十七 追跡 その二
火織が、スピードをあげて黒いハマーに追いすがる。
車線を変更してハマーの横に並走すると、火織は怒鳴った。
「止まりやがれ、このくそ外人!」
ヴォルフラムは、ちらりと火織のバイクに視線を投げると、急にハンドルを切り、火織のバイクに幅寄せする。
「うおっ! っぶねーなこのやろう」
火織はスピードを落としてかわし、悪態をつく。
火織がスピードを緩めた隙に、ハマーは逆にスピードをあげた。
「っざけんなよ、逃がすかよ!」
火織は再びスロットルを回す。
ハマーの後ろを追跡した。
後部シートに乗る水箏は、片手を離して刀印を結ぶ。
「急急如律令」
呪文を唱えると、夜空を飛んでいたセキレイが急降下してきた。フロントガラスの前を何度も横切り、羽をばたつかせる。
ヴォルフラムは舌打ちをしながらハンドルを切った。
ハマーはスピードを落とし、廃墟と化したパチンコ店の駐車場に侵入していく。
火織のバイクも、その後ろに続いた。
火織は、後部シートの水箏に声をかける。
「みーたん、やつらケリをつける気になったみたいだぜ」
「のぞむところよ」
言葉を返した水箏の眼差しは、怒りに揺らめいていた。
ハマーは駐車場に滑り込むとタイヤを軋ませながら停車する。
車がとまると、後部のドアが開き、中からエリザが出てきた。
駐車場は、荒れ放題だった。ところどころアスファルトがひび割れ、その隙間からススキやセイタカアワダチソウなどの雑草が生い茂っている。
店舗の周囲には草が生い茂り、前面のドアやガラスも割れ、店の中にまでも草が繁茂していた。
水箏は、止まる直前のバイクから飛び降りるとヘルメットを脱ぎ捨てる。
「みーたん!」
火織が焦った様子で名前を呼ぶが、水箏は振り返らなかった。
すぐさま大地を蹴ってエリザに襲い掛かる。
エリザは、微笑みを浮かべたまま水箏の蹴りを片腕で受け止めた。受けると同時に、拳を繰り出すが、水箏はその攻撃をかわす。
水箏は、一歩の距離を取って次の攻撃のタイミングをはかった。
「お嬢さんせっかちね。ナイトが慌ててるわよ?」
「は? ナイト? そんなもんがどこにいんのよ」
言って、水箏は再び蹴りを放つ。
足を狙った低い蹴りだったが、エリザは足をあげてその攻撃をかわして前に出た。一気に水箏との距離をつめ、顔を狙って攻撃を繰り出す。
水箏は、エリザの攻撃をかわして大きく後退した。
入れ替わるようにして火織が前に出る。
重い拳をエリザの顔めがけて放った。
エリザは腕をあげて防いだが、殺し切れなかった衝撃が頭部を襲う。エリザはよろめいて一歩さがった。
「ババアは、すっこんでろよ」
言われたエリザの目に、剣呑な光が宿る。
続けざまに、腹部を狙って放たれた火織の蹴りを、エリザは反対側の腕で防いだ。
「見るからにバカそうなガキね。私は、お前みたいな低レベルの男に興味はないの。そこをおどきなさい」
「うるせえよクソババア」
火織は体を捻って回し蹴りを叩きこむ。
エリザはその蹴りを両手で防いだ。
火織は、かすかに驚いた表情をする。
「どけと言っているでしょう? 邪魔なのよ、このクソガキが!」
エリザは、火織の頭部めがけて鞭のようなケリを放った。
火織は頭を下げて攻撃をかわし、エリザから距離を取る。
「ババア…てめえ頑丈だな」
「痛みに強いんですって、そこのオバサンが言っていたわ」
水箏は、澄ました顔でエリザを見た。
エリザは、ギラギラとした目で二人を睨みつける。
「そんな口を叩いていられるのも今のうちよ? あなたたちはすぐに私に跪いて命乞いをすることになるのだから」
「なんだババア、お前妄想癖があんのか。救いようがねえな」
すると、エリザは無言のまま蹴りを繰り出した。火織がその攻撃を避けると、さらに拳を繰り出す。
火織は、流れるような動きでエリザの攻撃をかわしつつも、時折反撃に出る。
エリザもまたその攻撃を凌いだ。
両者は一進一退の攻防を繰り返す。
その時のことだ。
車のドアが開き、中からギーゼルベルトが下りてきた。
後部座席を開けて日向を引きずり出すと、その首筋にナイフを突きつける。
「ヒナ!?」
それを見た水箏が、悲鳴のような声をあげた。
そして、日向の頬と首にある傷を見つけると、一瞬動きを止める。
エリザにつけられたばかりの生々しい傷痕からは、鮮血が流れ出し、襟元を赤く染め上げていた。
瞬時にして水箏の表情が怒りに染まる。
