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塞の守り人  作者: 里桜
第三章
62/140

二十二 迅雷 その四

タグにもつけてはありますが、一応念のため。

地震の表現が入ります。不快感を覚える方、苦手な方は回避願います。

また、しばらく地震に関係した表現が入りますのでご注意ください。

 夜更けの将門塚には、二人の人間の姿が在った。

 最首亮と甕弦の二人である。

 頭上では雷鳴がとどろき、横殴りの激しい雨が打ち付ける中、二人は一心不乱に祝詞を唱えていた。

「ひと ふた みよ いつ むゆ ななや ここのたり ふるへ ゆらゆらと ふるへ」

 二人の眉間には深い皺が刻まれ、その表情は厳しい。

 二人の足元、地中奥深くでは、不気味な轟音が鳴り続けていた。

 ぐらぐらと小刻みな揺れがはじまると、二人の表情がさらに険しく変わる。

「ひと ふた みよ いつ むゆ ななや ここのたり ふるへ ゆらゆらと ふるへ」

 ほんの数時間前には、全く感じることのできなかった鬼気迫るような気配。

 それが、今の二人の声には混じっていた。



 時間は少し戻り――――。

 まだ、東京に雨の降る前の出来事である。

 夕闇が、やっと辺りを包みはじめたばかりの頃、将門塚では、亮と弦の二人がにらみ合っていた。

「ねえ、教えてよ」

 そう言って弦を射抜いた亮の眼差しは鋭く、危険な何かを孕んでいた。

 弦は、その眼差しを真正面から受け止め佇んでいる。

 亮は両腕を組んだまま、小ばかにしたように口の端を持ち上げた。

「この期に及んで、隠し事はないんじゃない? 僕たちのことは、捨て駒くらいにしか思ってないのかもしれないけど、捨て駒にもちゃんと意思があるんだよねえ。説明くらいしてよ。じゃないと、君の指示に従う気にはなれないんだよね」

 言われた側の弦は、相変わらず無言だ。

 しかしその眼差しは、迷いでかすかに揺れていた。

 亮は首をかしげて、見定めるように弦を見る。

「僕を思い通りに動かしたいなら、質問に答えなよ。それが交換条件だ」

 二人は、しばしにらみ合った。

 やがてその沈黙を破ったのは弦だった。

「隠し事? なんのことだかわかりませんね」

 表情を消し去った弦の固い声に、亮は目を細める。

「そう、それが君の答え」

 亮が、妖艶な微笑を浮かべた。

「だったら僕にも考えがあるよ。ここの件は他の人間に頼んでくれる? なんなら君がやったっていいんじゃない?」

 軽い調子で言い捨てると、亮は踵を返した。

「最首さん、待ってください」

「やだね。やる気なんか失せたから。勝手にすればいいよ。僕は手を引かせてもらう」

 亮は、ひらひらと手を振りながら立ち去ってゆく。

 弦が拳を強く握った。

「簡単な封印で、その場しのぎをするわけにはいかないんです。ですから貴方に白羽の矢が立ったのです。こと封印の術に関しては、関東であなたの右に出る者はいない。あなたがやらないというのなら、日向を呼び戻すまでです」

 弦の固い声に、亮の足が止まる。

「やってくれますよね」

 背中にかけられた弦の声に、亮がゆっくりと振り返った。

 その表情には、冷たい怒りが浮かんでいる。

「へえ? いい度胸してるね? 僕を脅すつもり?」

 亮が向き直り、再び両腕を組んだ。

 口調は、相変わらずのものだったが、その表情は一変している。

 まるで、射殺そうとするかのように弦を睨みつけていた。

「最首さん、あなたも薄々は東京で何かが起ころうとしていることを察しているのでしょう。だから日向を東京から遠ざけ、自らが東京に出向いた。ですが、もしあなたが封印の任を断るというのなら、日向にその役を負わせるまでです。あの子は、あなたに次ぐ才を秘めている」

