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塞の守り人  作者: 里桜
第四章
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十八 大手町 その三

「じゃあ、姉さんと義兄さんは、大物忌のおかげで帰国できたんだ」

 亮の言葉に、すずと主税は頷く。

「そうよ。じゃなかったら日本に入国なんてできなかったわよ」

「だろうね…。姉さんたちは国外追放になってるんだものね」

 亮はため息を吐いた。

「姉さんたちの帰国を、石神の上層部が素直に承諾するはずがない。いくら大物忌でも、簡単じゃなかっただろうね。たまたま今回の件で利用価値ができたから、上層部はしぶしぶOKしたんじゃないかな。全く…一連のやりとりが目に浮かぶようだよ」

 辟易したように亮は言う。

 主税は目を伏せた。

「そうだね、大物忌にはかなりご迷惑をかけたはずです…」

 その横で、すずが両腕を組む。

「上層部の奴らに、都合よく利用されてやるのはしゃくに障るけど…でもこれは恩を売る好機でもあるの。私たちの方でも、せいぜいこの事態を利用させてもらうわ」

 そう言ってにやりと笑った。

「さすがは姉さん、ただじゃ転ばないね」

「あんたの憎まれ口も相変わらずね。久しぶりに会ったお姉さまに対してまで毒吐くなんていい度胸してるじゃない」

 すずは亮の頭をぐしゃりとかきまわす。

「そういうところも変わらないね姉さん。日向の性格は、義兄さんに似て穏やかでよかったよ。素直で純粋でとっても可愛いんだ」

 亮は、日向の顔を脳裏に思い描いて微笑んだ。

 しかし、すぐにその表情を一変させる。

「だから、あの子を悲しませるような奴らを僕は許さない。あの子の幸せを守るためなら、僕はどんなことだってできるよ」

「亮くん…」

 主税の声を聞きながら、亮は空をふり仰いだ。

 降り注ぐ雨を感じて目を閉じる。

「僕は、日向に幸せになってほしいんだ。あの子は、幼いうちに無理やり両親から引き離され、自由も奪われ、人並みの幸せを味わうことすら許されずに育ってきた。きっとこれからも奪われ続けるだろう。せめて添い遂げる相手ぐらい、日向が本当に好きな人にしてあげたいんだ」

「ねえ亮、日向には誰か好きな人がいるの?」

 亮は目を開けてすずを見た。

「まだ本人は自覚できてないんじゃないかなあ。日向が誰を想っているのかは、端から見たら一目瞭然なんだけどね。何しろ日向自身がその手の事に疎いから」

 言って亮が苦笑いする。

「それに、相手の方も不器用極まりない朴念仁だから、あの調子じゃ、まだまだ時間がかかるんじゃないかな」

「その相手って、亮のお眼鏡にはかなってるの?」

 すずの質問に、亮は意地の悪い微笑みを浮かべて首を横に振った。

「今の時点ではただのだひよっこさ。全然だめだね。僕としては、会うたびぶん殴ってやりたくなるようなクソガキだよ。あいつ、この前も日向のことを泣かせたんだ」

 その時の苛立ちを思い出したのか、亮は舌打ちをする。

「泣かせる…? どんなふうにですか?」

 主税が目を細め、厳しい口調で問いただした。

「ああ義兄さん、たぶん義兄さんが心配しているような類の心配はないよ。あのクソガキ、見た目はかなりいいけど、極度の人間嫌いなところがあるからね。女の影とかそういう類の心配はない。あったら僕が八つ裂きにしやてるよ。ただ単に、対人スキルの低さのせいで日向に心配かけることが多いだけだ」

