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塞の守り人  作者: 里桜
第三章
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十六 追跡 その一

 目覚めた日向と目が合うと、エリザは嫣然と笑った。

「おはよう。よく眠れたかしら」

 くすくすと、楽しげに笑いながら告げてくる。

 少女の姿の日向は、ハッとしてとっさに起き上がろうとした。

 しかし、その動きは阻まれた。両手両足を、縄で縛られていたのだ。おまけに、当て身を食らった腹部がずきずきと痛む。

「うっ…」

 思わず呻き声を漏らすと、エリザがうっとりと笑った。

「いい表情ね。ぞくぞくするわその顔」

 エリザが手をのばし、日向の顎を捕える。

 顔を無理やり上向かされ、エリザと目が合うと、日向は怒りを宿した目で睨み返した。

「いったいどこへ連れて行くつもりだ」

 エリザは人差し指を立て、もったいぶるようにして口の前にもってくる。

「秘密よ。着いてからのお楽しみ」

 言ってふふふと笑った。

『エリザ、いい加減にしろ。勝手に半陰陽をさらってくるとはどういうつもりなんだ。呆れてものも言えん』

 助手席に座っているギーゼルベルトが、辟易とした様子で冷たく言い放つ。

 するとエリザが、無邪気にくすりと笑った。

『あら、私が何をしようと私の勝手だわ』

 その言葉に、ギーゼルベルトは苛立った表情を浮かべた。視線だけを後ろに投げよこす。

『お前の気まぐれな行動には、いい加減うんざりしている。お前の問題行動は、全てヨアヒム様に報告させてもらうからな』

 エリザは馬鹿にしたような笑みを浮かべ、ギーゼルベルトを見返した。

『報告したければ勝手にすればいいのよ。能力もないくせに口だけは達者ね。私はお前の指図なんて受けないの』

『何だと?』

 エリザの棘のある言葉に、ギーゼルベルトが鼻白む。

『やめろギーゼルベルト、熱くなるな。放っておけ』

 車を運転していたヴォルフラムに声をかけられ、ギーゼルベルトはなんとか言葉を飲み込む。

 忌々しげにエリザを睨みつけていたが、やがてふいと正面に向き直った。

 苛立った様子で視線を窓の外に向けると黙り込んだ。

 エリザは、ギーゼルベルトに興味を失った様子で、視線を日向に戻した。

 手をのばし、指先で日向の頬を辿る。

「きめの細かいきれいな肌ね。唇もふっくらとした桜色だわ」

 うっとりとつぶやかれ、日向は顔をしかめる。エリザの指から逃れるように、顔を背けた。

「うふふ、この肌を傷つけたら、いったいどんな色の血が流れ出るのかしら。試してみたいわ」

 そう言って、エリザはジャケットの内側に忍ばせてあったサバイバルナイフを取り出した。

 鞘から引き抜き、刃先を日向に見せつける。

 日向は、動じることなくエリザを睨み返した。

 エリザが、うっとりと笑みを浮かべる。

「いいわ、その顔」

 エリザは、迷うことなくナイフの切っ先を日向の頬に押し当てた。

 研ぎ澄まされた刃先は、頬に触れるとすぐに肌を傷つける。

 しかし日向は、一言も声を漏らさなかった。怒りのこもった眼差しで、ただじっとエリザを睨みつける。

 日向の頬に細い朱の筋ができると、そこから鮮やかな血が流れ出した。

 エリザは満足そうな表情を浮かべる。鮮血の付いたナイフをそのまま口元に近づけると、刃先に付いたその血を舐めとった。

 そして、今度は顔を日向に近づける。

 赤い舌を出し、日向の頬から流れ出る血を舐めとろうとした。

 そこで日向が顔色を変える。

「やめろ!」

 嫌悪感もあらわに、エリザから顔を背けた。

 しかしエリザが日向の顎を捕える。

 無理やり顔を振り向かせ、その頬に舌を這わせた。

「っく!」

 日向は必死で抵抗する。

 しかしエリザは、日向の動きを封じ、その頬に舌をねっとりと這わせた。

「ふふふ、可愛い子」

