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塞の守り人  作者: 里桜
第三章
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二十 迅雷 その二

 良蔵と土岐は、ブラウエ・ゾンネのセミナー会場で遭遇した()に苦戦させられていた。

 最初こそ訝しむような様子の土岐だったが、時間が経つにつれその表情に焦りの色が浮かびはじめる。

 通常()の強さは、その大きさに比例しているものである。

 今二人の目の前にいる()は、建物の廊下で身動きがとれる程度の大きさで、本来なら小型に分類される程度の()であるはずだった。

 しかし、二人が何度浄化しようと試みても、いまだに成功できない。

 土岐は、強張った表情で良蔵に視線を投げかけた。

「良蔵さん、これはいったいどうなっているんですか?」

「そんなもん知るかよ。こっちが聞きてえくれえだ」

 良蔵は、苛立った様子で答えると、再び九字を切った。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」

 だが、その攻撃を()は素早い動きでよける。

 良蔵は、短く舌打ちした。

「ったくチョロチョロ動きやがって、すばしっこい野郎だな」

 もう一度九字を切ると、今度は命中する。

 ()は苦しげに体をくねらせたが、浄化することはできなかった。

 そこに、外国人の男が突進してくる。

 良蔵めがけて蹴りを放った。

 良蔵は後ろに体を引いて蹴りをかわす。続けざまの攻撃も、かろうじてかわしたが、今度は()が襲い掛かってきた。

 土岐が真言を唱えて、の攻撃を阻止する。

「バン ウン タラク キリク アク」

 放たれた五芒星が()にぶつかり、爆発を起こした。

 良蔵は男の攻撃をかわして、男との間合いをとっている。

 その刹那――――。

 窓の外で、激しい稲妻がまたたいた。一拍おいて、激しい雷鳴がとどろきわたる。

 外は、激しい雷雨だった。横殴りの雨が、窓に叩きつけている。

「良蔵さん、息上がってるみたいですけど大丈夫ですか?」

「うるせえな、人の心配よりてめえの心配しやがれ」

 言葉と同時に、良蔵が攻撃を仕掛けた。鞭のようなケリが、外国人の男の足に入る。

 男は表情を痛みにゆがめ、一歩後じさった。

「土岐、しばらくそっちは任せたぞ」

 良蔵は、()たちの相手を土岐に任せると、狙い澄ました眼差しで外国人の男を見つめる。

 外国人の男は、またしても一歩さがった。

 良蔵が、同じタイミングで一気に距離を詰める。同じ場所に蹴りが入ると、男は片膝をついた。

 良蔵は、その隙を見逃さない。横っ面めがけて、もう一度蹴りを放った。

 男は、苦悶の表情を浮かべて廊下に倒れ込む。

 良蔵は男の側に走り寄り、男の腕を捻りあげた。

「ぐあっ!」

 呻き声をあげながらも、男は抵抗を試みる。

「おとなしくしやがれ」

 良蔵は、男の背中にのしかかるようにして、男の動きを封じた。

 しかしその時のことだ。

 突如として、地鳴りのような音が聞こえてきた。それは、建物の外で絶えずに鳴り響いている雷鳴とは違った、何か異質な音だ。

 良蔵と土岐が、訝しむような表情で耳を澄ませていると、しだいに廊下が揺れだした。



 怜治は、最後の一匹の()と対峙していた。

 体力を消耗しており、息がはずんでいる。

「本当に厄介な相手ですね」

 怜治はつぶやいて刀印を結び五芒星を描いた。

「バン ウン タラク キリク アク」

 宙に描かれた五芒星が、()に向かって放たれる。ぶつかると爆発を起こした。

 しかし()は、怜治の攻撃をものともせず突進してくる。

 高々と挙げられた尻尾が、怜治に向かって振り下ろされた。

 怜治はその攻撃を横に飛んでかわす。

 そして、すぐさまもう一度五芒星を描いた。

「バン ウン タラク キリク アク」

 怜治は、何度も浄化を試みて少しずつ()にダメージを与えていく。

 徐々にではあるが、着実に()の動きは鈍りはじめていた。

「あと少しですね。全く…ずいぶんと手間をかけさせてくれるものです」

 怜治は、秀麗な眉をかすかに寄せ、刀印を結ぶ。

 長い指先が、宙に五芒星を描いた。一際光り輝くと、五芒星が()に向かって放たれる。ぶつかると爆発を起こした。

 ()は天を仰いでから力なく倒れ、その体は散りのように消え失せる。

「やれやれ、手古摺りました」

 怜治は疲れたような息を吐き出して、壁際に立っていた外国人の男の側に歩み寄った。

 外国人の男は、無表情のまま立ち尽くしている。

 怜治は、壁に設置されている埋め込み式の屋内消火栓の扉を開け、中からホースを取り出した。

 そのホースで、外国人の男の両手を後ろ手に縛りあげる。

 男は、無抵抗のまま怜治によって捕縛された。

 作業を終えると、怜治が男の正面に手のひらをかざす。

 すると、男の体からイタチが抜け出てきた。その途端、男の体は力なくくずおれ、床に倒れこんだ。

 倒れる男を尻目に、怜治は片膝をついてイタチを見やる。

「ご苦労さま」

 言葉をかけられると、イタチの体は霊符へと戻った。

 怜治は、その霊符を手に取り、内ポケットへとしまってから視線をめぐらす。

 表情を厳しく変えると、床に転がる外国人の男に目を向けた。

 手をのばして、外国人の男の首筋に触れる。

 脈拍を確かめると、小さく安堵の息を吐き出した。

「少々危ないことをしましたが謝りませんよ。こちらとしてもほかに手段はありませんでしたので。まあ、こうして命はあるわけですから、多少体に影響が出るのは大目に見てください」

 怜治は、意識のない男にそう声をかけると、そのまま立ち上がろうとする。

 しかし、その時のことだ。

 怜治は、視界の隅に何かを見つけ、はっとして再び屈みこんだ。

 怪訝な表情で手をのばすと、見つけたそれを手に取る。

「これは…」

 怜治はしばし絶句した。

 怜治の指先には、薄紅色の小さな石がつままれている。

 不意に窓の外を稲妻の閃光が走り、怜治の手にあるそれを一際印象的に煌めかせた。

 怜治は、しげしげとその石を見つめる。

「先程の石よりも色は薄いようですが…」

 脳裏には、先程男が床で叩き割った()の閉じ込められていた石を思い浮かべていた。

 指先でつまんだまま頭上にかざすと、今度は蛍光灯の光りを受けてキラキラと輝く。

「似ているような気もしますが、同じものとは言い切れませんね…」

 怜治は、鋭い視線で薄紅色の石を睨みつける。

 その時のことだった。

 不意に足元――――地中奥深くから地鳴りが聞こえてきた。

 ゴゴゴと低く重い音が響き渡り、やがて床が小刻みに揺れだす。

 怜治は反射的に石をポケットにおさめると、すぐさま廊下の奥へ向かって走り出した。


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