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塞の守り人  作者: 里桜
第四章
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二十 新宿 その九

 沙織は、まっすぐ冴月の側に走り寄ると、側に膝をついて冴月の顔をのぞき込んだ。

「冴月様! 大丈夫ですか!?」

 悲鳴のような声を聞いて、良蔵が片耳に指を突っ込む。

「そんなでけえ声出さなくても、十分聞こえるよ。つかもうちょっと相手に気を使ってやれよ。そんな声出したらうるせえだけだろうが」

 すると沙織が、キッと良蔵を睨みつけた。

「百目鬼様、いったいこれはどういうことですの? 冴月様はどうなさったというのですか?」

 きつい口調で問い詰めはじめた。

 良蔵は疲れた表情で沙織を見返す。

「どういうこと? 見りゃわかんだろ。気絶してんだよ」

「なんであなた方が無事で、冴月様がこのようなことになっておられるのですか? あなた方、冴月様のおそばについていながら、いったい何をしていたのです!?」

 良蔵は一度口を引き結んだ。

 ややしてから辟易したように口を開く。

「まるで俺らが無事なことが悪いような口ぶりだな」

「良蔵やめなさい」

 怜治が疲れたような表情で良蔵を止める。

「何で止めんだよ」

「これ以上不毛な会話が続くことを避けてほしいのです」

 この言葉には良蔵も納得した様子で、一度口を閉じた。

 怜治は沙織を見やる。

「冴月さんは疲れておられるだけです。だから少し休ませてさし上げているのですよ。にもかかわらず、そのように大きな声を出しては、冴月さんがゆっくりお休みになれないと思いますが?」

「なんだよ怜治、言ってることは俺と同じじゃねえか」

 良蔵がぼそりとつぶやいた。

 聞き逃さなかった怜治が、鋭く良蔵を振り返る。

「良蔵の場合、言い方に問題があるんですよ。相手の神経を逆なでするような言い方しかできていませんからね」

「んなこたねえだろ。俺は紳士だぞ」

 怜治は半眼になって良蔵を見た。

「いったいどの口が言ってるんですか」

「お二人とも、冴月様がこんな状態だというのに、つまらない言い合いをなさっている場合ですか? 何よりこんなところに冴月様を寝かせておくなんて、いったいどういう了見ですの? 早く病院にお運びなさい」