 恍惚とした表情のエリザは、再び刃先を日向に押し付ける。今度は首筋に傷がついた。

 首元を流れる血に、再度舌を這わせる。

「やめろ!」

 日向は、あらんかぎりの力で抵抗しようと身をよじるが、エリザは日向の体にのしかかった。

「知ってる? そうやって抵抗されると、よけいにそそるものなのよ?」

 エリザは日向の上に馬乗りになり、上からねじ伏せるようにして頭を押さえつける。

 日向は、エリザに憎悪のこもった眼差しを向けた。

 しかし、エリザは全く意に返さない。

 むき出しになった日向の白い首筋に唇をあて、何度も舌を這わせ続けた。

『悪趣味な女だ』

 ギーゼルベルトが吐き捨てるように言う。

 ヴォルフラムは、無言のまま車を走らせ続けた。



 火織と水箏は、バイクに跨り夜の国道をひた走っていた。

 道沿いに立ち並ぶのは、名の知れた大手チェーン店ばかり。典型的な地方の商業地域の景色である。

 水箏は、通り過ぎる街並みに視線を向けながらも、焦点はそこで結んではいない。じりじりと焼けるような焦燥感を抱きつつ、ただ唇を噛みしめていた。

「ヒナ、今助けに行くから、待っててね」

 小さなその呟きは、風に掻き消される。

 先ほどから、ずっと火織の携帯も鳴り続けていたが、バイクの音に掻き消され、着信音が二人の耳に届くことはなかった。

 二人の意識は、追いかけるエリザたちにばかり向けられていた。

 火織は、巧みな運転でどんどんと車を追い越してゆく。

 乱暴な運転に、時折クラクションを鳴らされていたが、火織は速度を落とすことなく、フルスロットルで走行を続けていた。

 やがて水箏が顔をあげる。

「火織、もうすぐよ! あの交差点を左に折れたところを走ってる四駆の外車が奴らの車よ」

「了解、みーたん、危ないからちゃんと掴まっててくれよ」

 火織の言葉には答えず、水箏は目を凝らして道路の先を見据える。

 火織の運転するバイクが、青信号の点滅する交差点に進入し道を折れると、その先に、黒いハマーH2が猛スピードで疾走していた。

「あのイカツイ外車だな」

 火織はつぶやき、さらにスピードをあげた。



 窓の外を見ていたギーゼルベルトが、いち早く火織のバイクに気付いた。

『さっきの鬼だ。追いかけてきたらしい』

 ヴォルフラムが、サイドミラーで火織たちの姿を確認して舌打ちをする。

『どうしてこの車がわかったんだ』

『さあな』

 二人の会話を聞いて、エリザが顔をあげた。

 窓の外を見て、火織と水箏の姿を見つけるとにやりと笑う。

 押さえつけている日向を見下ろした。

「さっきの可愛らしいお嬢さんよ。あなたのこと助けに来たのかしら」

「!?」

 日向は、ハッと息をのむ。

 エリザは、そんな日向を尻目に、おもむろにナイフをしまった。

 腕をあげ、助手席のヘッドレストに肘を乗せると、前の二人に声をかける。

『このまま富士まで付きまとわれるわけにはいかないんじゃない?』

 二人は黙りこんだ。

『バイクを撒くのも一苦労よね』

 エリザは、楽しげに目をきらめかせながら二人を見る。

『何が言いたい』

 ヴォルフラムの問いかけに、エリザは恍惚とした笑みを浮かべた。

『私に始末をさせて』

 エリザの答えにギーゼルベルトが舌打ちをする。

『勝手なことを』

『あら、じゃあ他に何か手立てがあるの? 言ってごらんなさい』

 二人は再び黙り込んだ。

『鬼たちが、どうやって私たちを追ってくることができたのか分からない状況で、ただ撒くことが得策かしら? それに、本当に撒くことができるかしら? 始末する方が手っ取り早いのではない?』

『ここで人目につく行動をとるわけにはいかない』

 ヴォルフラムの言葉に、エリザは二イッと笑った。

『ちょうどあそこにうってつけの場所があるじゃない』

 そう言ってエリザは、とうの昔に閉店し、廃墟と化したパチンコ店を指さした。



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