十一 新宿 その五
険悪な雰囲気のまま三人はビルの地下へと戻る。
ボイラー室を抜けて階段を登り、地上へと帰還した。
外はまだ雨が降っていた。叩きつけるような豪雨ではなく、しとしとと降る雨だ。
人々はすでに避難したようで、地上には、ほとんどひと気がなくなっている。
冴月は、外に出ると一度天を仰いだ。
片手には宝剣の入る箱を抱え、空いたもう一方の手は、白くなる程強く握りしめられている。
天を見つめるその眼差しには、何か焦燥のようなものが混じっていた。
無表情な仮面の下の冴月の素顔が、今まさに垣間見えていた。
「冴月さん、次はどうするつもりです」
怜治の言葉に、冴月は振り返る。その表情は、いつもの無表情に戻っていた。
「大手町に向かう」
「将門塚ですか」
怜治の言葉に、冴月は頷く。
「まだ東京の結界は完全に破れてはいない可能性がある。おそらく、まだ将門塚の塞が――――」
冴月は、言いかけていた言葉を不意に止めた。
怜治と良蔵の表情にも緊張が走る。
気が付くと、周囲は数人の外国人に囲まれていた。
そのうちの一人が、前へと一歩進み出る。
「その箱を渡してもらおうか」
男は流暢な日本語で言った。
そう告げてきた外国人の男を見て、怜治が軽く目を見開く。見知った相手だったのだ。
その男は、水箏と怜治が蛇塚の塞を巡回していた時に出会った外国人の男だ。
「前に一度お会いしていますね…千束の蛇塚で」
怜治の言葉に、男がにやりと笑った。肯定の意味だ。
流暢な日本語をしゃべった男は、蛇塚で怜治が木刀を使って打ち据えた鉤鼻の男だった。
「あの時の礼をさせていただこう」
男は、怜治に打つたれた腹部を押さえてから、周囲の男たちに合図を送った。
男たちが、一斉に三人に襲い掛かってくる。
良蔵と怜治が、冴月を背後にかばうようにして外国人の相手をする。
そこに、もう一人の外国人の男が現れた。
『オイゲン』
男は、鉤鼻の男の名をそう呼んだ。
鉤鼻の男――――オイゲンは、背後を振り返る。
するとそこには、蛇塚でオイゲンを助けた外国人の男の姿が在った。
『エッカルト、お前も来たのか』
エッカルトと呼ばれた男は、蛇塚の時と同様に、古めかしい木製の杖のようなものを持っている。
杖には細かい彫刻が施されており、杖の表面は、まるで縄を巻きつけたような蛇の紋様が刻まれていた。
エッカルトは手に持つ杖を見下ろすと、にやりと笑う。
『あの箱の中にある呪具はすばらしいぞ。見ろオイゲン、カドゥケウスの杖が反応している』
杖は、淡く光り輝いていた。
『あれはアゾット剣以上の力を秘めているに違いない』
『なるほど、ヨアヒム様が是が非でも手に入れようとしたのも頷けるな…』
そう言ってオイゲンは目を細める。
目の前には、外国人たちの攻撃に必死で応戦する冴月たちの姿が在った。
『しかし、この宝はその場所を調べるのに随分と手間取ったな…新宿鬼王神社の周辺にあるとは聞いていたが、まさか地下に隠してあったとは…。どうりで見つからないはずだ』
『石神の中でも、あの草薙剣の存在は一部の人間しか知らない。あの剣の守護の任は、石神の首領――――大物忌が極秘に決めているようだからな』
『しかしその呪具も、ようやく我々の手に入るというわけだ』
言ってオイゲンは、くつくつと喉を鳴らす。
『そうだ。あれは、なんとしてでも手に入れねばならん』
エッカルトは冴月を見つめながら、ポケットの中から赤い石を取り出した。
その深紅の石をオイゲンに見せる。
するとオイゲンが目を見張った。
『それは…』
エッカルトが再び喉を鳴らす。
『ヨアヒム様も許して下さるだろう。ここで使わずしていつ使うというのだ』
言ってエッカルトは石を持つ右手を高々と持ち上げた。
手を振り下ろして石を地面にたたきつける。
深紅の石が粉々に砕け散ると、シューシューと煙が立ち込め、中から巨大な虺が現れた。
冴月、怜治、良蔵の顔が驚愕に彩られる。
現れた巨大な虺の頭は二つあり、その禍々しい気配に三人は圧倒されていた。
四方田の運転する車は、道を探しつつ、都内を目指している。
震源地が千代田区ということで、隣接する文京区、新宿区、港区、台東区、中央区の被害は甚大であった。
ラジオのニュースで、その被害状況を聞かされるたびに、日向は心臓をわしづかみにされたような気持ちになる。焦燥感ばかりに苛まれた。
(冴月様…どうか無事でいてください。土岐も叔父様も先生たちも、どうかみんな無事で…)
祈るように両手を握りしめ、強く目を瞑る。
そんな日向の頭を、水箏が引き寄せた。
日向は驚いた様子で水箏を見る。
目が合うと、水箏は安心させるように微笑んだ。
「ヒナ、大丈夫だから心配しないで」
「水箏さん…」
「大丈夫、絶対にみんな無事だから」
力強く言い切った水箏の言葉に、日向は背中を押される。
都心に近付くにつれ酷くなっていく被害を目の当たりにし、気持ちが弱っていたが、水箏の言葉に力づけられた。
「ありがとうございます水箏さん」
(そうだ…。くよくよばかりしてはいられない。しっかりしないと…)
日向が窓の外に目を向けると、雨は再び強まっていた。