 女王然と言い切る沙織に、二人は疲れた表情を浮かべた。

 良蔵はひきつった笑いを沙織に向ける。

「呑気に病院なんぞ行ってる場合じゃないんですけどねえ」

「なんですって? いったい何処が呑気だというのです。冴月様を病院に連れて行くことこそが最優先事項でしょう。それ以上に優先せることなんてありませんわ」

「話しになんねえな、怜治、やっぱお前に任せるわ」

 良蔵はこれ以上の会話をあきらめ、怜治の肩を叩いた。

 怜治は軽く息を吐き出して両腕を組む。沙織を見ると口を開いた。

「怪我をしているわけではないので、病院に連れてゆく必要はないと思います。おそらく冴月さんも病院は不要だとおっしゃるはずですよ」

「あなたの意見など求めておりません。はやく言う通りになさい」

 沙織が苛立った様子で高飛車に言い放つ。

「なるほど見解の相違ですね。しかし我々は今、冴月さんの指揮下にあります。あなたの指示に従ういわれはないのですよ。そこをわきまえて発言していただきたい」

 冷たく言い放った怜治の言葉に、沙織はギリリと唇を噛んだ。

「物部宗家に連なる、この私の言葉が聞けぬとおっしゃるのですね」

 怜治は鼻で笑う。

「またご宗家にでも報告いたしますか? 好きになさって下さっていいのですよ?」

 冷たい表情で挑発しはじめた。

 剣呑な空気を感じ取った良蔵が、怜治を見る。

「お前、言ってることとやってることが違うじゃねえか。よくも俺に黙れとか言えたもんだな。つうかお嬢さんもそんなに熱くなるなよ」

 二人をなだめに入った。

「お黙りなさい!」

 その返事に、良蔵が引きつった笑顔を張り付けて怜治を見る。

「お前よお、俺は女のヒステリーが嫌いなんだよ。こんなになるまで煽るんじゃねえよ。お前のせいで、思いっきり『不毛な会話』とやらに突入してんじゃねえか」

 すると怜治が、両腕を組んだまま良蔵を振り返った。

「私のせいですか?」

 怜治は物静かな口調ではあったが、凍えるような視線で良蔵を見つめる。

 良蔵は息をのんだ。

「おいおい…マジかよ…。こんな状況でマジギレスイッチはいるとか、シャレになんねえだろ。誰が止めんだよ」

 良蔵のボヤキを無視して、怜治は沙織に向き直る。

「沙織さん、あなたは何故この場所にやってきたのですか?」

「冴月様を探しに来たに決まっているでしょう。伯父様から冴月様の所在を聞いて、急いでご無事を確かめに来たのです」

「ほう、冴月さんの無事を確認しにきたのですか。あなたの為すべきことはそれだけですか?」

「そうだと言っているでしょう。冴月様のお体を案じるのが、妻となる者の務めです」

 怜治が、喉の奥で低く笑った。

「妻、ねえ? あなたのような愚かな女を娶らねばならないとは、冴月さんに心の底から同情しますよ」

「なんですって!?」

 沙織の怒りを無視して、怜治は淡々と続ける。

「冴月さんが何を為そうとしているのか、あなたは理解できていないようですね。あなたのしていることは、冴月さんの邪魔でしかない」

「お黙りなさい、無礼でしょう!」

「無礼? いったいあなたは何様のつもりです。たいした能力もないというのに、ただ物部の血筋に生まれたというだけで胡坐をかき、その権力を笠に着て傲慢な態度でふるまう。あなたのような無能な人間を作り出してしまうことが、血族主義の最大の欠点ですね。我々には、まだなさねばならないことがあります。現状で、無能者は足手まといでしかない。お引き取り願いましょう」

「無能!? 引き取れですって!? 私に向かってよくもそんな無礼な口を…」

 顔を真っ赤にして怒る沙織に対して、怜治はわざとらしいため息をついて見せた。

「何度言ってもわからないようですね。では、あなたのレベルに合わせて平たく言いなおしましょう」

「おい怜治…」

 引きつった表情で声をかける良蔵を無視し、怜治は指先で眼鏡のブリッジを押し上げる。

「お前のように、鬼としての誇りを持たない無能で低能な女は、居るだけで邪魔だ。消え失せろ」

 冷然と言い放った。

「な…」

 沙織は怒りにわななきながら絶句する。

 一方良蔵はというと、その言葉を聞くなり、天を仰いで両目を手で覆った。

「うわー、久々に見たなこれ…。こんだけ怒らせると、今後に響くんだよなあ…。勘弁してくれよ」

 ぼやきつつ良蔵は、指の隙間からおそるおそるといった様子で二人を見る。

 そこには、まるで般若の面を連想させるような表情の沙織と、無表情に口を引き結ぶ怜治の姿とがあった。

 良蔵は必死で言葉を探すが、しかし声が出ることはない。

 さすがに、この空気に割って入るだけの言葉が、すぐには思い浮かばなかったようだ。

「身の程をわきまえぬ下郎が、よくもそのような口を…。お前こそ即刻消え失せよ!」

 沙織が烈火のごとく怒り狂って怒鳴りつける。

 怜治が鼻で嘲笑い、氷のように冷たい目で沙織を見返していた。

 良蔵は息をのむ。

「…俺にどうしろっつうんだよ…」

 果たして良蔵の声が天に通じたのか――――。

 その時冴月が目を覚ました。頭を振りながら体を起こす。

「沙織、何をやっている」

「冴月様!」

 沙織の表情が、瞬時にして喜びに一変した。

「聞いてください冴月様、そこの身の程をわきまえぬ男がこの私に無礼な――――」

 しかし冴月は、煩わしそうに沙織の言葉を遮る。

「百目鬼、俺はどれくらい眠っていた」

「あ? ああ、そうだな三十分くらいだな。一時間までは経ってねえよ」

「そうか」

 言って立ち上がった。

「冴月様!? お体は大丈夫なのですか!?」

 冴月は、沙織を冷たい視線で一瞥する。

「お前は帰れ」

「そんな! いやです! 沙織は冴月様のお傍におります!」

「冴月さんの言葉すら聞けないのですか、あなたは」

 怜治がナイフのような言葉を投げつけた。

 沙織がキッと怜治を睨みつける。

「お黙りなさいと言っているでしょう!」

「沙織、お前は年長者に対する礼儀がなっていないな」

「冴月様!?」

 沙織が心外だとばかりに名を呼ぶ。

 しかし冴月は、すぐに怜治と良蔵に視線を戻すと声をかけた。

「行くぞ」

 言って踵を返す。

 二人は、黙って冴月の後を追って歩きはじめた。

「冴月様! 沙織も参ります!」

 そう言って、沙織もまた冴月の後を小走りに追いはじめたのだった。


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