二十一 大手町 その四
火織と四方田の運転するバイクが、雨の中を疾走している時の事である。
不意に日向が苦しげに胸元を抑えた。
気付いた火織が、慌ててバイクを止める。
四方田もバイクを止めた。
「おい大丈夫か」
火織が後ろを振りかえると、日向は小さく頷く。
「だ…じょうぶ…で…す」
呻くように声を出すが、うまくしゃべることができなかった。
火織は片眉を跳ねあげる。
「おい、全然大丈夫そうにはみえねえぞ――――」
しかし水箏がその言葉を遮った。
「火織、夜明けなのよ」
火織は東の空を見上げる。
雨で空は見えなかったが、熱い雲の向こうには夜明けが訪れていた。東の空は、白々と明るみはじめている。
「なんだ…脅かすなよ…」
火織が吐息を吐き出すのと同時に、日向の体に変化が現れた。手足が伸びて、一回り体が大きく変わる。
変化が終わると、日向は一息ついた。
「すみません、お待たせして。もう大丈夫ですから」
軽く息の上がったまま、日向は頭を下げる。
火織は何か言いかけたが言葉を飲み込んだ。
代わりに、ポンと日向の頭を叩く。
「しっかり掴まってろよ」
「はい」
日向の言葉を合図に、再び火織たちはバイクを走らせた。
都心の状況は酷いものだった。
ビルが倒壊し、雨の中あちこちで火の手が上がっている。
建物の倒壊に巻き込まれた人を助けるべく、人々は素手で瓦礫をどかしていた。
道路にも瓦礫が散乱し、車は立往生をしている。緊急車両も進むことができず、作業員が必死で道路の復旧作業を行っていた。
その間をバイクはすり抜けてゆく。
しかし、しばらくするとバイクでも移動が困難になった。
しかたなくバイクを止め、四人は徒歩で移動しはじめる。
水箏は、バイクを降りるなりすぐに火棚の側に張り付いた。気取られぬように、そっと四方田の動きを観察している。
火織もまた、それとなく四方田を二人から遠ざけるようにポジションを取った。
日向は硬い表情で歩き続ける。
四人は終始無言だった。
やがて大手町に入ると、その被害は目を覆うばかりの惨状となっていた。
道路や歩道には無数の亀裂が走り、隆起や沈降によって電柱はちぐはぐに傾いている。
中には倒壊しているビルもあった。
夜に地震が起こったおかげで、周辺に人は少なかったようで、人的被害は少ないように見受けられる。
だが、建物や道路などへの被害は甚大だった。
道路のあちこちに段差ができており、破裂した水道管から水があふれ出していた。
将門塚が近づくと、日向はぬかるむ悪路をものともせず小走りになる。
「ヒナ、一人で先に行かないで」
「でも…叔父様が心配なんです。地震の時、たぶん叔父様は将門塚にいたはずですから…。ちょっと先に行って見てきます」
そう言うと、とうとう走り出した。
「もう、ヒナったら…仕方ないわね」
水箏も日向の後を追う。
瓦礫の山を飛び越え、塚に近づくと、日向の視界に虺と戦う人影が見えた。
「叔父様!」
すぐさま独鈷杵を取り出し、印を結んで真言を唱える。
「タリツ タボリツ パラボリツ シャヤンメイ シャヤンメイ タララサンタン ランエビ ソワカ」
独鈷杵から伸びた透明な剣が明滅した。
日向は剣を構えて虺に飛び掛かる。
亮は驚きに目を見開いた。
「日向! どうして東京に!?」
「事情は後で説明します。そんなことより、叔父様大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。この通り無事だよ」
日向は剣を振るい虺に突き刺す。虺は雲散霧消した。
そのまま亮の側に走り寄る。
「日向、無理をしなくていい。下がっていなさい」
「叔父様こそ無理をなさらないでください。だいぶ疲れたようなお顔をしていらっしゃいます」
「心配するほどのことじゃないさ」
亮は微笑みを浮かべて肩をすくめてみせた。
そこに水箏や火織が合流し、周囲の虺を次々と一掃していく。
あっという間に虺を浄化し終えると、日向たちの側にやってきた。
しばし遅れて四方田も到着する。
「やれやれ、もう少し年寄りをいたわってくれよ。俺はお前たちみたいに走れんのだからな」
亮は四方田を見て軽く目を見張った。
「諏訪の本部に居た四方田さん…ですよね? 確かご病気だと伺っていましたが…」
「そうだ。おかげで今は、武蔵に戻って悠々自適な隠居生活中の身の上だ」
軽い皮肉交じりに答えて四方田は周囲を見渡す。
辺りには、虺を祓われた人々が意識を失って倒れていた。
「これ、あんたがやったのか。結構な数だな」
亮は疲れたように頷く。
「どうやら破壊された塞の影響が出はじめたようですよ。ついさっきからひっきりなしに宿主が現れるようになったんでね」
「叔父様、本当に顔色がよくないです。大丈夫ですか? 少し休んで下さい」
日向の言葉に亮はほほ笑んだ。
「ありがとう日向、でも大丈夫だよ」
答えて日向の頭を撫でる。
その時水箏はというと、火織とともに将門塚を見ていた。
「大丈夫そうね。杞憂だったのかしら…」
亮が二人に歩み寄る。
「何? 水箏ちゃんは塞の確認にきたの?」
「あ、亮さん! はよー」
「おはよう」
水箏は気軽に答えたが、火織は引きつった表情で一歩後ろに引いた。どうやら亮に対して苦手意識があるようだ。
気付いた亮が、作ったような笑みを深めた。
「あれ? どうしたんだい火織くん。なんか変な感じだね」
ロックオンされた火織は、慌てて首を横に振る。
「べ、別にどうもしないっすよ」
「そう?」
「そ、そうっす。な、みーたん」
「なんで私にふるのよ」
「なんでって…」
火織は引きつった表情で亮を一瞥した。しかしすぐに水箏に視線を戻す。
「みーたん、俺を見捨てないで!」
「キモいわね。あんたなんか見捨てるに決まってるじゃない」
「みーたん、酷い!」
そんな二人の様子を見て、亮はくすりと笑った。
「火織くんは相変わらずみたいだね。まさかとは思うけど、ウチの日向につっかかったりしてないよねえ?」
非の打ちどころのない笑顔を張り付けて火織を威嚇する。
日向は驚いた表情で亮を見た。
「叔父様、皆様良くしてくださいます。つっかかったりだなんて…そんなこと――――」
「わかってるよ日向、ちょっと確認してるだけだからさ」
亮は日向の言葉を遮ると火織の前に立つ。
火織は一歩引いた。
「もしやったら、どうなるかわかってるよね?」
見えない圧力をかける。
「ワカッテマス」
火織の返事に納得した亮は日向に視線を戻した。
「もし何かされたら、遠慮なく僕に言うんだよ? きちんとしつけをしてやるからね」
日向に向けられた笑顔は、偽りのない本物の笑顔だった。
その言葉に火織は顔色を悪くする。
「ところで日向、どうして東京に来たりしたんだい?」
亮の問いかけに、日向と水箏はここまでの経緯を説明しはじめた。




