表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
塞の守り人  作者: 里桜
第一章
6/140

五 箝口令

 翌日、六人の(もの)たちは、シボレーの白いアストロに乗って移動していた。

 運転手は、もちろん百目鬼(どうめき)良蔵(りょうぞう)である。

 仕事中は、いつもスーツ姿の良蔵だが、今日は、ダークグレーのシャツにシルバーのプレートネックレスをつけ、ボトムはデニムといったラフな服装だ。

 助手席には、怜治が座っていた。

 怜治もまた、今日はスーツ姿ではなく、白いTシャツの上に、七部袖のぴったりとした黒いジャケットを羽織り、ベージュのチノパンを履いている。

「りょーちゃんこんな大きな車持ってたんだ。びっくり」

 水箏は、軽く目を見開きながら首をめぐらせ、車の内装をしげしげと眺めた。

 水箏も、今日は制服姿ではない。レースのついた黒いキャミソールに、白のカプリパンツを履いている。

修也(しゅうや)の車だ。大人数だからな、あいつに借りた」

「しゅーちゃん先生の車? でもこの前見た時にはもうちょっと大きな黒い車に乗ってたけどな」

「あいつ5.7リッターのエクスプレスも持ってるんだよ」

「ふーん、さすがお医者様。アメ車二台持ってるなんてリッチねぇ」

 水箏(みこと)はそう言いながら、隣のシートで眠る日向ひなたを見下ろした。その眼差しには、穏やかな優しい光が宿っている。

 水箏は手をのばし、微笑みとともにそっと日向の髪を梳いた。

「でもこんな大きくて乗り心地のいい車なら、ヒナもゆっくり眠れるわよね」

 水箏の言葉通り、日向はシートにうずもれるようにして、すやすやと寝入っている。

 日向の服装も、先日とは違っていた。年相応のラフな服装で、白いTシャツの上にブルーの半そでパーカーを重ね、クロップドデニムを履いている。ボトムの裾は折り返してあり、赤いチェックの裏地がアクセントになっていた。

 良蔵が、ミラーで後部座席を確認して、小さく笑いを漏らした。

「十年落ちだが、乗り心地はいいよな。メンテもよくしてあるし。ま、静かに寝かしておいてやれよ」

 言いながら、ダッシュボードに手を伸ばす。

 良蔵は煙草を取り出そうとして、ふと助手席からの視線に気づいて手を止めた。

「なんだよ…」

 怜治(れいじ)の冷たい視線に、良蔵はたじろぎつつも言い返す。

 怜治は、無言のまま手を差し出した。煙草の箱をよこせと言っているのだ。

 怜治は、かなりの嫌煙家なのである。

 良蔵が舌打ちをした。

「一本くれえいいだろう」

「ダメです」

 にべもない怜治の言葉に、良蔵は不満そうな表情をした。

「お前…誰のおかげでこんなにも快適に移動できてると思ってんだよ」

「修也のおかげですね」

 怜治が、バッサリと言い切る。

 すると良蔵が目を剥いた。

「違うだろうが! 俺の運転のおかげだろうが!」

 良蔵の大きな声に、今度は水箏が苛立ちの表情に変わる。

「ちょっとりょーちゃん、声が大きいわよ!ヒナが起きちゃうじゃない!」

 いい加減にしてよとばかりに、不満を口にする水箏に、土岐が頷いた。

「水箏さんの言う通りだと思う。それに煙草はよした方がいいですよ良蔵さん。もし一本でも吸ったら、俺あとで守部先生に言いつけますから」

 土岐(とき)までもが、批判的な意見を言いはじめる。

 冴月(さつき)だけは、我関せずと言った様子で、無言のまま窓の外を眺めていた。

 土岐と冴月の二人も、今日は制服ではなく私服を着ている。

 土岐は、カーキのピッタリとしたクロップドパンツに、黒のTシャツ。冴月は白いTシャツに五分の黒いシャツを重ね、デニムを履いていた。

 良蔵が、苦虫をつぶしたような表情になった。

「お前ら全員俺の敵なのか。くそ、日向なら吸っても文句言わねえだろうに…。おめえらは、ああだこうだと、いちいちうるせえんだよ。少しは謙虚さを身に着けて、黙って乗ってろよな」

 良蔵の言葉に、水箏が盛大なため息を吐き出した。

「あのね、りょーちゃんは知らないかもしれないけど、ヒナは煙草の煙苦手なのよ? ヒナは優しいから、りょーちゃんの我が儘許してあげてるだけなんだから。そこを察しないと。りょーちゃんは、ほんと気が利かないわよねー。だから彼女ができないのよ」

 水箏の余計なひと言に、良蔵が反応する。

 ピクリと表情をひきつらせた。

「お前な――――」

 良蔵は何かを言いかけたが、しかし土岐が、かぶせ気味に言葉を発する。

「まったくその通りですよね。良蔵さんは、自分こそがモテないくせに、何かって言うと、俺に、『お前、モテねーぞ』って言ってくるんだから。それっておかしいですよね。いっぺん、自分の胸に手を当てて、よく考えてから言ってほしいですよね」

