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塞の守り人  作者: 里桜
第一章
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六 石神東京支部

 眠りから覚めた日向(ひなた)は、あくびをかみ殺しながら、伸びを一つした。

 近代的なビルの有料駐車場に車を止めると、六人は車を降り、歩きはじめる。

 快適な車の中とは違い、外はうだるような暑さだった。

 じりじりと焼けつくような炎天下のもと、六人は一旦ビルを出て路地を歩き、すぐ近くの古い雑居ビルへと入る。

 ビルは、昭和の雰囲気を醸し出す、年代物の建物だった。

「ねえりょーちゃん、こんなところに石神(しゃくじ)の支部があるの?」

 水箏(みこと)が、おそるおそると言った様子で周囲の壁を見回す。

 そこは、耐震構造に問題のありそうな、古めかしいビルだった。

 コンクリート壁の、ところどころが剥げ落ち、無数のひびも入っている。通路の狭い旧式のビルだ。

 ビルの中は薄暗く、建設当初は白かったであろう壁も、今では黄色く変色していた。

「なんだ、水箏は東京支部ははじめてか。日向は来たことあるよな」

 良蔵(りょうぞう)の問いかけに、日向は頷く。

「水箏さん、大丈夫ですよ。ここはこんなんですけど、五階の事務所は綺麗ですから」

「ヒナ、ほんと? 私不衛生なところって苦手なの。こんな黒い虫が出没しそうなところに泊まるのはいやよ」

「本当にきれいですよ。だから大丈夫です」

 日向がほほ笑みかけると、水箏は、日向の腕にするりと手を絡めた。

「でも、ま、ヒナと一緒にお泊りできるなら、多少汚くても我慢するわ。今夜は二人で女子会しましょうね」

「なんだよ女子会って」

 良蔵が呆れ顔で問いただす。

「女子会は女子会よ。りょーちゃんみたいなおじさんや、どこかの誰かさんみたいな、陰険クソ野郎は参加できない神聖な会よ」

 水箏がそう言い切ると、全員の視線が一斉に冴月(さつき)に向かう。

 しかし冴月は一切関知せず、狭い通路を無言で歩いていた。



 雑居ビルのエレベーターには使用禁止と書かれた手書きの紙が貼られており、必然的に古めかしい階段を昇ることとなる。

 階段はいたるところがめくれあがり、ぼこぼこといびつで勾配も急だった。

 六人は黙々と階段を登り、五階へとたどり着く。

 先頭を歩いていた怜治が薄汚れた廊下を進み、ある一室の扉を開いた。

 すると、扉を開けた途端中の景色は一変した。廊下までとは違い、壁も床も真新しい近代的な部屋の様子が目に飛び込んでくる。

 床はつややかなグレーの天然石で覆われており、室内に置かれているシステム机は全て白。椅子は、キャスター付の目に鮮やかな黄緑色の椅子で統一されていた。

 広い室内には数人の(もの)がいて、ある者はパソコンに向かっていたり、またある者は電話をしていたりと、普通のオフィスと何ら変わらない光景が広がっている。

 中にいた一人が、日向たちの訪れに気が付き、歩み寄ってきた。

「よう、卜部(うらべ)百目鬼(どうめき)じゃねえか。手伝いに来てもらって悪いな」

 坊主頭で黒い僧衣を身に纏った、がっしりとした体格の四十後半くらいの男が手をあげる。

 掃守(かにもり)宗一郎(そういちろう)である。

「掃守さん、しばらくお世話になります」

 怜治(れいじ)が頭を下げた。

「そりゃこっちのセリフだ。常陸も忙しいのに人手を割いてもらって悪いな。何か用意するものがあったら遠慮なく言ってくれ」

 そう言ってから、掃守が日向と冴月を見る。

「日向も物部の坊主も悪いな。このところ毎晩ひっぱりまわしてよ」

 掃守が、ごつごつと節くれだった大きな手を日向の頭に乗せた。

「お前はどうだ? 少しは眠ったか? 寝足たりなかったら四階の部屋を自由に使っていいぞ」