「そうですか…」

 主税がほっと息をつく。

「あ、でもあのクソガキ、日向以外の女と婚約したらしいよ」

 すずと主税が、同時に弾かれたように亮を振り返る。

「だから全然だめだって言ってるんだよ。おおかた何か弱みでも握られたんだろうけど。ほんと馬鹿で愚図なガキだ」

 亮は苛立ち、吐き捨てるように言った。

「ま、その程度の問題をさばききれないくらいなら、日向の伴侶としては力不足だね。日向の相手として認めるわけにはいかない」

「亮ったら…決めるのは日向じゃない」

「姉さん、そんな甘いこと言ってたらダメだよ。日向を守れもしないような奴に、日向を任せるわけにはいかないよ」

 そこで一度言葉を切ってから、亮は片方の口角だけを持ち上げ不敵な微笑みを浮かべる。

「だから石神本部によく飼いならされてるあいつなんかは論外だね」

 亮は、暗に弦をなじった。

 主税は困ったような微笑みを浮かべて吐息を吐き出す。

「父親としては、日向の好きな人で、なおかつ日向にとって誠実な良き伴侶になってくれる人間ならそれだけでいいのですけどね」

「だから義兄さん、そんな甘いこと言ってたらダメなんだよ。日向を守れるような人間じゃなきゃ絶対にダメだ」

「日向の結婚相手は大変そうね。亮のハードルは高すぎるわ」

 すずも苦笑を浮かべた。

「さて、私たちはそろそろ行かないと」

「そうだね、その件はまた後でじっくり吟味するとして、亮君、私たちは少々やらねばならないことがあります。将門塚は君に任せてもいいかい?」

 すずと主税の言葉に、亮は頷く。

「助かるわ。亮がここに居てくれると安心だもの」

 亮は、両腕を組んで軽く肩をすくめて返した。

「で、姉さんたちは、これからどうするの?」

「手分けをして塞の封印をなおしてくるつもりよ。私が日枝神社、増上寺方面、主税さんが神田明神、寛永寺方面に行ってくるわ」

「やっぱり連中は他の塞も破壊してあるんだね」

「そのようね」

「どうりでここの封印が不安定なわけだよ」

 亮は溜息とともに髪を掻き上げ、剣呑な光を宿して弦の消えた方向を見やる。

「それにしてもあいつ…他にも何か隠しているみたいだったけどな…」

 呟くように言われた亮の言葉に、すずと主税が意味深に視線を交わした。

「そのことなんだけど亮…大物忌の話では、色々と面倒な事態になっているみたいよ」

 亮は片眉を上げる。

「面倒?」

「実は、鬼の中に内通者がいるみたい」

「内通者?」

「そうなの。そいつが手引きをして、常陸と武蔵の神宝が敵に奪われたらしいわ」

 亮は舌打ちをした。

「神宝も欠いていたのか。だからこんなにも塞が簡単に破壊されたんだね」

 すずは頷いた。

「敵は、用意周到に今回の件を計画していたみたいよ。最初に東京各地の塞へ発覚しない程度のダメージを与えて弱まらせておいて、その上で神宝を奪って東京に巨大地震を起こしたらしいの。本当は越後や駿河の神宝も奪うつもりだったみたいだけど、何とかそれは阻止できたみたい」

 亮はため息を吐き出す。

「何とも間抜けな話だね。味方に足元をすくわれるとか、無様すぎて笑える」

「亮、他人事みたいに言わないの」

 亮は悪びれるふうもなく肩をすくめた。

「しかしこれでようやく分かったよ。あいつは僕に内通者の存在を知られたくなかったんだね。メンツの問題もあるだろうけど…もしかしたら、内通者が内々に処分しなけりゃならないようなやばい人物だったりして」

 亮の目がきらりと暗く光る。

 すずは首を横に振った。

「さあね、私たちも内通者が誰なのかは知らされていないの。とにかく、私たちは東京の塞の危機を救うことで、石神にでっかい恩を売っておきたいのよ。まずは交渉のカードを手に入れてかないと」

「そうか、頑張ってきて。僕もこの件でたくさんの恩を売っておくよ」

 そう言って亮は破壊された将門塚を見やる。

「それにしても、まだまだ何か起こりそうな予感がするんだよね…しかも、かなり嫌な予感」

「わかるわ、私もしてる。どうもざわついてしょうがないの」

 言いながら、すずは自分の首筋を撫でた。

 主税はため息を吐き出す。

「二人の神託が一致しているとなると、まだまだ気を抜けないですね。ともかく、今はやれることからやっていきましょう」

 主税の言葉にすずは頷く。

「じゃあ亮、ここは任せたわ」

「了解、二人とも気を付けて」

「亮も気を付けてね」

「ではすずさん行きましょう」

 主税の言葉を合図に、すずは軽やかに身を翻す。

 そうして将門塚に亮一人を残し、すずと主税はそれぞれの目的地へと向かって移動した。


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