寄せた。
「そんなことはないと言っているだろう」
日向は肩を震わせつつ首を横に振る。
「僕は、何のために存在しているんでしょう。僕という存在は、周囲に迷惑をかけることしかできない」
「もういいから、少し休みなさい」
日向は、何度も「すみません」と小さく繰り返した。その背中を、亮は何度も撫で続ける。
やがて日向は緊張の糸が解けたのか、そのまま亮に寄りかかるようにして眠りに落ちていった。