 ガシガシと、力強く日向の頭を撫でまわす。

 おかげで日向は、一緒にかくかくと頭が揺れた。

「大丈夫です。車でよく眠りましたから」

「そうか。だったらさっそく頼むよ」

 掃守は、目を細めて日向を見てから視線を移す。水箏と土岐に視線が止まったのを見て、良蔵が口を開いた。

「掃守さん、紹介しときますよ。この生意気そうな小娘が大掾(だいじょう)水箏で、そっちのひょろっとしたのが匝瑳(そうさ)土岐(とき)です」

 水箏は少しだけむっとした表情をしたが、口には何も出さなかった。

「そうか、俺は掃守宗一郎だ。よろしく頼むよ」

 掃守のあいさつに、水箏と土岐はぺこりと頭を下げる。

「ところで掃守さん、さっそく頼むってことは、すでにの潜伏場所に見当がついているということですか?」

「見当と言うかな…。最近()が頻繁に出没する地域が限定されているんだよ。だから日中から、その辺りの塞の巡回をしてるところなんだ」

「決まった場所…? そうですか…。場所が限定されているということは、つまり、その地域の塞を壊して回る、不届きな輩が存在するということですね」

 しかし掃守は、怜治のその言葉にため息を吐き出し、首を横に振る。

「いいや、塞はまったくと言っていいほど無傷だ」

「無傷!?」

 怜治と良蔵が驚きの声を上げた。

「ああ、無傷なんだ。たまに酔っぱらいやガキどもがいたずらすることもあるが、破壊されるほどの被害は皆無なんだ」

 掃守の言葉に、怜治と良蔵が視線を見合わせる。

「塞は壊されていないのに、が出没するのですか?」

 怜治の言葉に、掃守が難しい顔をした。

「そうなんだ。いったいどうなっちまってるんだか…俺にもさっぱりわからん。はじめは東北の塞から逃げ出した奴らが、こっちで暴れまわっているのかとも思ったんだが、どうもそういうわけじゃないらしい…」

 掃守は、釈然としない様子で自分の顎を撫でる。

「腑に落ちねえことだらけなんだよなあ」

 怜治と良蔵も、不自然な何かを感じているようだった。

「しかし…出没地域の塞は破壊されておらず、おまけに東北から逃げだしたでもないのだとすると…。どこか別の塞が破壊されているということになりますよね?」

 怜治の言葉に、掃守はうなずいた。

「たぶんそういうことになるんだろうな…。俺も気になってその辺りのことを調べてみたんだが…」

 掃守はそこで表情を曇らせ、腕を組んで考え込みはじめる。

「何かあったんですか?」

 掃守は、良蔵の問いかけにうなずき、困ったような表情で二人を見た。

「それが…俺にもよくわからねえんだ。最初は石神(しゃくじ)の本部に、その辺りの事を問い合わせてたんだが…。なんだか返事にやけに時間がかかってなあ…。俺はまどろっこしくなって、自分の伝手を使って、直接情報を集めてみたんだよ。すると、東京近郊では塞に被害はないが、あちこちの地方都市の塞が壊された形跡があったんだ」

「地方都市の塞…ですか?」

「ああ、地方の都市部の塞は、田舎と違ってどうしても自衛する力が弱いからな。調べた手ごたえとしては、どうやら人口が二十万~四十万人くらいの規模の地方都市の塞が集中して狙われ、破壊されている傾向が強いようなんだ。ま、要は手薄なあたりが都合よく狙われてるってことになるな」

 掃守の言葉に、怜治は黙り込む。

「だがな話はそれだけじゃ終わらねえんだ」

 怪訝な表情で、怜治が掃守を見た。

 掃守の眼差しに、鋭さが混じる。

「だいぶ経ってから、本部からようやく回答が来たんだが…塞が破壊された事例は上がっていないって言うんだ」

「破壊された事例がない?」

 怜治が片眉を跳ねあげた。

「ああ、おかしいだろ? 俺が調べた限りでも、それこそ全国津々浦々の、五十に届くくらいの数の塞が破壊されていたんだ。たぶん本気で調べりゃ、もっと数が増えるだろうさ。にもかかわらず、本部では把握していないって回答だったんだよ」

