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塞の守り人  作者: 里桜
第四章
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十九 新宿 その八

 雨の中、良蔵は冴月を背に担いで移動していた。

 雨と落下物の危険を回避できる場所に移動すると、冴月の体を下ろす。

 冴月は青白い顔をしたまま意識を失っていた。

「ったく馬鹿が…。無茶してこのザマかよ」

 良蔵は、悪態をつきながらも冴月の体調を注意深く観察する。額に手を当て熱を測った。

「熱はねえし、呼吸も安定してる。医者じゃねえからはっきりとはわからねえが、たぶん大丈夫だろう」

 良蔵はそう言って怜治を振り返る。

「お前の方は大丈夫か?」

 良蔵は、草薙剣の入る箱を見た。

「ええ、大丈夫です。今のところ神気の影響はありません」

 良蔵は、一度ホッと息をつく。

 しかし、すぐに眉根を寄せて冴月を見下ろした。

「しっかし厄介なことになったな…。こんな時に冴月に倒れられると、身動きが取れなくなる」

 そう言って良蔵は、冴月の側にどかりと腰を下ろす。

 雨でぬれた顔を腕で拭うと、周囲を見渡した。

「それにしてもひでえな…。さっきの余震で、また倒壊が増えたな――――」

「そのことですが良蔵」

 怜治が、良蔵のつぶやきを遮って名前を呼んだ。

 良蔵は怪訝な顔で怜治を振り返る。

「なんだ?」

「少し気にかかることがあります」

「気にかかること?」

 怜治は頷いた。

「おそらく、一連の地震は人為的に起こされたものではないかと推測される節があるのです」

「人為的に? 地震をか? どうやって?」

 訝しむ良蔵を鋭い眼差しで見返し、怜治は口を開く。

「可能性の一つとして、塞が原因で引き起こされているのではないかと考えられるのです」

 良蔵は息をのんだ。一度驚愕に目を見開いたが、自らの顎に手を当て視線を伏せる。

「そうか…なるほど塞か…。ありえるな。塞の封印が破壊されれば地震が起こっても不思議じゃねえ。しかし、仮に十の塞の封印が破られていたとしたら、地震だけじゃ済まないはずだぞ」

 良蔵は顔を上げた。

 怜治はまたしてもうなずく。

「確かにその通りです。しかし被害が東京に起こっているということは、たぶん十の塞の影響ではなく、将門塚の影響を受けたのではないかと考えられるのです」

「ちょっと待て、確かに将門塚は破壊されたが、しかしあの時、塚の隧道は日向がきちんと閉じたはずだ。そんな簡単に破れるはずがない」

「ですが、事実東京に地震が起こっています。それに将門塚が今どういった状況に陥っているのか、我々には把握できていません」

「それはそうだが…」

 良蔵は、すぐには信じられないといった様子である。

「とにかく、一度大手町に寄って塞を確認したいのですが」

 怜治の提案には、良蔵も頷いた。

「そうだな…お前の言い分にも一理ある。将門塚の確認に行こう。ただ――――」

 良蔵は、一度言葉を切って冴月を見下ろす。

「冴月の体力が回復するまでは、少し待つほかなさそうだな」

「そうですね」

 怜治も首肯し、冴月の側に腰かけた。

 怜治は疲労の色を浮かべながら壁に背をもたせ掛ける。その眼差しは、宙の一点を捉えていた。

「先程の、実体化されている双頭の()といい、弱点のある()といい、どうやら敵は、捕えた()を何らかの手段で変異させているようですね」

「そのようだな。()を石に閉じ込めたり、石から解き放って使役したり…それだけでも俺たちには信じられねえことだってのに、その上()まで作り変えているとはな。おまけにさっきのは、あれじゃあオロチだ…。敵にはマッドサイエンティストでもいんのか?」

 軽口交じりではあったが、良蔵の表情は真剣だ。焦燥感のような気配が混じっている。

「マッドサイエンティストですか。言い得て妙ですね。人の技をもって神の領域に踏み込もうとする…まるで錬金術師を連想させるような所業です」

 ぽつりとつぶやかれた怜治の言葉に、良蔵はため息を吐いた。

「まあ確かに、錬金術師ってのは不老不死を求めて様々な研究を行っていたんだから、マッドサイエンティストと言ってもあながち間違いじゃねえよな。おまけに今回にいたっては、賢者の石だのアゾット剣だの…奇妙な符号も多すぎる」

 怜治は、不意に所在無げに視線をさまよわせる。

「私には、彼らが何を目的としているのかがわかりません」

 怜治の言葉に良蔵は黙り込んだ。

「例えば、地震を起こしたのは、東京に混乱を起こすためかもしれません。しかし、混乱を起こして、その後どうしようというのでしょう? そして、()を変異させて、何に利用しようとしているのでしょうか? あるいは、私たちに対抗させる手段として、使役しやすく()を改良しているのかもしれませんが…。しかし、そうなるとまたしても最初の疑問に行き着きます。塞を破壊して東京を…いえ日本を混乱に陥れ、何を達成しようとしているのでしょうか? 私にはその目的がわからないのです」

 良蔵はため息を吐いた。

「俺たち常識人には、狂人の考えることなんざわからねえよ。わかりたくもねえがな」

 言ってがしがしと頭を掻きむしる。

「くそっ、早く奴らの親玉とっ捕まえてふんじばらねえと何しでかすかわからねえな」

「そうですね、こうしている間にも、敵は何か途方もない計画を着々と進めているかもしれません。酷かもしれませんが、冴月さんを起こしますか。まさかこのままここに置いていくわけにもいきませんから――――」

 怜治が言いかけたその時の事だ。

 不意に遠くから女性の声が聞こえてきた。

 怜治と良蔵は、視線をさまよわせて声の主を探す。

 そして――――。

 二人は驚愕に目を見開いた。

「冴月様!?」

 沙織が悲鳴のような声をあげながら走り寄ってくる。

 冴月の婚約者である沙織の姿を見つけて、怜治と良蔵は一瞬絶句した。

 しかしすぐに状況を悟った良蔵は、迷惑そうにぼやく。

「おいおい、なんでこんなところにお嬢様がいるんだよ。勘弁してくれよ」

 幸いというべきか、良蔵のその呟きは沙織の耳に届かなかった。


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