水箏は憤怒の表情を浮かべ、ギーゼルベルトに向かって走り出した。
ギーゼルベルトは、日向の体を引っ張り、水箏に顔を向けて見せる。
「動くな。この女を殺すぞ」
言って、ナイフを首筋に押し付けた。
水箏は、弾かれたように足を止める。底知れぬ怒りを宿したその眼差しを、ギーゼルベルトへと向けた。
拳を白くなるほど握りしめ、強く噛みしめた歯は、ぎりりと音を鳴らしている。
『余計な真似を…』
エリザが、興ざめだとばかりの表情を浮かべ、ギーゼルベルトを睨みつけた。
『余計だと? 感謝してもらいたいくらいだ。その男は侮れんぞ』
ギーゼルベルトの冷たい眼差しが、一瞬だけ火織の姿を捕える。
火織は目を眇めた。
「なんだよ、なんか文句があんのか」
『ギーゼルベルト、確かにお前の手には負えないかもしれないわねえ』
エリザは、棘のある言葉とともに、含みのある笑みを浮かべる。
すると、ギーゼルベルトが怒りをあらわにした。
『なんだと? この阿婆擦れが――――』
ギーゼルベルトの意識が、エリザだけに向けられる。
その隙を、日向は見逃さなかった。
日向は、ギーゼルベルトの顎をめがけ、おもいっきり頭突きをする。ギーゼルベルトの持っていたナイフが、日向の首筋を傷つけたが、日向は気にすることなく渾身の力を込めた。
ギーゼルベルトが痛みに呻いたその刹那。
水箏は一気に距離を詰め、ギーゼルベルトの頭部めがけて蹴りを打ち込む。
ギーゼルベルトはまともに蹴りをくらい、よろめき、ナイフを取り落した。
両手両足を縛られていた日向もバランスを崩し、大地に倒れこむ。
それを見ていたエリザが舌打ちをした。
その背後から、火織がエリザめがけて蹴りを放つ。
エリザはとっさに体を捻り、腕をあげて蹴りを防いだが、ゴキリと鈍い音がした。
火織は続けて腹部めがけて蹴りを入れる。
エリザはとっさに避けたが、攻撃を殺し切れず前のめりによろめいた。
その時のことだ。突然、ヴォルフラムが車のクラクションを鳴らした。
『二人とも、乗れ。本来の目的を忘れるな』
ギーゼルベルトはハッとした様子だった。水箏の攻撃の影響か、軽く頭を振りながらも車に乗り込む。
そしてエリザも、忌々しげに舌を鳴らしつつも、不承不承後部シートに乗り込んだ。
「お嬢さんたち、また逢いましょう」
エリザの言葉だけを残し、ヴォルフラムの運転する車は走り出した。
ヴォルフラムの運転する車を追いかけようと、火織がバイクへと走り出す。
しかし、その途中で携帯が鳴り出した。
火織は、片手で落ちていたヘルメットを拾いながら、もう一方の手でポケットから携帯を取り出し、電話に出る。
「もしもし? なんだセンセか、今ちょっと取り込んでんだよ。話は後にしてくれ」
相手を確認すると、小走りにバイクに走り寄り跨った。
その側では、水箏が日向の側に駆け寄っていた。
「ヒナっ! 大丈夫!?」
声をかけ、駐車場に倒れこんだ日向の体を抱き起こす。
水箏は、側に落ちていたギーゼルベルトのナイフを拾って、日向の手足を拘束する縄を切って解いた。
「水箏さん、ありがとうございます。僕なら大丈夫です」
水箏がギュッと唇を引き結び、激しく首を横に振る。
「全然大丈夫なんかじゃないじゃない! こんなに怪我をさせられて…」
水箏の眉は痛ましげに寄せられ、指先で日向の頬をなぞった。
するとその時、突如として火織が大きな声を出した。
「なんだって!? マジかよ!?」
水箏と日向は、驚いた表情で火織を振り返った。
「何よ、どうしたの?」
火織は、電話を耳に押し当てたまま、水箏と日向を見返す。
「奴らに、神宝が盗まれたらしい。センセがそう言ってる」
「なんですって!?」
水箏が、驚愕の声をあげて立ち上がった。
「みーたん、俺はあいつらを追うから」
言って火織はヘルメットを被る。
「ちょっと火織! あんた一人で行くつもり!? 冗談でしょ!」
「そうですよ! 商長さん、一人じゃ危ないですよ!」
火織は、二人の言葉を無視してキーを捻った。
「みーたんは危ないから待ってろよ。日向、おめーもな」
言葉と同意にスロットルを回す。
「火織!」
「商長さん!」
二人の声を背中に、火織は唸るようなエンジン音をあげてバイクを走らせた。
「あんのバカ! 何一人でかっこつけてんのよ、火織の癖に!」
水箏は、舌打ちとともに自分のポケットから携帯を取り出す。
目当ての人物の番号をメモリから見つけると電話をかけた。




