二十一 迅雷 その三
良蔵は、取り押さえた男に当身を食らわせ気絶させると、すぐさま立ち上がって土岐の援護をはじめた。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」
九字を切り、虺へと攻撃する。ぶつかると爆発が起こった。
土岐もまた、すぐさま五芒星を描く。
「バン ウン タラク キリク アク」
二人の表情は厳しかった。
良蔵も土岐も、もはや持久戦になることを覚悟していたのだ。
だが――――。
不意に、二人の目の前で、一匹の虺が苦しげにのたうちまわった。
良蔵は、不審げに眉をひそめたが、何か思い当たる節があったのか、もう一度九字を切って攻撃する。
すると虺は、またしても苦しげにのたうちまわり、その動きを劇的に鈍らせた。
良蔵が土岐に目配せをする。
土岐もまた何かを理解し、頷いた。
「弱点があるのか…この虺には…」
良蔵はつぶやいて九字を切る。
宙に描かれた紋様が、虺に向かって放たれた。
額にあたる部分にあたって爆発を起こすと、弱っていた虺が雲散霧消する。
「それにしても、やっぱりこの虺は、普通と何か違うな…。虺に弱点があるなんて、今まで聞いたこともねえぞ」
気味悪そうにつぶやく良蔵の横で、土岐が五芒星を描いた。土岐は、残っている虺を浄化するべく五芒星を放つ。
そうして虺は、どんどんと浄化されていった。
冴月は、部屋を飛び出すと廊下を走り抜け、屋上へと続く階段を駆けのぼった。
階段の突き当り最奥にあるスチール製の扉は、屋上へと続く唯一の出入り口である。その扉はすでに開け放たれ、屋内には雨が吹き込んでいいた。
ドアの外では、着陸したヘリコプターのプロペラが、轟音を立てて回っている。
雷鳴がとどろき、大粒の雨が叩きつけるその中を、ヨアヒムと新井がヘリコプターに向かって歩いていた。
冴月は、その背中を追って屋上へと飛び出す。
「待て」
冴月の声に、ヨアヒムと新井は足を止め、背後を振り返った。
プロペラの風圧で、さらに勢いを増した激しい雨が、三人の体に容赦なく叩きつける。
ヨアヒムは、わざとらしい所作で片眉を上げた。
「おや、あの二人は足止めにすらならなかったようだな。もっとも最初から期待などしてはいなかったが、それにしてもあまりにも不甲斐ないことだ」
微笑を浮かべたまま、ヨアヒムがそう告げる。その表情は、自信にみちあふれていた。
その隣で、新井が腕時計に視線を落とす。
「ヨアヒム様、そろそろお時間です」
新井の言葉に、ヨアヒムがくつくつと喉を鳴らした。
「石神の戦士よ、すまないが時間のようだ。お前たちには宴の用意がしてある。存分に楽しみたまえ」
ヨアヒムは、そう言い捨てるなり再び歩き出す。
新井が、ポケットから赤い石を取り出し、屋上の床にたたきつけた。
冴月はポケットから二枚の霊符を取り出すと、宙に放り投げて刀印を結ぶ。
「急急如律令」
冴月の声と同時に、割れた赤い石から虺が現れた。
突如として現れた虺と、冴月が放った式神とが激突する。
その景色を背に、ヨアヒムがヘリコプターへと乗り込んだ。その後ろに新井が続く。
「待て!」
冴月が、すぐさまヘリコプターへと走り出した。
しかし、その進路を虺が阻む。
冴月の放った式神の白が、虺の首筋にくらいついていたが、虺はもろともせずに素早い動きで移動する。もう一匹の式神斑も、果敢に攻撃を仕掛けていたが、虺には全く効果がなかった。
冴月は、舌打ちをしながら瞬時に刀印で五芒星を描く。
「バン ウン タラク キリク アク」
爆発が起こるが、虺はびくともしなかった。
冴月の目の前で、ヘリコプターのスライドドアが閉まり、機体がふわりと浮く。
