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塞の守り人  作者: 里桜
第四章
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八 新宿 その二

 鍵を持った冴月は再び廊下に出た。

 明かりのない暗い廊下を懐中電灯で照らして、通路の奥へと進む。

 良蔵、怜治、土岐の三人は、無言でその後ろに従った。

 やがて通路の突き当りに着くと、冴月は、その側面にある関係者以外立ち入り禁止と書かれた重いスチール製のドアを押し開く。

 ドアを開けると、そこには上下に通じる階段があった。

 冴月はその階段を、迷いのない足取りで下りていく。

 コツコツと、四人の靴音だけが響いていた。

 三階分の階段を下りると、冴月は足を止める。

 階段はまだ下へと続いていたが、冴月はそのフロアにあるドアの前に立った。

 分厚いスチール製のドアには、またしても「危険 係員以外立ち入り禁止」と書かれたシールが貼り付けられている。

 冴月は、管理室から持ってきた鍵束から鍵を選び、ドアの鍵穴に差し込んで回した。

 カチリという音をたてて、開錠される。

 その扉を押し開けると、冴月は暗い室内を進んだ。

 その部屋は、一見するとボイラー室のように見える。床から天井まで配管が複雑に入り乱れ、計器やハンドルのようなものまでついていた。

 ただし、停電により動いてはおらず、まるで廃墟のような不気味な静けさを漂わせている。

「なんだここ…」

 良蔵は、天井から床までぐるりと見回してつぶやいた。

「こんなところに何の用事があんだよ」

 声をかけるが、冴月は無言だ。

 良蔵は、小さく舌打ちをする。

 無言のまま狭く圧迫感のある通路を進むと、再びドアが現れた。

 冴月は、またしても鍵束を使ってドアを開け、奥へと進む。

 ドアの向こうには、またしても太い配管が連なっていた。それは、さながらプラントのようだ。

 冴月は、周囲は全く気にもとめず、ずんずんと進む。

 配管の影に隠れるようにして存在するドアを、鍵を使って開けると、今度は広い通路に出た。

 良蔵たちは、驚いた様子で後に続く。

 通路に出ると、ぐるりと周囲を見渡した。

 明かりは、冴月の持つ懐中電灯だけの心もとない光だったが、暗闇に慣れていた目は周囲の景色をなんとか捉えることができる。

 通路はトンネル状の構造をしており、どうやら地下鉄のようだった。

 何故なら、通路の床には古びた枕木が存在し、その上に二本のレールが伸びていたからだ。

 しかしトンネルは長年使われた形跡がなく、レールにはさびが浮き上がり、トンネルの内壁もところどころがひび割れて地下水が染み出し、苔むしていた。

 空気の淀んだかび臭いトンネルを、冴月は無言で進む。

 途中にいくつもの分岐があるが、冴月はその地図を完ぺきに記憶しているようで、迷うことなく早足に進んでいる。

「まるで迷路だな。俺は自力で帰れる自信がねえよ」

 良蔵の言葉に、怜治も頷いた。

「新宿の地下に、このように張り巡らされた古いトンネルがあったとは知りませんでしたね」

 言いながら、怜治はぐるりと天井を見回す。

「戦前にでも使われていたのでしょうか?」

 怜治が誰ともなしにたずねる、しかし冴月は何も答えなかった。

 怜治は、諦めたようなため息を一つ吐き出す。

 四人は、無言で歩き続けた。



 やがて、古めかしいトンネルの側面に、またしてもドアが現れる。

 冴月がカギを使ってそのドアを開けると、その奥には細い通路が存在していた。

 岩を手掘りで掘削し、穴をあけたような通路は、人が一人通るのがやっとといった狭さだ。

 ピチャン ピチャン

 岩の割れ目からは地下水が染み出し、むき出しの岩肌に打ち付けていた。

 通路の中は、むっとするような暑さだ。

 湿気を多分に孕んだ空気が、冴月たちに重苦しくまとわりついている。

 額から流れ落ちた汗が顎先を伝い、良蔵は不快気に腕で拭った。

「ったく、まだ着かねえのかよ。いったいどこに行こうとしてやがるんだよ」

 ぼやくように呟かれた良蔵の言葉に、答える者は誰もいない。

 怜治や土岐も、暑さに辟易したような表情を浮かべているが、しかし冴月だけは、涼しげな表情で歩き続けていた。

 だが、息苦しい程の狭さの通路にもやがて終点がやってくる。

 狭い通路の先には、ぽっかりとあいた空間が存在していた。

 石の内部をくりぬいたその場所に降り立つと、良蔵、怜治、土岐の三人は目を見張る。

「なんだよここ…」

 そこには、古びた小さな社が存在していた。

 社の正面の扉には、古めかしい錠前がぶら下がっている。

 冴月は社の正面で屈み、錠前に手をかけた。錆びついた穴に鍵を差し入れる。

 しかしその手を良蔵が止めた。

「おい、ちょっと待て。先に説明しろよ。お前、何をしようとしている? この社には結界が張られているんじゃないのか?」

 良蔵が、目を細めて社を見る。社の入り口には、扉を塞ぐようにして紙札が貼り付けられていた。

 その言葉に怜治も頷く。

「そうですね、この社には、何かが封印されているようです。いったい何が封印されているのですか?」

 怜治も両腕を組んで冴月を見つめた。その視線は鋭い。

「いい加減に質問に答えろよ」

 良蔵は焦れた様子で、掴んでいる冴月の腕に力を入れる。

 冴月は小さく息を吐き出した。その様子は、どこか辟易しているようにも見える。

 冴月は腕を掴まれたまま一度立ち上がり、良蔵を見返した。

「ここに封印されているのは草薙剣(くさなぎのつるぎ)だ」

「なっ!?」

 冴月以外の三人は、驚愕に目を見開く。

「草薙剣…? それがここに…?」

 にわかには信じられない様子で、良蔵が呆然と首を振った。自分の額に、空いている手のひらを押し当てる。

「何言ってんだよお前…草薙剣は、平安時代末期の戦乱時――――平家滅亡の時に壇ノ浦で紛失しているはずだろう? それが、どうしてこの現代に存在し、なんで新宿の地下になんか封印されているんだよ」

「さあな」

 冴月の返事に、良蔵の表情が怒りに変わる。

「てめえ、ふざけんなよ。真面目に答えろ!」

 しかし、冴月の表情はかわらなかった。

「ふざけてなどいない。俺は理由など知らない。知らないものを答えることなどできない」

 そう言って冴月は、良蔵の腕を振りほどいた。

「ここに封印されている物は『草薙剣』と呼ばれている。それは紛れもない事実だ。そして、歴史上紛失されたと言われている宝剣が、どうやって守り伝えられてきたのか、その経緯を俺は知らない」

 言い切った冴月と良蔵の視線が、苛烈に交わる。

 しばし睨みあった後、やがて冴月が苛立ちをあらわにしながらも続けた。

「ただ…ここの場所に封印された理由ならなんとなく推測できる。おそらく第二次世界大戦中の混乱期に、列強から守るためにこの地に隠されたのだろう。あくまでも、俺の勝手な憶測だが」

 無表情に言って、踵を返す。

 再び社の鍵に手をのばそうとしたが、またしても良蔵が止めた。

「おい、待て。まだ話は終わっちゃいねえ」

 冴月は眉をひそめて良蔵を振り返る。

「百歩譲ってその話が事実だとしよう。だったらお前は、なんでその封印を破ってまでその『草薙剣』を手に入れようとしているんだ?」

 嘘は許さないとばかりに激しくむけられるその目を、冴月は冷めた目で見返した。


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