十三 新宿 その七
「冴月さん! 大丈夫ですか!?」
怜治が、切羽詰まったような声で冴月に声をかける。
冴月は、かすかに頷いて返した。
「卜部、百目鬼を頼む」
「わかりました」
怜治は頷いて良蔵の側に走り寄る。
良蔵は背中を打ち付け、痛みに呻いていたが、怜治の手を借りて何とか立ち上がった。
「良蔵、怪我は?」
「大丈夫だ。骨までいっちゃいねえ。それよりあの草薙剣は、ずいぶんと厄介な代物だな」
怜治は、良蔵の言葉にうなずいてから冴月を見た。
「あの剣を長時間使うのは命とりですね。使い続ければ、きっとあの凄まじいまでの神気に飲み込まれてしまうでしょう」
良蔵は頷く。そして目を細めて草薙剣を見た。
「あれは、人間が使いこなせるような代物じゃねえ。隠すようにして封印されていたのも頷ける」
「早く封印しなおしましょう。これ以上冴月さんに無茶をさせるのは得策ではありません」
「ああ」
二人は、草薙の剣を封印していた箱を回収するために大地を蹴った。
しかし、オイゲンとエッカルトが二人の進路を阻むように立ちふさがる。
「どけと言っても無理だろうな」
オイゲンとエッカルトは不敵な笑みを浮かべた。
その刹那、良蔵は攻撃を仕掛ける。
頭部を狙って蹴りを放ったが、オイゲンは腕をあげてかわした。流れるような動作でひじ打ちをしてくる。
良蔵はその攻撃をかわした。
その動きを読んで、エッカルトがパンチを繰り出してくる。
しかし、良蔵はその攻撃もかわすと、エッカルトの腹部に蹴りを決めた。
「怜治!」
行けとばかりに良蔵が名を呼ぶ。
怜治は、エッカルトとオイゲンの横をすり抜け、木箱の元へと走った。
冴月は、虺と対峙している。
その表情には、苦悶の色が浮かんでいた。
肩で息をしながら、虺の動きを注視している。
虺は、草薙剣を警戒して、距離を取っていた。
止まない雨が冴月の体を打ち、体力をどんどんと奪ってゆく。
しばしの間、二者は動かなかった。お互いの出方を伺っている。
やがて冴月が鋭い一歩を踏み出すと、虺も動いた。
冴月が振り下ろした切っ先を素早く避け、虺は鞭のように尾を振る。
冴月は、その尾めがけて剣を振り下ろした。
グアァァッ
虺が苦しげな咆哮をあげる。
尾が切り落とされ、二つの頭は、苦しみもがきはじめた。
冴月は再度草薙の剣を構えて大地を蹴る。
二つある頭のうちの、一つをめがけて振り下ろした。
すると気配を察知した虺が、その刃に噛みつく。さらに、もう一つの頭が、冴月の体めがけて大きく口を開いた。
冴月の体は、虺に喰われるかに見えた。
しかし冴月は、力任せに刃を滑らせ、食らいついた虺の口を切り裂く。そして刃先をもう一つの頭めがけて振り下ろした。
頭を割られ、虺は、力なく体を揺らす。
冴月は剣から片手を離して刀印を結んだ。
「バン ウン タラク キリク アク」
宙に描かれた五芒星は光り輝く。虺に向かって放たれた五芒星は、ぶつかると爆ぜた。
虺の体は、雲散霧消した。
『ばかな…あんなにも簡単に消されてしまうとは…』
エッカルトは、良蔵に蹴られた腹部を押さえながら呆然とつぶやく。
その横では、オイゲンと良蔵が一進一退の攻防を繰り広げていた。
『エッカルト! 何としてもあの剣を奪え!』
エッカルトは、はっと我に返って冴月へと走り寄る。
「冴月! ぼさっとしてんじゃねえ!」
冴月は、エッカルトを振り返ったが、その表情はうつろだ。
両肩で息をして、体はぐらぐらと揺らめいている。
エッカルトはにやりと笑って冴月めがけて蹴りを放った。
その蹴りが決まるかと思ったその時――――。
怜治が掌底を使って蹴りの軌道を逸らした。
背中に冴月をかばってエッカルトに対峙する。
怜治は、持ってきた箱を冴月の前に投げ、大地を蹴った。
エッカルトの繰り出してきた拳を避けて、怜治は腹部に掌底を当てる。
するとエッカルトは腹部を押さえて蹲った。ごほごほと咳き込み嘔吐く。
「冴月さん、草薙剣を箱に封印なさい!」
怜治は、エッカルトから視線を離さず、冴月に向けて声をかけた。
しかし冴月は何も答えない。
その表情はうつろで、体は力なく揺れていた。立っているのがやっとといった状態だ。
「冴月! 早く剣を放せ!」
良蔵の声に、冴月の表情がピクリと動く。
まるで石のように固まっていた手を、冴月は無理やり開いた。
草薙剣が、バシャリと水音をたてて濡れた地に落ちる。
同時に、冴月の体も傾いで倒れた。
「冴月!」
「冴月さん!」
怜治は瞬時に背後を振り返り、冴月の体を抱き起こす。
良蔵は舌打ちをして、オイゲンに足払いをかけて体勢を崩した。流れるような動作で腹部に拳を叩きこむ。
すぐに踵を返すと、冴月と怜治の元へと走り寄った。
エッカルトは、怜治にやられた腹部を押さえながら立ち上がる。その目は草薙剣を見つめていた。
エッカルトは手の甲で口元をぬぐい、草薙剣に手をのばす。
気付いた怜治が、その手を阻むように剣に手をのばした。
その時の事だ。
大地が急に揺れだした。
エッカルトの表情は驚きに彩られる。
『なぜだ…なぜ地震が?』
エッカルトは呆然と周囲を見渡した。
良蔵は舌打ちをする。
「くそ! 今頃になって余震か?」
良蔵は、揺れる大地に足をとられ、思うように前に進むことができなかった。
側に建つビルが、軋むような音をたてて、外壁が剥がれ落ちはじめる。
良蔵は、足をもつれさせながらも必死で冴月と怜治の元へと走り寄った。
『エッカルト!』
オイゲンの呼びかけに、エッカルトは我に返る。
エッカルトは、再び草薙剣に手をのばした。
しかし、それより先に怜治が草薙剣を掴んだ。
その刹那、道路に亀裂が走る。
その亀裂の上に、剣を入れていた木箱が落ちていた。
亀裂が裂け、木箱がぐらぐらと揺れる。箱が傾ぎ、裂け目に落ちるかと思われたその瞬間、良蔵が箱を拾いあげた。
「怜治、剣をよこせ!」
怜治は良蔵に草薙剣を渡す。
良蔵は、急いで草薙剣を箱の中に入れた。
良蔵は人知れず安堵のため息を漏らす。
しかし――――。
「良蔵!」
不意にかけられた怜治の切羽詰まった声に、良蔵は再び緊張の色が走った。
怜治の視線の先を見れば、側に立つビルが傾きはじめていた。
「怜治、箱はお前が持て。俺が冴月を運ぶ」
言って良蔵は怜治に木箱を押し付ける。
そして冴月の体を背中に担ぎ上げると、急いで移動を開始した。




