九 新宿 その三
「この宝剣を敵に奪われるわけにはいかないからだ」
冴月は、良蔵の質問に簡潔に答えた。
しかし、意味を理解しかねた良蔵は、怪訝な表情で問い返す。
「あのな…なんで剣を奪われないために、お前が封印を破ってまでその剣を手にする必要があるんだよ。このままここに隠しておいたほうがいいんじゃないのか? お前が持ち歩いた方が、逆に危ねえだろ。意味わかんねえよ」
すると冴月は冷たい両目を細めて良蔵を見返した。
「わからないだと? お前はわかっているはずだ、百目鬼」
冴月の言葉に、良蔵は何かを気づいた様子ではっと息をのむ。
「まさか…そうか…お前も聞いているのか…」
つぶやいてから口元を固く引き結んだ。
怜治は、訝しげに片眉を跳ねあげる。
「良蔵? どうしました?」
怜治は問いかけるが、良蔵は答えなかった。
土岐も不思議そうに良蔵を見る。
「良蔵さん? それに冴月さんも…。二人だけで何かを勝手に理解し合うのやめてもらえませんか? 俺たちにも説明してください」
土岐の言葉に、良蔵は拳を強く握りしめた。その眼差しは、冴月を見つめたままだ。
冴月は、無言のまま良蔵を見返す。表情は硬く冷たいままだった。
「良蔵さん」
土岐に名を呼ばれ、良蔵は息を吐き出す。
張りつめていた気配を緩ませ、良蔵は口を開いた。
「どうやら石神の内部に、内通者がいるらしい」
短く吐き出されたその言葉に、怜治と土岐の目が驚愕に見開かれる。
「内…通者…?」
土岐が、呆然とした表情でつぶやいた。
良蔵は、はっきりと頷く。
「甕が言っていた。掃守さんが負傷して手術を受けていたあの日、俺は病院の駐車場で甕に会って、内通者の存在を聞かされたんだ」
土岐が目を見開き、信じられないとばかりに首を横に振った。
「そんな…嘘だ…」
驚く土岐を尻目に、冴月が口を開く。
「嘘ではない。事実だ。その証拠に、常陸と武蔵の神宝が奪われた。神宝は、ダミーが用意されていたにもかかわらず、本物が奪われたんだ」
怜治と土岐は、弾かれたように冴月を見た。
良蔵も驚愕の表情に変わる。
「神宝が奪われただと!? 本当かよ!」
「ああ、本当だ」
冴月は無表情のまま頷いた。
怜治は、いち早く驚愕から覚め、顎に手を当てる。
「ダミーを用意してあったのですか…。にもかかわらず、本物の神宝が奪われたというのですね…」
怜治がひとり言のように呟いてから冴月を見た。
「ダミーについての情報を知っているのは、限られた人間だけということですよね。実際、我々の耳には届いていなかったわけですから…。ということは、内通者は上層部に存在するということですか…。厄介なことですね」
怜治の言葉に冴月は頷く。
「そうだ。だからこの草薙剣も、いつ敵に奪われることになるかわからない。それゆえ回収しておく必要がある」
言って冴月は踵を返す。
再び、錠前に鍵を差し込んだ。
「草薙剣は、十種の神宝に匹敵する呪具だ。十の塞で神宝を欠いている今、この剣が必要になってくるはずだ」
カチリと音をたてて錠前が外れる。
両開きの扉を開くと、社の中に箱のようなものが見えた。木箱と思われるその箱は、布で覆われ、紐で括られている。
冴月は両手をのばしてその箱を手に取った。
「なあ、お前は内通者に見当がついているのか?」
良蔵の問いかけに冴月は振り返ったが、しかし質問には答えない。
「相変わらずのだんまりかよ」
良蔵が舌打ちをした。
「いい加減、そろそろお前の手の内を晒してもいい頃なんじゃないか?」
「良蔵の言う通りです。この現状で、我々にまだ隠し事をする必要がありますか? 今後の対策を練るためにも、是非あなたの持っている情報を、全て教えていただきたいのですが」
怜治も良蔵の援護をする。
しかし冴月は、箱を抱えたまま無言で立ち上がった。
「おい」
良蔵が不満げに声をかけるが、冴月は無表情のままだ。
「冴月さん」
怜治も声をかける。
だが、口を真一文字に引き結び一言も漏らさなかった。
「おい! いい加減にしろ!」
良蔵が怒鳴ったその時のことだ。
不意に、無表情だった冴月の表情が変わった。
冴月は、突然視線を周囲に彷徨わせはじめる。
つられて、良蔵も冴月の視線を追いはじめた。
「?」
怜治も、怪訝な表情に変わって冴月の視線の先をたどりはじめる。
そして、あることに気付いて息をのんだ。
「…土岐…?」
気が付くと、いつの間にか土岐の姿が消えていた。
日向、水箏、火織の三人は、四方田の運転する車に同乗していた。
助手席に火織が乗り、日向と水箏は後部座席に座っている。
怒りを宿した水箏の視線は、ずっと四方田へと向け続けられていた。
「ああ、なんだ…。そろそろ機嫌を直してくれないかな。さっきから視線が痛いんだが…」
四方田は首筋を撫でながら、ミラー越しに水箏を見やる。
しかし水箏の口元は真一文字に引き結ばれたまま開くことはなく、ミラー越しに視線が交わると、苛烈さが一層増した。
「水箏さん」
日向がなだめるが、水箏の怒りは収まらない。それどころか、なおさら増した。
「ヒナは黙ってて」
低くつぶやかれた言葉に、日向は眉根を寄せる。
火織はちらりと後ろを振り返ってから、すぐに視線を前に戻した。
「みーたん…本気で怒ってんな」
ぽそりとつぶやくと、聞き逃さなかった水箏が鋭く火織を一瞥する。
「黙ってろって言ってんでしょ」
ギロリという言葉がぴったりの視線を火織にくれてから、視線を四方田に戻した。
火織は肩をすくめて黙り込む。
重苦しい沈黙が支配するなか、車は熊谷市方面を経由してから南下していた。
高速道路は規制されており、不通区間があるらしく、そのため一度北上してから一般道で東京を目指すことにしたのだ。
四方田は、諦めたようなため息を吐き出す。
ちりちりと焼けるような視線を首筋に感じたまま、無言で車を走らせたのだった。