 すると、水箏は眉根を寄せる。

 やや同情気味に、首を横に振った。

「土岐…そこはそっとしておいてあげないと。りょーちゃんは言ってみたいだけなんだからさ。微妙なお年頃なのよ」

 水箏は、土岐にそう言ってから、今度は良蔵を見る。

「あのねりょーちゃん。土岐は、りょーちゃんと違ってモテるわよ?」

 水箏が、無邪気にとどめを刺した。

 すると良蔵が、一度口を固く引き結ぶ。

 ややあってから――――。

「もう煙草なんざ吸わねえ。だから黙ってろクソガキども!」

 良蔵はそう叫ぶと、イライラした表情で前を向き、車を運転したのだった。



 良蔵の運転するアストロは、十の塞のうちの一つが存在する、埼玉県秩父市の某所にたどり着いた。

 山裾にある、深い森に囲まれた古い屋敷の前に車が止まる。

 そこは、武蔵の鬼たちの拠点だった。

 怜治がここに用事があるということで、東京に行く前に寄ることになったのだった。

 車が止まると、門の前で待っていた四十をいくつか越えたくらいの作務衣姿の中年の男が、小走りに車に近寄ってきた。武蔵の鬼である、四方田(よもた)眞司(しんじ)だ。

「よお! 元気にしてるか?」

 四方田は、人のよさそうな笑顔を浮かべながら、気さくに手をあげる。

「眞さん!? 滅茶苦茶久しぶりだな、確か五年ぶりくらいか?」

 良蔵は、軽く驚いてから車を降り、笑顔を浮かべた。

 そして怜治を振り返る。

「怜治、用事って眞さんだったのかよ。つうか、眞さんいつ埼玉に戻ってたんだ?」

「その件はまた追々」

 怜治は、良蔵の質問をかわして四方田に向き直る。

「四方田さんお久しぶりです」

 怜治も車を降りて、軽く頭を下げた。

「思ったよりもお元気そうでホッとしました」

 怜治の言葉に、四方田は苦笑いをする。

「一応なんとかな。もうあちこちガタがきてるよ」

 言いながら、四方田は視線を車の中に移した。

 車の中では、高校生組のうちの二人――――水箏と土岐が、戸惑うように大人たちの様子を見ている。

 ちなみに、日向は車の中で熟睡したままで、冴月は全く関心を示すことなくそっぽを向いていた。

 怜治は、冴月の態度に軽く肩をすくめる。

 そして、高校生組四人を四方田に紹介した。

「今回応援の要請がありまして、しばらく東京でお世話になることになりました。女の子が大掾(だいじょう)水箏です。ひょろっとしているのが匝瑳(そうさ)土岐で、そっぽを向いている気難しいのが物部(もののべ)冴月。一人だけ眠っているのが才神(さいのかみ)日向です」

 すると四方田が、興味深げに車の中をのぞきこんだ。

「ほう、この子が百年ぶりに生まれたという半陰陽(はんいんよう)か。よく眠っているな」

「このところ東京の手伝いに駆り出されていて、疲れているんです」

「そうか、疲れているところ悪いが、東京では、猫の手も借りたいような忙しさだそうだ。今のうちによく休ませてやるといい」

 四方田は、穏やかな眼差しで日向を見てから怜治を振り返った。

「で、聞きたいことってなんだ?」

 その言葉に、怜治は少しだけ離れた場所に移動しようという動作をした。

「君たちは車で待っていなさい。すぐに終わりますから」



 車から離れた場所で、怜治、良蔵、四方田の三人は立ち話をはじめる。

「四方田さん、単刀直入に聞きますけど、一昨日逮捕された母親殺害事件について、諏訪の本部では何か掴んでいますか? 逮捕された犯人は、普通に犯行を認めています。宿主の起こしたはずの事件としては、異例の事態だと思うのですが」

 怜治の言葉に四方田は苦笑した。

「ああ、あの件か…」

 言いながら言葉を濁しはじめる。

「掴んでいるんですね」

 怜治は断定して、四方田に詰め寄った。

 四方田は、困り顔でため息を吐き出す。

「まったくお前は鋭いよな。それに、攻めどころも知っている。わざわざ俺を捕まえて聞くんだから…ほんとお前には参るよ…」

 四方田は、怜治を見ると言葉を選びながら口を開いた。

「だがな、今回の件は箝口令が敷かれている事案だ」

「箝口令?」

 良蔵が怪訝な顔で訊ねると、四方田が頷く。

「悪いが、これ以上俺の口から言えることは何もねえ」

 四方田の言葉に、良蔵と怜治が目を見開いた。

「なんだよそれ…。どういうことだよ眞さん。俺たちに鬼に話せねえようなことなのか?」

「お前たちには本当に悪いと思っている。だが、今回の件については、俺の口からは何も言えねえんだ」

 怜治は、眼鏡の奥の目を鋭く光らせた。

「本部は、それだけ重要な何かを掴んでいるということですね」

 すると、四方田が首を横に振る。厳しい表情で口を開いた。

「俺の口から言えることは何もねえ。察してくれ」

 頑なに口を閉じる四方田に、二人は厳しい表情で立ち尽くした。


 結局その後も、四方田からは何一つ情報を得ることはできなかった。



 再び走り出したアストロの車内は、奇妙に静まり返っていた。

 怜治と良蔵は、釈然としない思いを抱えており、そのため無口になっていたのだ。

 良蔵と怜治の態度から何かを察したのか、水箏と土岐も静かに座っている。


 そして昼過ぎ、六人の鬼を乗せた車は、東京の港区にある、とあるビルの駐車場に到着したのだった。


前に活動報告にも書いたのですが、やっぱり「虺」の文字が、携帯からですと見れない方がおられるようです。

本作では「虺」の読みを「き」としております。

漢字自体の持つ意味は「マムシ」です。「蛇」であると認識していただけますとありがたいです。

またPCからご覧の方には鬱陶しいかもしれませんが、対策として「虺」に必ずルビを振ることにいたしました。

色々とご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