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塞の守り人  作者: 里桜
第四章
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十 新宿 その四

 冴月、良蔵、怜治の三人は、足早に地下通路を引き返していた。

 枕木やレールを避けつつ、小走りに暗闇のトンネルを走る。

 土岐が、自分から黙って姿を消したことは明白で、三人の間には重苦しい沈黙が流れていた。

「なあ怜治…土岐は何処に行ったんだ? …なんで黙って消えたりしたんだと思う?」

 良蔵が、沈黙を破る。

 怜治は表情を消したまま、目の前にある冴月の背中を見つめた。

「可能性はいくつかありますね…」

「どんな可能性だ?」

「先程の反応を見る限り、土岐は内通者の存在を知らなかった。それは、ほぼ確定していると思います。しかし、内通者の存在を知り、その人物に思い当たる節があった」

 良蔵は、弾かれたように怜治を振り返った。

「だったら、なんで俺たちにその『思い当たる節』とやらを話さないんだ。どうして土岐は、黙って姿を消したりしたんだ」

 良蔵の問いかけに、怜治は緯線を伏せる。

「おそらく、我々に話すことができない理由があるからでしょう」

「話すことができない理由?」

 怜治は頷いた。

「たとえばの話ですが、その内通者が土岐の親しい人間であると考えたらどうですか? 土岐の性格上、その人間をかばうかもしれません」

「なるほどな…。土岐はその人間が内通者であることを知らなかったわけだから、直接本人に確かめに行くことも頷けるな」

 良蔵は納得した様子で怜治を見る。

「他にはどんな可能性がある」

「たとえば、その人物が内通者であると知らずに、土岐が何か手助けになるようなことをしていたと考えたらどうでしょう」

「つまり、相手が内通者と知らずに、土岐が何かに利用されていたってことか?」

「そうです。最近の土岐には、どこか違和感を覚えていました。はっきりとは言えないのですが、元気がなかったというかなんと言うか…」

 怜治の言葉に、良蔵が一度目をしばたたかせる。

 しかし、すぐに考え込むようにして一度視線を伏せると頷いた。

「そうだな、いつも生意気な口ばかり叩いていたくせに、このところずいぶんとおとなしかったよな…。思い返してみれば、将門塚で掃守さんが負傷した辺りからおかしかったかもしれねえ」

「さすがですね。なんだかんだ言っても、子供たちのことをよく見ていますね良蔵は」

「うっせーよ。そんなこたあどうでもいいよ」

 良蔵は照れくさいのか、かすかに焦った様子で怜治を睨みつける。

「それよりも土岐のことだ。これは単なる俺の印象だが、可能性として強いのは、二つ目の方かもしれねえな。もしかしたら、土岐は誰かに利用されていたのかもしれねえ。どんなふうに利用されてたのかは、全く分からねえが…」

「そうですね…最近の土岐の様子を思い返すと、違和感ばかり覚えます」

 そこで一度言葉を切ると、怜治は良蔵を見て皮肉の混じった笑みを浮かべた。

「そう言えば、違和感についてでしたら、良蔵、あなたに対しても感じていましたけどね。まあ、その理由もようやく分かったわけですが」

 怜治は、良蔵が内通者の件を黙っていたことをあてこすっているのだ。

 良蔵は、ばつが悪そうに首の後ろを撫でる。

「…悪かったよ」

 その答えに、怜治の笑みが仕方ないというものに変わる。

「過ぎたことを今更責めても仕方ありませんので、今回のことは水に流しますが、次はありませんよ」

「了解」

 くぎを刺してから、怜治は再び表情を引き締めた。

「話しを戻しましょう。これはあくまでも可能性であって、想像の域を出ませんが…もしかしたら土岐は、誰かに何かを強要されていたのかもしれませんね」

「強要? つまり命令されてたってことか?」

 良蔵の質問に、怜治は曖昧に頷く。

「あくまでも私の想像にすぎません。本人に確かめて見ないことには、確とは言えません」

「命令ねえ…。そんなもの、おとなしく聞くようなたまじゃねえんだが…」

「そうですね、私もそう思います。ですが、何か弱みを握られていたと考えたらどうでしょう。弱みに付け込まれたとなれば、ありえない話ではありません。いずれにせよ土岐は、自らの不始末を、自分で決着をつけに行ったのかもしれませんね」

 怜治の言葉に、良蔵はぎりりと歯を噛み鳴らした。

「あんのバカが!」

 良蔵は足を止めて、トンネルの壁を拳で殴りつける。

 怜治と冴月も足を止め、良蔵を振り返った。

「おい冴月、お前内通者の見当はついているんだろ。だったらそいつの名前を教えろ!」

 吠えるように言って良蔵は冴月に詰め寄る。

 冴月は無表情を崩さず、黙って良蔵を見返していた。

 良蔵は、カッとなって冴月の胸ぐらを掴み上げる。

「てめえ、この期に及んでまだ黙ってるつもりか!? 土岐が心配じゃねえのかよ!」

 冴月は、無表情だったはずのその目に怒りを宿して、良蔵の手を振り払った。

「お前には関係ない」

「関係ないだと? ふざけんな!」

 良蔵が再び冴月に掴みかかる。

 両手で胸ぐらを掴んで、冴月の体を壁に押し付けた。

「良蔵! やめなさい! こんなところで仲間割れをしてどうするんですか!?」

「うるせえ! これが黙ってられっかよ!」

 良蔵は、壁に押し付けた冴月の首を締め上げる。

「土岐は内通者のところに行ったに違いねえんだ。早く名前を教えろ!」

「良蔵!」

 怜治が慌てて二人の間に割って入り、良蔵の手を冴月から引きはがした。

「いい加減にしなさい。少しは頭を冷やしなさい!」

 良蔵を叱ってから、怜治は冴月を見る。

「冴月さん、あなたもいい加減にしなさい。言葉が足りないのは、あなたの悪い癖ですよ。あなたがそこまで頑なに口を閉ざすには、何か理由があるのでしょう。ですが、『関係ない』などと突き放した言い方をしては、収まるものも収まりません。話せないのなら、話せないなりに納得のいく説明をしてください」

 しかし冴月は相変わらず無言のままだ。表情を変えず、黙って乱れた襟元を直す。

「おい冴月…そうやって高いところから俺たちを見下ろすのは気分がいいか?」

 良蔵は、激しい怒りを宿した眼差しを冴月に向けていた。

 良蔵の剣幕に、怜治は頭が痛いとばかりにため息を吐き出す。

「良蔵、完全に頭に血が上っていますね…。いい加減にしなさい。先ほど頭を冷やせと言ったばかりで――――」

「俺はな、お前のそのスカした態度が気に入らねえんだよ!」

 良蔵は怜治の言葉を遮った。

 怜治の体をどけて、冴月の前に立つ。

「お前は土岐のことが心配じゃねえのか!? 土岐がどうなってもいいのか!? お前にとっては、土岐ですらその程度の存在なのかよ!」

 良蔵の激しい怒りを真正面からぶつけられても、冴月の表情は微塵も変わらなかった。

 むしろ、冷え冷えとしたものに変わっていく。

「お前に…何がわかる…」

 冴月は、苛立ちを孕んだ声で小さくそう言うと踵を返した。

 良蔵は、目を見開いて冴月の背中を見つめる。

 怜治は、やれやれとでも言いたげに息を吐き出した。

「あの様子では、絶対にしゃべらないでしょうね…」

 言って良蔵の肩を叩く。

 顎をしゃくって、冴月の後に続くようにと促した。


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