冴月は、再び地面を蹴って走り出す。
冴月の進路を阻もうとする虺の尻尾に、斑が食らいついた。
冴月は虺の横をすり抜け、飛び立とうとするヘリコプターのスキッドに手をかけようとする。地面を蹴って手をのばしたが、わずかに届かない。
その時のことだ。
突如として、ゴゴゴと地鳴りがはじまった。
冴月が、一瞬だけ怪訝な表情を浮かべる。
ヘリコプターの中では、ヨアヒムが意味深な笑みを浮かべていた。
機体はどんどんと浮かび上がり、ビルから遠ざかってゆく。
冴月は、唇を噛みしめてヘリコプターを睨みつけた。
ヨアヒムが、睨み上げてくる冴月に二本指で軽い敬礼を行うと、機体はそのまま飛び去っていった。
冴月は、すぐさまポケットの中にある携帯電話に手をのばす。
がしかし、不意に「ギャウン」という声を拾い、弾かれたように背後を振り返った。
すると、ちょうど白が壁に叩きつけられているところだった。
尾に食らいついる斑も、その体をぶんぶんと振り回されている。
冴月は、ひとまず携帯から指を話し、刀印を結んで宙に五芒星を描いた。
「バン ウン タラク キリク アク」
光り輝く五芒星が、虺に向かって放たれる。爆発をおこすが、しかしまたしても虺にダメージを与えることはできない。
再度五芒星を描いていると、そこに怜治が現れた。
「冴月さん! 無事ですか!? ヨアヒムはどこですか!?」
立て続けに問いを投げかけながらも、怜治の手は刀印を結んで五芒星を描いている。怜治もまた虺に向けて五芒星を放った。
しかしダメージを与えることはできず、虺は長い尾を振り上げ、冴月めがけて振り下ろしてくる。
冴月は虺の攻撃をかわしながら、視線を一瞬だけヘリコプターへと投げた。
「逃げられた。あのヘリがそうだ」
ヘリコプターは、夜の東京にバリバリと騒音を放ちながら飛び去ってゆく。
その機体の向こう側には、闇夜を切り裂く稲妻が走り、一拍おいて大地を震わすような轟音がとどろきわたった。
怜治が表情を硬くする。
「空を使うとは…厄介な相手ですね」
怜治もまた、一瞬だけヘリコプターを睨みつけ、すぐに虺へと視線を戻した。
「ともかく、まずはこの虺を浄化することが先決ですね」
その言葉に冴月も頷く。
と、そこに――――。
「おいおい勘弁してくれよ。まだいんのかよ。やっとの思いで浄化してきたところだってのに…」
屋上へと続く唯一の入り口から良蔵が現れた。その後ろには土岐も続いている。
「てか、ヨアヒムは何処に居んだよ? まさかガセだったのか?」
良蔵がヨアヒムの姿を探すように視線をさまよわせながら、雨音に負けないような大声で問いかけてきた。
「逃げられたんですよ」
怜治の言葉に、良蔵が目を見開く。
「逃げられただと!? 何やってんだよお前ら!? おい! どこに逃げたんだよ! すぐに後を追うぞ!」
すると、怒鳴りつけてくる良蔵に、怜治が顎をしゃくってみせた。怜治が指示したその先には、遠ざかるヘリコプターの機影が見える。
良蔵は、すぐに理解できなかった様子だったが、やがてその意味を認識した。
「まさか…あのヘリか?」
「そうです」
怜治の返事を聞き、良蔵はすぐそばにある壁をガツンと殴った。
「クソッ!」
「良蔵、くさっている場合ではありませんよ、早くこの虺を浄化しなければなりません。こんなものを野に放つわけにはいきません」
「わかってるよ!」
良蔵は、吐き捨てるように言って刀印を結ぶ。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」
九字を切ると、虺に向かって光り輝く紋様を放った。




