表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
塞の守り人  作者: 里桜
第三章
55/140

十五 微睡みに見る夢

 修也は、不自由な足を引きずりながらも、拠点の一角に存在する古めかしい社へと急いでいた。

 その背後には、先程神宝の件を修也に報告した鬼が付き従っている。

「この事は、湯坐さんにも報告してあるんだろうな」

 修也は振り返らず、前を向いたまま男に問いただした。

「ああ、別のやつが報告しに行ってるよ」

 修也はそのまま押し黙る。

 表情には焦燥感ばかりが浮かんでいた。

「なあ先生、いったい何が起こってるんだ? 神宝を持ち出すなんて…敵は何が目的なんだ」

 男が困惑気味に問いかける。

 修也は首を横に振った。

「そんなことこっちが知りたい」

「先生…」

 男は、それきり口をつぐんだ。

 社の前に着くと、すでに数人の年配の鬼たちが居た。

「先生! まずいことになったぞ。神宝が盗まれた」

 男の一人が声をかける。

「ああ、聞いている」

 修也はうなずき、表情を曇らせながら鬼たちに歩み寄った。

「たぶん火織が追っている奴らの仕業だ」

 荒らされた社をのぞき込みながら、修也が悔しそうにつぶやく。

 しかしここに居た鬼たちは、まだその話が耳に入っていなかったのか、怪訝な表情をした。

 仕方なく修也は、拠点に侵入した何者かを、火織が追っていることを手短に説明する。

 鬼たちは、驚愕の表情に変わった。

「それじゃあ先生、早く火織のところに人を回さなきゃ――――」

「火織の方は、もう応援を回してある。ただ、この件については、火織に連絡しておいた方がいいな。得体の知れない輩に、神宝を渡すわけにはいかない」

 修也は唇を噛む。

「それにしても、まずいことになった。今のところ塞は無事なようだが、もしこのまま神宝を取り戻すことができなかったとしたら取り返しのつかないことになる」

 鬼の一人が、厳しい表情でうなずいた。

「そうだな、十種(とくさ)神宝(かんだから)を欠いたとなると、遠からず十の塞に影響が出るのは必至だ」

 修也もうなずき、再び口を開く。

「だが、かといって、今のこの状況で、これ以上塞の周囲を手薄にするわけにもいかない」

 周りにいた鬼たちは、はっとして押し黙った。

 修也は、黙り込んだ鬼たちを見回す。

「とにかく、今は塞の警護と封印の安定に重点を置いた方がいいだろう。もしかしたら、まだ周囲に敵の一味が潜んでいるかもしれない。塞は、なんとしても守り抜かなければならない」

 修也の言葉に、鬼たちの表情が一変した。鋭く険しい表情に変わる。

「そうだな、たとえ命に代えても、塞は守らねばならん」

「先生は、火織に連絡を取ってもらえるか?」

 修也は、頷いて携帯を取り出した。

「つながるかどうかわからないが、何とか連絡を取ってみる」

「頼んだよ先生。じゃあ手の空いている奴らは、塞の方に回るぞ」

 男の言葉に一同は頷き、鬼たちは踵を返して走りだした。

 立ち去る鬼たちの後ろ姿を見送ってから、修也は携帯を耳に押し当てる。

「頼む火織、出てくれ」

 修也はつぶやき、ひたすら火織の携帯を鳴らし続けた。



 日向は夢を見ていた。

 それは幼い頃の夢だ。

 まるで、天を貫くかのようにまっすぐ生い茂る太い杉林を、幼い日の日向が走り抜けている。

(これ…たぶん小学校に入学したばかりの頃のことだ)

 おぼろげによみがえる記憶とともに、日向は小さな頃の自分の姿を見つめていた。

 幼い日向は、無邪気に杉林の斜面を駆け登り、道なき道を進む。

 その先に何があるのか、日向は知っていた。

(ここ…大物忌(おおものいみ)のお住まいがある山だ)

 枝を払い、綺麗に草を刈ってある手入れの行き届いたこの山の中腹には、鬼たちのまとめ役である大物忌の住まいがある。

 深い木々に覆い隠され、昼の明かりすら届かぬ薄暗いその場所には、小さな破れ屋がひっそりとたたずんでいた。

 電気すら届かぬその粗末な小屋に、大物忌は一人で住んでいる。

 身の回りの世話をする鬼たちが、毎日足しげく通ってはいたが、老齢の女性が一人で住むには、まことに不便な場所だ。

 しかし、何度諭されようとも大物忌は一人住まいを続け、その破れ屋を決して離れることはなかった。

 日向は、そのあばら家を目指してひた走っている。

 幼い日向の両腕には、たくさんの野菜が抱えられていた。家の裏の畑で採れたばかりの野菜だ。

 祖父に頼まれ、大物忌の家に野菜を届けているところなのだ。

 息を弾ませながら走っていた日向は、道すがら、不意に小さな人影を見つける。

 その小さな人影は、口をぎゅっと引き結び、小さな両手をきつく握りしめ、じっと自分の足元を睨みつけていた。

 何かにじっと耐え、必死で痛みをやり過ごそうとしているその姿は、全く子供らしくないとても寂しげな姿だ。

(冴月様だ…)

