二十 迅雷 その二
良蔵と土岐は、ブラウエ・ゾンネのセミナー会場で遭遇した虺に苦戦させられていた。
最初こそ訝しむような様子の土岐だったが、時間が経つにつれその表情に焦りの色が浮かびはじめる。
通常虺の強さは、その大きさに比例しているものである。
今二人の目の前にいる虺は、建物の廊下で身動きがとれる程度の大きさで、本来なら小型に分類される程度の虺であるはずだった。
しかし、二人が何度浄化しようと試みても、いまだに成功できない。
土岐は、強張った表情で良蔵に視線を投げかけた。
「良蔵さん、これはいったいどうなっているんですか?」
「そんなもん知るかよ。こっちが聞きてえくれえだ」
良蔵は、苛立った様子で答えると、再び九字を切った。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」
だが、その攻撃を虺は素早い動きでよける。
良蔵は、短く舌打ちした。
「ったくチョロチョロ動きやがって、すばしっこい野郎だな」
もう一度九字を切ると、今度は命中する。
虺は苦しげに体をくねらせたが、浄化することはできなかった。
そこに、外国人の男が突進してくる。
良蔵めがけて蹴りを放った。
良蔵は後ろに体を引いて蹴りをかわす。続けざまの攻撃も、かろうじてかわしたが、今度は虺が襲い掛かってきた。
土岐が真言を唱えて、虺の攻撃を阻止する。
「バン ウン タラク キリク アク」
放たれた五芒星が虺にぶつかり、爆発を起こした。
良蔵は男の攻撃をかわして、男との間合いをとっている。
その刹那――――。
窓の外で、激しい稲妻がまたたいた。一拍おいて、激しい雷鳴がとどろきわたる。
外は、激しい雷雨だった。横殴りの雨が、窓に叩きつけている。
「良蔵さん、息上がってるみたいですけど大丈夫ですか?」
「うるせえな、人の心配よりてめえの心配しやがれ」
言葉と同時に、良蔵が攻撃を仕掛けた。鞭のようなケリが、外国人の男の足に入る。
男は表情を痛みにゆがめ、一歩後じさった。
「土岐、しばらくそっちは任せたぞ」
良蔵は、虺たちの相手を土岐に任せると、狙い澄ました眼差しで外国人の男を見つめる。
外国人の男は、またしても一歩さがった。
良蔵が、同じタイミングで一気に距離を詰める。同じ場所に蹴りが入ると、男は片膝をついた。
良蔵は、その隙を見逃さない。横っ面めがけて、もう一度蹴りを放った。
男は、苦悶の表情を浮かべて廊下に倒れ込む。
良蔵は男の側に走り寄り、男の腕を捻りあげた。
「ぐあっ!」
呻き声をあげながらも、男は抵抗を試みる。
「おとなしくしやがれ」
良蔵は、男の背中にのしかかるようにして、男の動きを封じた。
しかしその時のことだ。
突如として、地鳴りのような音が聞こえてきた。それは、建物の外で絶えずに鳴り響いている雷鳴とは違った、何か異質な音だ。
良蔵と土岐が、訝しむような表情で耳を澄ませていると、しだいに廊下が揺れだした。
怜治は、最後の一匹の虺と対峙していた。
体力を消耗しており、息がはずんでいる。
「本当に厄介な相手ですね」
怜治はつぶやいて刀印を結び五芒星を描いた。
「バン ウン タラク キリク アク」
宙に描かれた五芒星が、虺に向かって放たれる。ぶつかると爆発を起こした。
しかし虺は、怜治の攻撃をものともせず突進してくる。
高々と挙げられた尻尾が、怜治に向かって振り下ろされた。
怜治はその攻撃を横に飛んでかわす。
そして、すぐさまもう一度五芒星を描いた。
「バン ウン タラク キリク アク」
怜治は、何度も浄化を試みて少しずつ虺にダメージを与えていく。
徐々にではあるが、着実に虺の動きは鈍りはじめていた。
「あと少しですね。全く…ずいぶんと手間をかけさせてくれるものです」
怜治は、秀麗な眉をかすかに寄せ、刀印を結ぶ。
長い指先が、宙に五芒星を描いた。一際光り輝くと、五芒星が虺に向かって放たれる。ぶつかると爆発を起こした。
虺は天を仰いでから力なく倒れ、その体は散りのように消え失せる。
「やれやれ、手古摺りました」
怜治は疲れたような息を吐き出して、壁際に立っていた外国人の男の側に歩み寄った。
外国人の男は、無表情のまま立ち尽くしている。
怜治は、壁に設置されている埋め込み式の屋内消火栓の扉を開け、中からホースを取り出した。
そのホースで、外国人の男の両手を後ろ手に縛りあげる。
男は、無抵抗のまま怜治によって捕縛された。
作業を終えると、怜治が男の正面に手のひらをかざす。
すると、男の体からイタチが抜け出てきた。その途端、男の体は力なくくずおれ、床に倒れこんだ。
倒れる男を尻目に、怜治は片膝をついてイタチを見やる。
「ご苦労さま」
言葉をかけられると、イタチの体は霊符へと戻った。
怜治は、その霊符を手に取り、内ポケットへとしまってから視線をめぐらす。
表情を厳しく変えると、床に転がる外国人の男に目を向けた。
手をのばして、外国人の男の首筋に触れる。
脈拍を確かめると、小さく安堵の息を吐き出した。
「少々危ないことをしましたが謝りませんよ。こちらとしてもほかに手段はありませんでしたので。まあ、こうして命はあるわけですから、多少体に影響が出るのは大目に見てください」
怜治は、意識のない男にそう声をかけると、そのまま立ち上がろうとする。
しかし、その時のことだ。
怜治は、視界の隅に何かを見つけ、はっとして再び屈みこんだ。
怪訝な表情で手をのばすと、見つけたそれを手に取る。
「これは…」
怜治はしばし絶句した。
怜治の指先には、薄紅色の小さな石がつままれている。
不意に窓の外を稲妻の閃光が走り、怜治の手にあるそれを一際印象的に煌めかせた。
怜治は、しげしげとその石を見つめる。
「先程の石よりも色は薄いようですが…」
脳裏には、先程男が床で叩き割った虺の閉じ込められていた石を思い浮かべていた。
指先でつまんだまま頭上にかざすと、今度は蛍光灯の光りを受けてキラキラと輝く。
「似ているような気もしますが、同じものとは言い切れませんね…」
怜治は、鋭い視線で薄紅色の石を睨みつける。
その時のことだった。
不意に足元――――地中奥深くから地鳴りが聞こえてきた。
ゴゴゴと低く重い音が響き渡り、やがて床が小刻みに揺れだす。
怜治は反射的に石をポケットにおさめると、すぐさま廊下の奥へ向かって走り出した。




