十二 侵入者 その五
遠ざかる日向とエリザの姿を見て、水箏が絶叫した。
「ヒナー!!」
悲痛な叫び声が、闇夜にこだまする。
水箏は、すぐ様エリザの後を追いかけようと走り出した。
しかし、笛の音が止んだことで、再び宿主たちが襲い掛かってくる。
水箏は宿主たちの攻撃をかわして、なおもエリザの後を追おうとしたが、今度は巨大な虺がその行く手を阻んだ。
「いい加減にして! そこを退いてよ!」
水箏はポケットから霊符を取り出す。霊符を宙に放り投げ刀印を結んだ。
「急急如律令」
呪文を唱えると、霊符が一羽のセキレイへと姿を変じる。
セキレイは空高く飛び上がり、エリザの後を追いはじめた。
水箏はその姿を見届けると、すぐに石笛を口元にあて、澄んだ音色を吹き鳴らす。
すると、宿主の動きはぴたりと止まった。苦しげに胸元を押さえて蹲りだす。
そこに、今度は虺が高々と上げた尾を振り下ろしてきた。
水箏は、その攻撃を横に飛んでかわす。
長い尾が大地を打ち、ずんと大地を震わすような低い音をたてた。
虺は、再び尾を高々と振り上げ打ち下ろす。振り下ろされた長い尾が、今度は木に当たり、木はメリメリと音をたてて倒れた。
襲い掛かる虺の攻撃を器用にかわしながらも、水箏は笛の音を絶やすことはなく、宿主たちに憑く虺をどんどんと祓っていく。
水箏の目には、らんらんと輝く怒りの色が渦巻いていた。
火織が木立の合間をすり抜けるようにして疾走している。
視線は周囲を彷徨い、ギーゼルベルトとヴォルフラムの姿を探していた。
「くそっ!どこに行きやがった」
舌打ちとともに吐き出された火織の言葉には、明らかな焦燥の色が宿る。
火織は今、二人の姿を完全に見失っていたのだ。
明かりのないその場所を、火織はひたすら走り続ける。
表情には、じりじりと焼けるような苛立ちばかりが現れていた。
と、その時、木立の奥から、メリメリと木が折れるような音が聞こえてきた。
火織はとっさに進路を変え、音のした方向へと走り出す。
やがて視界に、虺と戦う水箏の姿を捕え、火織は驚愕に目を見開いた。
「みーたん!」
火織は、走りながらプルパを取り出し、印を結ぶ。
「オン シュッチリ キャラロハ ウン ケン ソワカ」
真言を唱えると、光輝いたプルパを虺に向かって投げつけた。
火織の放った刃が、巨大な虺の腹部に深々と突き刺さる。
巨大な虺は、大きく口を開けてのた打ち回り、苦しみもがいていたが、浄化するには至らない。
水箏は横目で火織を一瞥した。しかし何も声をかけない。そのまま刀印を結んで五芒星を描く。
「バン ウン タラク キリク アク」
宙に描かれた五芒星が光り輝き、巨大な虺に向かって飛ぶ。
虺にぶつかると光が弾け、大きな爆発が起こった。
虺は苦しげに身をよじり、天をふり仰ぐと、体は雲散霧消した。
「みーたん、大丈夫か!?」
火織が、地面に落ちたプルパを拾って水箏に声をかける。
しかし水箏は、火織の問いには答えなかった。
鬼気迫る表情を浮かべたまま五芒星を描き、次々と残りの虺を浄化していく。
火織は、軽く息を飲んでから視線を虺へと転じた。
火織もまた厳しい表情で真言を唱え、プルパを使って残りの虺を浄化しはじめたのだった。
時間は少し戻る。
常直の鬼たちと、一旦別れた修也は、日向の部屋の前に居た。
「日向、居るか?」
部屋の前から、修也が声をかける。
しかし返事はない。修也の表情は曇った。
「まさか…な、日向開けるぞ?」
声をかけてから、修也はドアを開け放つ。
案の定、部屋の中に日向の姿はなく、修也は焦燥の色を浮かべてすぐさま踵を返した。
不自由な足を引きずりながらも、足早に廊下を移動する。
その時、不意にパンと何かが破裂するような乾いた音を耳で拾い、修也は怪訝な表情で足を止めた。
続けざまに、もう一度音が鳴る。
(銃声…? まさかな…)