 日向は、どこか諦めの色すら見える幼い冴月の表情に、痛みばかりを覚える。

(そうだ…小さい頃の冴月様は、よくこんな表情をしていた…)

 思い出すと、胸の奥がずきずきと痛んだ。

 夢の中の、幼い日の日向もまた、その小さな胸に痛みを覚えていた。

 日向は立ち止まり、じっと冴月を見つめる。

 やがて、ためらいがちに冴月に向かって足を進めはじめた。

「どうしたの? 何処か痛いの?」

 遠慮がちに声をかければ、冴月が弾かれたように顔をあげる。

 日向は驚いて足を止めた。

 何故なら、顔をあげて向けられた冴月の視線には、ありありとした怒りの色が込められていたからだ。

「あの…僕…」

 日向は、首を横に振って見せる。

 害意はないのだと、そう伝えたかった。

 しかし冴月は、鋭いまなざしを向けたまま、じりじりと後ずさる。

 その眼差しはとても冷たく、敵意ばかりがむき出しにされていた。

 日向は困惑する。

「僕、意地悪なんかしないよ? どこか痛いのかなと思って声をかけただけなんだけど…」

「うるさい! 近寄るな!」

 鋭い声に、日向はびくりと肩を震わせた。

 何故怒られるのか理解できず、日向はその場に立ちすくむ。

 幼い日向の目には、うっすらと涙が盛り上がりはじめた。

 けれども、冴月の眼差しが変わることはない。

 むしろ泣いたことにより、侮蔑するような色さえ浮かべた。

 冴月は、忌々しげに舌打ちをする。

 日向は、再び肩を震わせた。

 目じりに盛り上がっていた涙が、とうとう頬を伝い落ちはじめる。

「僕…僕は…別に何も…」

 首を振りながら、必死で言葉を続けようとするが、うまく話すことができない。嗚咽ばかりが、口から漏れはじめた。

 すると冴月は、呆れたような色を浮かべる。無言のまま踵を返すと、すたすたとその場を立ち去ってしまった。

 後に残された日向は、悲しみのあまりしゃくりあげはじめた。

「うっ…えっ…」

 野菜を抱えたまま大粒の涙を流し、日向は大物忌の住む家を目指してとぼとぼと歩き出す。

 やがて小さな小屋にたどり着くと、前面にある縁側に、老女が腰かけているのを見つけた。

 日向は、その姿を見つけると、いてもたってもおられず、野菜を放り投げて走り出し、その老女にぶつかるようにしてしがみついた。

 老女は両腕を開き、小さな日向の体を抱きとめる。

「なんじゃ日向、泣いたりして…どうした? 何かあったのか?」

 かけられた優しい声に、日向の涙は増々止まらなくなった。わんわんと泣きじゃくる。

「やれやれ困ったのう。そんなに泣くでない日向」

 老女――――大物忌の、深い皺の刻まれる老いた手が、小さな日向の背中や頭を、いとおしげに何度も撫でた。



 わんわんと泣きじゃくりながらも、日向は時間をかけ、何とか大物忌に先程出会った少年――――冴月のことを告げた。

 聞き終えると、大物忌が苦笑を浮かべる。

「なるほど、そんなことがあったのか」

「僕…何にもしてないのに…心配だったから声をかけただけなのに…あの子怒ったんだ。ばばさま、僕何か悪いことした? あの子は僕のことが嫌いなのかな?」

 大粒の涙を湛えた眼差しで、日向は大物忌を見上げる。

 大物忌は微笑みを浮かべ、ゆっくりと首を横に振った。

「嫌ってなどおらぬよ日向」

 大物忌はそう言ったが、日向には納得できない。

「でも、僕のこと怒ったんだ…。うるさい、近寄るなって…」

 言葉にするとまた悲しくなったのか、日向は大物忌の胸に額を押し付けた。

「僕…僕…」

 言葉を失くして、日向は再び嗚咽を漏らす。

 大物忌は、日向の背中を優しく撫でさすった。

「たぶんその子は、怖かっただけじゃ」

 大物忌の言葉に、日向は顔をあげる。

 大物忌の言った言葉の意味が分からなかった日向は、怪訝な眼差しを大物忌に向けていた。

 大物忌は、再び微笑みを浮かべて、日向の頭を撫でる。

「おそらくその子は、知られたくない秘密を、日向に知られることが怖かったんじゃろう」

「秘密? 僕には何のことかわからないよ」

 日向は、真っ赤な目を大きく見開き、不思議そうに首をかしげる。

 すると大物忌は目を細めた。

「きっと、弱っているところを見られたくなかったんじゃよ。自分の弱さを秘密にしておきたかった。けれども、偶然日向に見つかってしまった。だから弱さを隠すために、自分の弱さを誰にも知られぬために、威嚇して日向を遠ざけようとしたのじゃ」