「なんだよそれ…」

 良蔵が戸惑いの表情を浮かべる。

「おそらくは情報統制がされてるんだろうよ」

 掃守が、面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 怜治と良蔵が、再び視線を見合わせる。

 掃守はそれに気づかず、盛大なため息を吐き出した。

「たぶん俺たち兵隊には、余計な情報を与えないつもりなんだろうな。ずいぶんと馬鹿にした話だろ? 俺も手が空いてりゃ、どういう了見なのか直接本部に怒鳴り込みに行くところなんだが、この状況じゃ東京から離れられねえ。おまけに電話したところで話の通じる奴らが捕まらねえからな、電話口で下っ端に怒鳴ったところで埒も明かねえ」

 掃守は、憤懣やるかたないと言った様子で続ける。

「おまけに、つい一週間前のことなんだが、(もたい)の小僧が、突然ここに顔を出しやがってよ。この辺りのについてのデータの、一切合切を、勝手にコピーして持っていきやがったんだ。あいつは本部の幹部だ。本部だけは、そうやって情報を集めて分析しているんだろうよ」

 怜治が腕を組み、顎を撫でた。

「噂に名高いもたい(ゆずる)氏ですか。次代の信濃(しなの)守長(もりおさ)と目されている若い鬼ですよね。年は確かまだ二十五だと聞いています」

 掃守が厳しい顔でうなずく。

「そうだ。生意気で鼻持ちならねえガキだったよ。俺も腹が立ったからよ、甕の野郎をとっつかまえて、情報統制の理由について直接聞いてみたんだ。けどな、あの野郎は食えねえ。のらりくらりと話をかわしやがって…『情報統制の事実など存在しません』だとよ。まるで話にならねえ。っとに気に入らねえガキだ」

 掃守は、太い腕を組んで肩をいからせた。

「察するに、本部は俺たちに情報を渡す気はないんだろう。こうなると、俺としても手の出しようがねえ。だったら俺は、俺に与えられた役割を果たすだけだ」

 掃守は、自分自身にそう言い聞かせているような様子だった。

 怜治と良蔵も、厳しい表情でその言葉を聞く。

「まあ、本部や甕のことは横に置いておいてだな、塞の話に戻すと、確かに塞が破壊されているらしい事実はあるんだが…けどちょっとおかしんだよな」

「おかしい?」

「ああ、何故かが出没しているのは、東京だけなんだ。壊された塞の側には、が出没していねえ。どうしてかわからねえが、東京にだけ突然出没しやがるんだよ」

 怜治が口を閉じた。じっと一点を見つめる。

「俺も色々と可能性を考えてみたんだ。最初は東京は人が多いから、逃げたが引き寄せられ、偶然たどり着いていたのかとも思ったんだがよ…。その割には、横浜や大阪、名古屋辺りにゃまったくと言っていいほど出没していねえ。どういうわけか、東京にばかりが出没しやがる」

 怜治と良蔵の二人は、無言のまま厳しい表情に変わった。

「つまり原因は不明のまま、が東京で大騒ぎしてやがるんだよ」

 掃守は深いため息をつく。

「ま、そういうわけでよ、一応、本部からの応援も来ているんだが、まったく人手が足りていねえ。今までは、首の皮一枚で何とか防げていたんだが…一昨日、とうとうの犠牲者が、一人出ちまった」

 それは、日向と冴月の祓ったが関わった、例の事件のことであった。

 掃守の表情に苦いものが混じる。

「これ以上、この東京で、による死人を増やすわけにはいかねえ。だから、来て早々世話をかけるが、お前たちにゃ早速骨を折ってもらわねえとならねえんだ」

 掃守は、そう言って怜治を見た。

 怜治と良蔵は頷く。

 掃守から、の出没地点について詳細を聞きだすと、六人は石神東京支部を後にしたのだった。


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