 言って弦は、破壊された塚に視線を向ける。

「この封印は、日向がやったものです。応急とは思えないほど見事な術だ」

 偽らざる本音をのぞかせて、弦は視線を亮へと戻した。

「最首さん、私は日向に、大物忌としての才覚をも見出しているのですよ。日向こそが、次代の大物忌にふさわし――――」

「おい」

 そこで亮が、言いかけた弦の言葉を遮った。

 がらりとかわったドスのきいた口調で、亮は続ける。

「つけあがるなよ小僧、お前ごときが次代様の選定に口をはさむ筋合いなどない。分をわきまえろ」

「最首さん、あなたは反対なのですね。日向が大物忌になることに」

 弦の言葉に、亮は答えなかった。しかし視線が、その答えを物語っている。

 しばしの間、二人はにらみ合った。

 そのままどれくらい時間が経っただろう。

 やがて、ポツリポツリと雨が降りはじめた。

 雨足は、すぐに強まり、大粒の雨がざあざあと叩きつけはじめる。二人の体に、大粒の雨が容赦なくたたきつけはじめた。

 それでも二人は、微動だにすることなくにらみ合う。

 沈黙を破ったのは、またしても弦だった。

 亮の、射殺さんばかりの視線を、正面から受け止めたまま弦は口を開いた。

「最首さん、時間がありません。早く封印の術を施していただけませんか?」

 亮は一度目を細めた。眼差しには、不快感がありありと現れている。

 亮は何も答えなかったが、しかし、背筋の凍るような視線を弦に向けながら塚へと歩き出した。

 すれ違いざま、弦に低い声を投げかける。

「小僧、この貸しは大きくつくからな、覚えておけ」

 吐き捨てるように言ってから、亮は塚の正面に立った。

 パンと手を打ち合わせ、乾いた音を響かせる。

 そのまま目を閉じ、祝詞を唱えはじめた。

「ひと ふた みよ いつ むゆ ななや ここのたり ふるへ ゆらゆらと ふるへ」

 亮が祝詞を唱えると、塚の周辺が淡い光を放ちはじめる。

 大地から淡い燐光が舞い上がり、亮の体へと集まってきた。

 亮の体が光り輝き、明滅する。

 その光が亮から抜け出すと、再び大地へと戻っていった。

「ひと ふた みよ いつ むゆ ななや ここのたり ふるへ ゆらゆらと ふるへ」

 亮の声に合わせるかのように淡い光が明滅し、大地にしみこんでゆく。

 雨の叩きつける大地の輝きが薄れ、封印が完成するかと思われたその時のことだった。

 不意に、二人の足元で地鳴りがはじまった。地面が、ゴゴゴと不気味な音を奏ではじめる。

 亮が怪訝な表情をした。

 しかし、弦はハッとした表情を浮かべ、瞬時に何かを悟ると塚へと走り寄る。

「最首さん! そのまま続けてください」

 切羽詰まった声で、封印の続きを促した。

「おい――――」

「いいから続けてください!」

 弦は、声を荒げて亮の言葉を遮り、自らも手を打ち鳴らすと両目を閉じ、祝詞を唱えはじめる。

「ひと ふた みよ いつ むゆ ななや ここのたり ふるへ ゆらゆらと ふるへ」

 亮は、一瞬呆気にとられた様子で弦を見たが、すぐに封印の異変を感じ取った。

 封印に、ほころびが生じはじめていた。

 閉じていたはずの隧道が、開きはじめているのだ。

 それに気付いた亮は、すぐに祝詞を唱えはじめた。

 そして、今へと至るのだった。



 将門塚の封印は、亮と弦のおかげで、かろうじて形をとどめているに過ぎない。

 今にも割れてしまいそうな薄氷を、二人が必死で守っている、そんな状況だった。

 しかも状況は、じりじりと悪い方へと進んでいた。

 それには、東京に張り巡らされている天海僧正の呪法も関係していた。

 同刻、都内の各所では、鬼たちが外国人たちと必死の攻防を繰り広げていた。

 寛永寺、神田明神、浅草寺、日枝神社、増上寺、築土神社…。

 都内のいたるところで、鬼たちは必死で塞を守る。

 しかし、塞は一つまた一つと、徐々に破壊されていった。

 その度に、不気味な揺れは強まっていくのだ。

 二人が、なんとかつなぎとめている封印は、もはやいつ解けてもおかしくはない状態だった。

 しかし、解けそうになる細い綱を、二人が必死でつなぎとめている。

 叩きつけるような雨が、容赦なく二人の体に打ち付けていた。

「ひと ふた みよ いつ むゆ ななや ここのたり ふるへ ゆらゆらと ふるへ」

 二人の切羽詰まった声が、雨の夜に響き続ける。

 その足元では、不気味な地鳴りが鳴り続けていた。

 押さえきれぬ何かが、今にも地上へと迫り出そうとする。

 祝詞を唱え続ける二人の足元が、小刻みに揺れだした。

 しかし二人は、祝詞を唱えるのをやめない。

 何とか抑え込み、一旦、揺れは収まるのだが、間をおいてまた大地が揺れだす。その繰り返しだった。


 だが――――。

 二人の努力もむなしく終わる。


 やがて大地は、何かに突き上げられるようにして、激しく揺れだしたのだった。


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