 日向は、理解できないとばかりに、目を何度も瞬いた。

「どうして? 僕は意地悪なんかしないのに? 秘密だって、内緒にしておきたいなら僕絶対誰にも言わないよ? 理由を何も言わないで急に怒り出すなんて、そんなの変だよ」

 日向は口をとがらせる。

「言ってくれなきゃ、僕にはわからない」

 大物忌は、くすりとほほ笑んだ。皺の刻まれた手で、優しく頭を撫でる。

「人は、そう簡単なものではない。日向のように素直に胸の内を明かせるものもいれば、決して漏らすことなく己の中に秘め続けてしまう者もいる。人の在りようとは、人によって様々なのじゃよ。一概にあてはめられるわけではない」

 日向にはまだ理解できず、不思議そうに大物忌を見上げていた。

 大物忌は、慈愛にあふれた眼差しで日向を見下ろす。

「のう日向、お前はどうしたい? その子と仲良くしたいか? それともしたくはないか?」

「なかよくしたい」

 大物忌の問いかけに、日向は即答した。

「そうか、仲良くしたいか」

 大物忌は、優しげに目を細めて頷く。

「だったら日向、お前はその子に優しくしてあげなさい」

 日向はぱちりと目をまたたいた。

「でも…僕がなかよくしたくても、あの子が勝手に怒っちゃうかもしれないし…」

「それでも優しくしてやるのじゃ。もしお前が仲良くしたいのならばじゃがのう」

 日向はうつむき考え込んだ。

「敵意を向けてくる相手に、優しくしてやることは難しいことかもしれない。じゃが、優しくしてやらぬ相手が、お前に優しさを返してくれることは決してないぞ」

 日向は唇を引き結び黙り込む。

「のう日向、何故その子は、そんなにも悲しそうにしていたのだろうな? どうして悲しんでいる自分を隠そうとするのだろうな?」

 大物忌の問いかけに、日向は首を横に振った。

「そう、わかるまい。それはお前が、まだその子を何も知らないからだ。知らぬ相手をこうだと決めつけるのはまだ早いじゃろう」

 日向は、再び顔をあげて大物忌を見上げる。

「優しくしておやりなさい。そうすれば、いつかその子も、お前に優しさを返してくれるはずじゃ」

 大物忌は、穏やかな表情で言い切る。

「本当に?」

「本当じゃとも。お前に仲良くしたいのだという気持ちがある限り、いつか必ずその子にお前の気持ちが伝わる時が来るはずじゃ」

 日向はしばし考え込んでから、やがてはっきりとうなずいた。

「わかった。僕、あの子に優しくする。それで、必ずなかよしになる」

 大物忌は、愛しげに眼を細める。

「そうか、日向はいい子じゃのう」

 大物忌は何度も日向の頭を撫でてやった。

 日向は嬉しそうにその暖かい手に身をゆだねていた。



(そうだ。大物忌のあの言葉があったから、僕は冴月様との間に信頼関係を築くことができたんだ)

 日向は、じわりとしたあたたかさとともに、幼かったあの頃を思い浮かべる。

(結局、何度話しかけても冴月様に冷たくされて、その度に大物忌に泣きついていたんだっけ…)

 懐かしい記憶がよみがえり、日向は知らず知らずのうちに苦笑した。

 あの頃の冴月は、まるで手負いの獣のようだった。

 誰にも決して心を許すことはなく、いつもナイフのように尖った空気ばかりを纏っていた。

 仲良くなると決心したところで、相手にその気がないのだからしょうがない。糸口がまるでつかめず、日向は何度も挫けそうになっていた。

 けれども、そんな日向をいつも励ましてくれたのは、大物忌の温かい言葉だった。

 その言葉があったからこそ、日向は冴月に話しかけ続けることができた。

 たとえ無視されても、なかよくしたいのだという気持ちを込めて接し続けることができたのだ。

 やがて月日が経つにつれ、冴月の複雑な生い立ちをなんとなく知った。

 冴月が誰にも心を開かない理由も、子供心に理解できるようになった。

 だから余計に悲しくなった。

 いつも一人きりで毅然と立ち続けるその小さな背中が、ただ切なくて。

(だからこそ、はじめて冴月様が笑った瞬間を見た時には、本当に嬉しかったんだよな…)

 皮肉の込められた、呆れたような微笑みだったけれども、「お前本物の馬鹿だな」という言葉とともに向けられたあの笑顔が、日向には今でも忘れることができなかった。

 嬉しくて日向が泣き出すと、焦った表情で、何もできずに立ち尽くしていた子供らしい素の冴月の姿も忘れることができない。

 どれもこれも、日向にとっては大切な記憶ばかりだった。


(そういえば、冴月様は今どうしているんだったっけ? 僕は今、いったい何をしていた…?)


 混濁する記憶に、ふと疑問が思い浮かぶと、日向は急速に覚醒する。


(そうだ、僕は東京から鹿嶋に戻っていて…それから――――!)


 よみがえった記憶に、反射的に体がこわばる。


 その瞬間、日向は眠りからはっきりと覚めた。


 目を開ければそこは車の中で、目の前には外国人の女――――エリザが居た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