修也が、脳裏に浮かんだ考えを否定するように首を振っていると、今度は、荒々しい足音が前方から近づいてきた。
「先生! 大変だ!」
一人の鬼が血相を変え、転ぶようにして修也に走り寄ってくる。
「どうしたんだ、そんなに慌てて。まさか…塞に何かあったのか!?」
修也は男の両肩を捕え、詰め寄るようにして尋ねた。
しかし男は首を横に振る。
「違う、塞は無事だ」
「じゃあ、いったい何があった」
男は必死の形相で口を開いた。
「社が…お社が荒らされているんだ!」
男の言葉に修也は息をのんだ。
まさか信じられないと言った様子で修也は首を横に振る。
「うそだろう…まさか…」
「そのまさかなんだよ、先生!」
「そんな…神宝は、八握剣は無事なのか!?」
修也の問いかけに、男は激しく首を横に振った。
「神宝が奪われたんだ!」
男の悲痛な叫び声を聞き、修也は驚愕に目を見開く。
言葉を失って、ただ呆然と立ち尽くした。
虺を浄化し終えると、水箏は無言のまま走り出した。
「ちょ、みーたん、どこに行くんだよ!」
しかし、水箏は答えない。追いすがる火織を振り切るようにして、全力で走り出す。
「みーたん!」
「うるさいわね! 私はヒナを助けに行くところなの! 邪魔しないでよ!」
「日向を? 日向の奴が、どうしたんだよ」
火織は、スピードをあげて水箏の横に走り並ぶ。
怪訝な表情で水箏を見ると、怒りに染め上げられた水箏の鋭い眼差しが、火織を射抜くように見た。
「外人の女が、ヒナをさらっていったのよ。あの女、東京の将門塚に現れた連中の一人だそうよ」
「外人!? 俺が追っていたのも外人の男二人組だ。もしかして、同じ一味か…?」
「そっちにも出たの?」
怪訝な表情で問い返され、火織は頷く。
「もう一人手ごたえのない外人もいたけど、逃げ出した二人は、銃を持ってやがった。俺はそいつらを追いかけてる最中だったんだ」
「なるほど、さっきの音は銃声だったのね。じゃあ、あんたはそっちを追いかけなさいよ。私についてこないで」
火織は驚いた様子で水箏を見た。真意を探るように水箏の表情をじっと見つめる。
「ヒナは、絶対に私が助け出してみせる」
火織は息を吐き出した。
「みーたんを放っておけるわけないだろ? それに、どっちみち連中はお仲間に違いないわけだし、俺も一緒に行く」
水箏は、苛立った表情で火織を睨みつける。
火織は軽く首を横に振った。
「相手は、銃を持ってるんだぜ? みーたん一人でどうにかなる相手じゃねえよ」
「銃が相手だったら、あんたが居たって変わらないと思うけど?」
水箏のきつい口調に、火織が苦笑する。
「みーたんの盾にくらいはなれるよ」
「恩着せがましいこと言わないで」
言い置いて、水箏はさらに足を速めた。
そんな水箏の背中を見つめながら、火織が小さくつぶやく。
「別に、恩に着せてなんかいねえよ。俺が勝手にやってることだしな」
火織は、前を走る水箏の華奢な背中を切なげに見つめた。
しかし、その時のことだ。突然、弾かれたように水箏が足を止めた。
「みーたん、どうした?」
水箏はこめかみのあたりをそっと指で押さえ、悔しそうに唇を噛む。
「あの女…車に乗ったわ。このままじゃ、術が届かなくなる。ヒナを見失っちゃう」
水箏は、式神と視覚をつなげていた。
今水箏の目には、放ったセキレイの式神の見ている景色がそのまま見えているのだ。
「一緒に二人組の男も乗ってる。たぶんあんたの追っていた奴らね」
水箏は、焦燥に駆られた様子で爪を噛む。
火織は厳しい表情で顔をあげ、踵を返した。
「みーたん、ここの下の道に降りて待っててくれ」
怪訝な表情を向ける水箏に、火織は背中越しに続ける。
「バイクとってくる」
水箏は、走り去る火織の背中に言葉を投げかけた。
「もたもたしてたら許さないから!」
水箏の声に、火織は苦笑しながら軽く手を上げて答えた。




