三 途切れる糸
時は、数時間程さかのぼる。
東京が大災害に見舞われる直前のことだ。
火織は、夜の国道をひた走っていた。バイクを疾走させ、逃げたハマーを追跡する。
西に向かうに連れ空は曇り、星の姿は見えなくなっていた。
ハマーは、てっきり高速を使うものだと思っていたが、一般道をひた走っている。
鹿嶋市から都内を目指すならば、潮来ICから東関東自動車道を使う方が交通の便が良い。しかしハマーは、千葉県に入る気配はなく、どうやら埼玉県方向を目指しているようだった。
ハマーは、交通ルールを無視して危うい運転を繰り返している。
信号無視は言うまでもなく、車に接触することも気に留めず強引に進路を確保し、時に百キロ以上のスピードのまま、反対側車線を逆送することもあった。
なんとかして火織を撒こうとしているようだったが、火織も必死で食らいついていた。
「逃がすかよ」
火織は車列をすり抜け、ようやくハマーの後尾につく。
すると、ハマーの助手席の窓が開いた。
中からギーゼルベルトが顔を出し、銃を構える。
「!?」
火織の両目が、驚きに見開かれた。
火織は、向けられた銃口をかわすべくハンドルを切る。
同時に、パンと乾いた音が響きわたった。
「正気かよ、こんな街中で銃ぶっ放すなんて」
火織は体勢を立て直し、再びスロットルを回す。
加速してハマーの後ろを目指した。
しかし、再びギーゼルベルトが銃を打ってきた。その弾が、バイクのタイヤにあたる。
「!?」
その瞬間、バイクはバランスを崩して転倒した。
バイクから放り投げられた火織の体が、放物線を描いて宙を舞う。
火織の体は中央分離帯の植え込みの中に投げ出され、横転したバイクは、火花を散らしながら道路を滑り、電信柱に激突した。
ガシャーンと、辺りに破壊音が鳴り響く。
その時のことだ。
突如として大地が揺れだした。
揺れが強まり、電柱が軋みはじめる。
火織は、痛みに顔をしかめながらも、植え込みの中から起き上がった。
そして、半ば呆然と、揺れだした周囲の景色を見渡しはじめる。
「地震か? 大きいな…」
言葉にしている間にも揺れは増し、周囲の建物のガラスが割れはじめた。
さらには、看板も落ち始める。
道路に亀裂が走り、揺れに合わせてぱくぱくと開いたり閉じたりを繰り返した。
火織は、息をのんでその光景を見つめる。
やがて揺れはおさまり…しかしその後には、生々しい地震の爪痕が残されていたのだった。
火織がハマーの追跡をしていた頃、日向、水箏、修也、そして四方田を含めた四人は、四方田の運転する車に同乗し、エリザたちの乗る車を追っていた。
偶然、鹿嶋の拠点で修也に遭遇した四方田は、電話の件を聞いて、そのまま修也についてきていたのだ。
今は、自ら運転手役を買って出て、国産の乗用車を運転している。
助手席には水箏が乗り込み、後部座席では修也が日向の治療をしていた。
式神を使い、エリザたちの居場所を追う水箏の表情は厳しい。
水箏は、式神を通じて、火織とエリザたちの状況を余すところなく見ていたからだ。
「水箏どうだ、火織は奴らに追いつけたか?」
「追いついているというか…相変わらずの追いかけっこ状態よ」
そう言って、水箏は苛立ったように目を細める。
「それにしても危ない運転するわねあいつら……あっ!?」
水箏が、言いかけた言葉を止め、不意に声をあげた。
「どうした?」
日向の傷の手当てをしていた修也が、手を止めて水箏に声をかける。
水箏は、焦燥感に唇を噛んでから言葉を続けた。
「あいつら、街中で銃を使いはじめたわよ。それに――――ああっ!?」
水箏は言いかけた言葉を飲み込み、再び声をあげた。
「今度はどうしたんだ水箏!」
「しゅーちゃん先生大変! 火織のバイクに弾が当たったわ!」
「何! 本当か!?」
「ええ!?」
日向も修也と一緒に驚愕に目を見開き、声をあげる。
「商長さんは無事なんですか!?」
水箏は首を横に振った。
「わからな――――」
水箏が答えようとしたその刹那のことだ――――。
突如として地震が起きた。
「!?」
地面がぐらぐらと揺れだし、四方田は慌てて車を止める。
路肩に止めた車は、激しく揺れた。
地面が波打ち、水がしみだしてくる。液状化現象が起こっているのだ。
なす術もなく見守る四人は、車ごと激しく揺さぶられる。
息を詰めて成り行きを見守り、やがて、心臓をわしづかみにされるような激しい揺れがおさまると、周囲の景色は一変していた。
液状化現象によって大地からは水がしみだし、家や電柱が傾いて道路には亀裂が走っている。
平衡感覚を失いそうな景色を、呆然とみつめていた四人の中で、最初に回復したのは修也だった。
「皆大丈夫か? 気分の悪い人はいないか?」
かけられた言葉に、水箏と日向は首を横に振る。
「大丈夫、それよりも――――」
水箏は一度言葉を切って周囲を見渡した。
「どうしよう、道がこんなんじゃ、車が進めないわ…」
目の前の道路は隆起し、段差ができている。
何より、液状化現象によってしみだしはじめた水が、辺りにとめどなく溢れだし、道を分断しはじめていた。
「仕方ない、迂回してみよう」
そう言って、四方田は方向転換をし、再び車を走らせはじめる。
車が動き出すと、水箏は悔しそうに唇を噛んだ。
「あっちの車は、少しくらいの段差は平気みたいよ…」
式神を通じて見つめる景色の中で、ハマーは難なく段差を乗り越え、ずたずたに引き裂かれた道を進んでいた。
「そうですね、向こうの車は大型の四輪駆動車でしたから…」
言って日向も眉根を寄せる。
「あまり離れすぎると、術を維持するのは難しいわ」
水箏の言葉に、沈黙が下りた。
この状態では、この先どこまで車で行けるかもわからない。
漠然とした不安感が一同を包んだ。
「ま、やれるところまではやってみるわ。簡単に逃がしてやるつもりなんかないわ。だから、早いところ、道を探してくれる? あいつら、今のところ変わらず西を目指しているみたいだから」
水箏は、重苦しい空気を吹き飛ばすかのようにそう言った。
しかし、その期待は裏切られることになる。
その数十分後、火織と合流したころには、すでにハマーの姿を見失っていたのだ。




